殺し屋のプロットのレビュー・感想・評価
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よくある設定だが、素晴らしい脚本&〆
マイケル・キートン、俳優としても監督しても素晴らしい作品だった。
記憶を失っていく殺し屋というのは、最近よくある設定になってきているが、
その設定をうまく利用した脚本、特に息子による殺人を
息子へ一旦は警察の目が向くようにしつつも、
必ず自分が犯人として特定されるように
仕組んでいるところはグッとくるし、
遺産を娼婦に渡さないところもグッときた
(ここは欲を出しちゃいけないよね、と思った)。
ラストの息子との対話も刺さる。息子の気持ちもよくわかる。
息子のことは忘れていなかったジョン。
お見事!!
メジャー系ではないし、LOOKもインディペンデントだけれど、
こういう作品をもっと観たい!!
こういう作品がヒットする日本市場であって欲しいと切に願います。
気持ちいい
主人公が記憶を失って行く過程で、こちらが観ているだけでは不可解な様々な行動を起こしていきます。恐らく何か目的があるのだろうと思いながら観つつも、何をしてるんだろう?記憶が消えていく中での正常ではない考えが、このわけの分からない行動を起こしているのかな?とさえ思っていました。
しかし、ラストへ向けて、テトリスでブロックがストーンストーンと落ちていくかのように、すべての、あらゆることが腑に落ちて行きました。それはもう気持ちのいいぐらいにです。もう見事としかいいようがなかったですね。
最近、やたらと考察系の作品が多くて、それはそれで嫌いではないのですが、なにかこう、スッキリしない終わり方をすることが多いな、という印象が強かったので、本作品のようなラストがスッキリする作品は久しぶりだったような気がします。
もちろん、ただ単に伏線を回収するだけの映画ではなく、主人公の人間関係、例えば家族や友人などとの過去から築いてきたであろう、切っても切れない関係性や、相手方の感情や想いなど、それらのこともじっくりと見せてくれるので、作品としての深みも増していたと思いました。
正直なところ、友人で自称「泥棒」のアル・パチーノなんて、いつ裏切るかとヒヤヒヤしながら観ていましたが、結局「いい人」だったのでなぜかホッとしました。
逆に娼婦は裏切りましたが、主人公が最後にささやかな情(本)を贈っていたのはなんとも心憎い。私なんて葬ってしまえ!と思いましたが⋯。
あ、しかし一つだけ。鍵が何の鍵なのか結局分からずじまいだったのでは?私の見落としかな?ジムっぽいところのロッカーでもなかったし、山の別宅の門の鍵でもなかったようだし⋯。
まあ、それぐらいどうでもいいか。
泣けるな〜
自分自身、認知症が近い将来の年代です。自分自身に同じ状況が訪れる事を想像すると彼の姿に泣けて来ました。殺し屋を模範には出来ませんが自分もいざという時のために今、やるべき事を後悔なくやっておこうと思います。
「上手く行ってもそれが判らないのが残念だ」上手く行ったよ、ジョン。
2025.12.23(火)
キノシネマ新宿で「殺し屋のプロット」を。
新宿伊勢丹の向かいのビルにあるこの映画館は、以前新宿文化シネマだったが4階がアニメ専門館に、7階がシネマート新宿になった。その後アニメ専門館はキノシネマに代わった。キノシネマになってから来たのは初めてである。この通りの並びにあるレインボービレッジのビルには、かつて私が「エイリアン」をロードショーで観た新宿スカラ座やビレッジ1、2のロードショー館があったが今はもう無い。周辺の新宿ロマン、新宿日活オスカー、新宿日活名画座も無くなった。名前が変わっても映画館が残っているだけまだ良いか。閑話休題。
博士号を二つ持ち、大学でも教えた事があり(家には書物が一杯だ)陸軍偵察部隊の派兵経験もある元税務署員ジョン・ノックス(マイケル・キートン)、彼の裏の顔は殺し屋だった。
そんな彼に病魔が忍び寄る。認知症を疑い専門医で検査を受けるとアルツハイマーよりも進行が早いクロイツフェルト・ヤコブ病が確認される。治療の方法は無く、あと数週間で全ての記憶が飛ぶ事になるだろうと言われる。
最後にしようと出かけた殺人の現場で症状が出て、誤って仲間を射殺してしまう。なんとか現場を取り繕うが、警察も不審に思う。捜査線上にジョンが浮かび上がる。
そんな時、16年以上疎遠だった息子が殺人を犯してしまい父親を頼ってくる。(息子に娘が生まれた事さえ元妻から聞いている)
息子は父親が殺し屋だと言う事を知って疎遠になったようだが、死体の始末を頼みに来たのだ。孫娘には一度も会った事も無かったが、16歳の娘を妊娠させたクズ男を刺殺した息子の頼みを聞く。
しかし、病気は進行し、ジョンは自身の殺人事件の捜査をかわしながら、残り少ない自身の終活と息子の殺人事件の隠蔽をする。
離婚した妻と息子に渡すため、記憶が消えないうちに隠してあった資産(絵画・宝石・現金)を整理し、仲間(アル・パチーノ)の協力を得て息子の殺人事件を隠蔽する「仕込み」をして行くが、ジョンの木曜日午後の恋人の野心で破綻しそうになるのだが、…。
仕込みの過程でジョンの目論見が読めてしまい、どう理由付けをするのか位で、警察は騙されてもこちらの驚きは小さかったかな。
ジョンの病気が進行する中、限られた時間で自身の終活(資産整理と殺人の隠蔽)を行い、妻と息子に全てを残して(全てを引き受けて)消えて行くのが愛情だった。
ラストで木曜の売春婦に「二都物語」を送るのも愛情だったね。
Knox Goes Away
もう少し演出がシャープだったら、もっと良くなったと思えるのが残念。
もしも病気になっていなかったら
主人公がもしも病気になっていなかったら、息子の身代わりになっただろうか。自分の人生の先を悟ったからこその家族への償いだったのだろうか。
売春婦の取った行動とその結末も面白かった。
あまりにも渋すぎではないか?
知的でクールな殺し屋の生き様と去りゆく美学をマイケル・キートンが監督・主演で描く。
邦題「殺し屋のプロット」で原題は「KNOX GOES AWAY」。
病の進行で引退を決意する殺し屋、その仕事で大きなミスをして、いよいよというタイミングで現れる疎遠だった息子、彼のやらかしの後始末を最後の仕事として自らの幕引きを進めるノワール物。
渋く良く出来た話に思えるが、実際のところは上手い話ではなく、淡々とした殺し屋という職業のお仕事話に徹している。
彼にとって病は喪失に対する恐怖ではなく、完璧な仕事が出来ないプライドが許さない恐怖に感じる。
息子に対する手助けや、周囲への資産の分配などは、贖罪と見れば良いのかも知れないが実際のところは完璧主義ゆえの職業的な行動に思えて仕方がない。
ノックスという男はヤコブ病で記憶が失われる以前に、殺し屋という職業病により感情の豊かな部分は失われているように思えてならない。
自身のミスで殺してしまった同僚に対する感情の薄さ、資産の3分割に当初から息子は割り振られていたのだろうか、妻に対する想いは信じてあげたいが分配が娼婦と同じ割合であるし、写真を大事に持ってるといっても、自分の病を調べる本のしおりにしているのも気になってしまう。
なにせ息子の後始末にあれだけのプロットを考える男だ、相手がどう捉えて、どう考えるかも計算ずくかも知れない。
病により記憶が消えゆく中、浮き出てきたのが幼かった頃の息子の記憶だったことが、救いであり悲しみでもあるが、最後の彼の表情に解放や安らぎを感じてしまったことが正解であるかは分からない。
我が国には、元女子高生やアルバイトの殺し屋もいるし
年老いた殺し屋のジョン・ノックスはイツフェルト・ヤコブ病。記憶が急速に消えていく病気だ。そのせいか、仕事では標的の男だけでなく、その女や、あろうことか、相棒まで殺してしまう。互いに殺しあったようにみせるも、それって無理あらへん。主人公を英文学と米国史の博士号を持ち、元大学教授だった有能な殺し屋と描いているが、家族にばれている時点でダメでしょ。その彼のもとへ、10年以上連絡のなかった息子が突然訪ねてくる。人を殺したから助けてくれと。まあ、厚かましい。その後の展開は、アガサ・クリスティの『検察側の証人』、ラストはクリント・イーストウッド『グラン・トリノ』かなあ。LAネオ・ノワールの誕生など評されているが、ノワール度はそれほど高くない。ジョン、宝石欲しさに輩を連れてきたアニーに『二都物語』を送ったのは何かの皮肉?ラストでアル・パチーノがダンスしたのはなぜ?人殺しの暴力息子は無罪になっただけでなく金ももらい、そしてジョンは医療刑務所へ。記憶は消失したから、もう罪に問われることはない。
2週間限定犯罪 締め切り間近
脚本はとてもよく練られていて、無駄がない。前半から結構伏線が張られている。
娼婦は「カサブランカなんて駄作よ」とうそぶき、終盤行動理念に沿った行動に出る。それを「大義」で返す粋。送った本が贖罪がテーマの「二都物語」!
1年後に「あれってどんな映画でしたっけ?」とはならない秀作。
妻と息子と風俗嬢
とある殺し屋の終活の話。
相棒との小洒落た会話から入るが、個人的にこれが合わず、少し身構える。
ヤコブ病の診断を受け、仕事では失態を犯し、息子からは殺人の隠蔽を依頼される。
踏んだり蹴ったりとはこのことか。
しかし、まだ露見してないのに死体や現場に細工をしなかったことで、意図が読めてしまった。
そのため、不可解に見せたいであろう行動もミスリードも退屈に見守る結果に…
派手なアクションを期待したワケではないが、話運びも冗長に感じた。
会話劇の緩急も効いておらず、画面は終始暗め。
劇中時間としても映画の尺としても、そんなにかかる話には思えない。
殺された男がクズなのは間違いないが、息子も頼み事する態度じゃないし、意味不明にキレるし。
40歳前後だとは思うが、全てがティーンみたい。
孫娘はまだ懲りてなさそうで笑う。
魅力的なキャラはゼイヴィアがくらいしかいない。
主人公の関わる2つの事件を同じ刑事が担当するって、他に捜査官いないのかな。
息子にしろ主人公にしろ、3週間以上も証拠を自宅に残してることに違和感は感じないの?
割ったグラスを捏造しても血液反応は出ないよね。
そもそもジョンは簡単に目を付けられすぎだけど、本当に病気のせいだけなのか。
BGMすらない店で物騒な話しすぎ。
主人公の正体とか、息子の殺人とか、身内には結構バラしてんのね。
記憶が失われることによるハラハラ感も薄く、最後まで盛り上がれなかった。
筋が読めていいことなんて一つもないな…
殺し屋の自己犠牲
記憶喪失×フィルムノワール、てことで「メメント」みたいなのを想像していたんですが、さらに家族愛と自己犠牲を描いたヒューマンドラマでもあるというジャンル縦断の奇跡。
こんな映画観たことないですね。
自らの病を逆手に取って完全引退の筋書きをもくろむ主人公が痛快でもあり、「殺し屋のプロット」という邦題はなかなか上手いと思いました。
舞台は現代ですが90年代末期〜2000年代の映画の雰囲気を感じたのは自分だけでしょうか。
白人ギャング専門の刑事とか、無口だけど実はインテリな殺し屋とかちょい古臭いなーと。(それがまた良き)
アル・パチーノとマイケル・キートンの共演も眼福。パチーノが出るだけで画面が締まり、さすがの存在感でした。
でもって、どうでもいい話ですがパチーノにはスマホじゃなくて二つ折り電話が似合うよねと…
最後、娼婦のもとにノックスの本が届くシーンでディケンズの「二都物語」が映りますがこれも改心した男の自己犠牲がテーマのお話。
今作のように不器用だけど誠実な男、の役柄がマイケル・キートンにはハマるのですが、今作では製作と監督もしていたようでセルフプロデュース力にも長けているのねと驚きました。
緻密で無駄のないシナリオは、セリフの一つ一つに重みがあって唸ってしまう
2025.12.10 字幕 アップリンク京都
2023年のアメリカ映画(115分、G)
認知機能が低下してきた殺し屋のある計画を描いたクライムミステリー
監督はマイケル・キートン
脚本はグレゴリー・ポイリアー
原題は『Knox goes away』で「ノックスは去っていく」という意味
物語の舞台は、アメリカのロサンゼルス
殺し屋として暗躍してきた元軍人のジョン・ノックス(マイケル・キートン)は、相棒のマンシー(レイ・マッキノン)とともにある仕事の準備に入っていた
だが、ジョンには気掛かりなことがあり、仕事が控えているのにも関わらず、サンフランシスコの医師バーンズ(ポール・ペッリ)のもとで検査を行なっていた
その結果は、クロイツフェルト・ヤコブ病に罹患しているというもので、これは急速に全身の付随運動が進行する認知症の変性疾患であり、普通に動けるのは数週間と言われてしまう
その後、マンシーとともに任務を遂行することになったのだが、ジョンは誤ってマンシーを撃ち殺してしまう
彼はこれ以上続けることは無理だと感じ、自身の財産を整理し、別居中の妻ルビー(マーシャ・ゲイ・ハーデン)や息子のマイルズ(ジェームス・マースデン)たちに遺産を分割する計画を立てた
そして、親友の資金洗浄のプロ・ファイロ(デニス・ドーガン)に任せることになった
だが、そんな彼のところにマイルズがやってきて、事態は一変してしまう
それは、マイルズが娘ケイリー(モーガン・バスティン)を妊娠させたアンドリュー(チャールズ・ビセット)を殺害してしまったというもので、彼は殺し屋である父を頼ってきたのである
映画は、マンシー殺害とマイルズの殺人事件が交錯する中で、ジョンのある計画が進行していく様子が描かれていく
マンシーの件は「同じ銃で3人が殺されていた」ことが決定的な状況証拠となっていて、マンシーと相棒であると認識されているジョンは任意の聴取を受けることになった
2つの事件を担当するのはロス市警の刑事エミリー(スージー・ナカムラ)で、相棒のレイル(ジョン・フーゲナッカー)とともに念入りな捜査を始めていく
アンドリューとケイシーの関係に行き着いたエミリーたちは、マイルズを任意の聴取をしながらも、家宅捜索を進めていく
そして、彼の家から被害者の血のついた服や凶器などが見つかってしまい、マイルズは逮捕されてしまった
彼は父親を頼っても逃げ切れなかったのだが、この一連の逮捕劇には裏があったのである
物語は、兵役期間中に哲学書を愛読していたことから「アリストテレス」というあだ名をつけられていたことが描かれ、それがコールガールのアニー(ヨアンナ・クリーク)との関係で使われる名前となっていた
彼女は4年間もの間、毎週木曜日に彼の自宅を訪れていて、映画は「木曜日が起点となって数週間を描いていく」という流れになっていた
そこから、徐々に薄れていく認知機能とその変化の中で、ジョンは親友のゼイヴィア(アル・パチーノ)を頼りながら計画を実行していった
そして、わざとマイルズを逮捕させ、そこから証拠の分析に至る中で、彼がハメられていたという流れへと向かっていく
さらに、それを仕組んだのがジョンであるとわかるように仕向けていくのだが、この最終段階に至るための前置きというものもきちんと描かれていた
映画では、警察はかなり有能として描かれていて、エミリーの洞察力から、ロス市警の分析力の高さなどが浮き彫りになっていく
さらにマイルズの前で一芝居を打ったことが決定機となるのだが、これに関してはエミリーは嘘だとわかっていながらも突き崩すことはできないと悟っていた
それは、ジョンがすでに病状の進行によって事情聴取ができないレベルになっていて、マイルズの嘘を突き崩すことができないことがわかっているからであろう
本作では、証拠というものがうまく機能していて、最たるものが「防犯カメラの時間をわざと変えずに改竄を思わせる仕掛けを行ったこと」だと言える
これによって、実際の犯行時刻の曖昧さが生まれていて、さらにこのカラクリは「マイルズを一度逮捕させてから不起訴へと持っていく流れ」と付随している
いわゆる不起訴案件による再逮捕のハードルの難しさというものを利用していたと言えるのだろう
カリフォルニア州では「証拠不十分からの起訴取り下げ後でも、新証拠や供述によって再起訴がなされる」のだが、あの状況では「新証拠(メモは焼却されている)」は見つからないし、「供述(ジョンの認知症進行)」も確かなものは得られないだろう
エミリーはそれらを全て理解しているのだが、これは彼女の母親が同じように認知症になっていたことに由来する
劇中にて、母親の件で施設に入るための手続きがうまくいっていない旨が示され、バーンズ医師と聞いてジョンの病状を理解し、ラストでは母親に寄り添うシーンで結ばれていた
これらを踏まえた上で、ゼイヴィアの放つ「お前なら俺の訓練の意味を理解できると思った」というセリフとリンクしているので、ある意味において、エミリーが有能すぎるゆえに計画がうまく行ったとも言える
本作では、言葉の端々にいろんなヒントが現れていて、無駄なものが一つもない
エミリーの有能さとレイルとの関係性などもさらっと入れ込んでいたので、そう言った本線に関係なさそうなところまで意味が宿っているのはすごいと思った
いずれにせよ、邦題はいつものアレだが、そこまでおかしくないので許せるような気がする
とは言え、原題の方が奥深い意味があって哲学的でもあるので、もう少し考えが及んでも良かったと言えるだろう
直訳すると「ノックスは去っていく」という意味になるが、これは認知症によって彼の意識が消えていくことも示唆していると思う
そう言った意味において、隅々まで隙のない映画だなあ、と思った
今年のベストワン、ムービーになりました
マイケルキートンは当たり前ですが、好きな俳優さんがいっぱい出てきて
それだけでうれしい。
ひさしぶりですね、映画館で涙が出てしまいました
乾燥気味の季節に目玉潤って感謝です
ひかえめな音楽も雰囲気ぴったり、トランペットがうるさくなく主人公によりそってます
キートンさんは監督もやってたんですね
本人は引退せずにまだまだ活躍してほしい♪
もうすぐ遠くへ行く
こないだ鑑賞してきました🎬
ノックスにはマイケル・キートン🙂
序盤である病気に罹患していることが明かされます。
それから息子マイルズが訪ねてきたことで、色々起きますが、薄れゆく記憶の中である計画を実行に移す。
キートンには静かな貫禄があり、この役に深みを与えてますね🤔
マイルズにはジェームズ・マースデン🙂
ある一件により、疎遠だった父の元へ。
なんか冷静そうに見えて実はそうではない男が合ってますね。
2面性を感じさせる出で立ちというか、マースデンの表情は何か怪しさがありました😳
ノックスの友人ゼイヴィアにはアル・パチーノ🙂
さすがに年は取りましたが、やり手の男を連想させるには充分。
彼が発する言葉には、独特の重みがあります🫡
1人の男が記憶が失われていく病気と戦いながら、大胆な計画を実行していくストーリー。
多少強引ながらも見入ってしまうのは、リアルな哀愁さが漂うからか。
キートンの内なる戦いの表現は悪くなく、マイルズの気持ちも分かる気も😔
※野暮ですが実際にあの病気になったら、ノックスの計画を完遂するのは不可能でしょう
派手さ控えめ、渋さ多めのノワールものとしては、かなり良くできていました👍
ただ、上映館が少ない…😰
幕の閉じ方
マイケル・キートンはこんな映画を撮りたかったのかと少し驚いたが、根本は家族がテーマのヒューマンドラマ。
殺し屋だが父であり夫であり、家族が抱えている問題をちゃんと解決し、それぞれにお金を残し人生を終えようとする。
ラストはどんでん返し的な効果を狙ったの?かも知れないが、あの時点で息子を裏切ることは考えにくく、きっと家族を守るため何らかの仕掛けをしているのだろうと予測はついた。
極論、クロイツフェルト・ヤコブ病型認知症でも不治の病でも何でもいいのかも知れないと思ったが、最後の面会シーンでもしかしたらちゃんと覚えてるのかなと思わせる感じがちょっとオシャレ。
また木曜日の女性への対応もオシャレで素敵だった。
自らを優秀とのたまう日系の女刑事はできる感を見せていたものの余裕で騙され少し惨め。
すでに怪物化してる老齢のアル・パチーノが普通に運転しててちょっと怖かった。
息子はサイクロップスの人だと思うけど、マッチョ過ぎてミスキャストだと思った。
シュレディンガーの犯人。
非情な病魔と戦いながら、息子を救うために息子が殺人犯であるようなトリックを仕掛ける。そのトリックが警察に見破られるのを計算してたんだな。いやあ見事です。
アル・パチーノの脇役も味が出てました。
なかなかの良作見つけた
マイケル・キートン演じる異色の経歴を持つ殺し屋・ノックスがクロイツフェルト・ヤコブ病に侵され、徐々に記憶を無くしていくまでの物語を描く本作。
初めは地味な画面とゆっくりとした進行で作品のチョイスを誤ったかと思いましたが、物語が進むにつれその印象は誤りだったと気づきました。始まりは主人公であり殺し屋のノックスが医者から病を告げられるところ、ここから一週間毎にストーリーが展開していきます。
大まかなストーリーは解説の通りとして、息子から殺人の隠蔽工作を頼まれ、ラスト近くにそれは失敗したのかと思わせつつ見事などんでん返し。これにはうーん、やられたーと唸るしかなく…。
ラスト7週目、医療施設に入れられたノックスに会いに行く息子、自分のことが分からない風なノックスの様子に涙を流しますが、この時のノックスは本当に全てを忘れ去ってしまったのかと思わせる表情と仕草に、家族愛のカタチを考えさせられずにはいられないのです。
年末になかなかの良作を観させていただきました。
vase
あらすじを読んでみた感じ「メメント」に近しい記憶リセットものかなーと思いましたが、どんどん記憶が薄れていく過程を描くというところはかなり違いがあり、そういうところの点でもいろいろ比較ができました。
試写会にて鑑賞。
展開がノロッとしているのでかなーり地味な絵面が続き、そんでもって体感中々長いのがネックでしたが、用意周到な殺し屋の淡々とした感じは余すことなく描写されており、トリック要素もこねくり回さずちゃんと見せてくれたところはかなり印象良いです。
邦題の通り、プロットを立てて物事を進めていくので、派手な殺し合いとかは無いので、従来の殺し屋ものとはかなりギャップのある作りですし、マイケル・キートンはじめ役者パワーが強すぎるのもあって、ストーリーが若干置いてけぼりにされているかなとは思ってしまいました。
息子のためを思っての行動いう点でようやく点と点が繋がってしっかりストーリーになったなとは思いました。
少し静かすぎて好みではなかったですが、もう一度観たらいろいろと変わるのかな〜なんて思いながら試写室を後にしました。
鑑賞日 12/2
鑑賞時間 19:00〜20:55
ネオ・ノアールの指向である思考を覆す!?
本作とよく似た設定で、ある殺し屋が認知症を患い記憶があいまいになる2022年の映画『Memory』というのがあったけど... あたしからするとその映画は認知症を題材に挙げている割には映画製作者は、認知症というその病に関して漠然とだけで、加齢による物忘れと認知症の違いをあまり把握されてはいなかったと記憶する。あたしは、別の映画サイトでこのように映画の印象を載せていた。
「それよりももっと認知症を前面に押し出して主人公の混乱ぶりを表し、危機に陥る様子を描くのかと思えば中途半端な一品と言えるかもしれません。」とまぁ~ぁ、いつものように、きつい事を... 失礼
ところで... 婉曲的思考により
"It is a far, far better thing that I do, than I have ever done;
it is a far, far better rest that I go to than I have ever known." (※忘却からの帰還として...カートンのラストの言葉より自分の身を犠牲にしてでも、より崇高な目的を果たすことへの価値観)だから婉曲的に考えればの... お話? そして婉曲的セリフの極みなのが、ノックスのセリフにも現れてもいる。
Knox: As far as you're concerned, I'm Schrödinger's
murderer.
映画を観なければ... いやたとえ観たとしても... 理解の範疇を超えるものとして引用が見受けられる。 ... それは...
量子力学の不気味さを考えさせる思考実験 "Schrödinger's cat" による彼のおかれている状態への比喩的表現となっている。
『Memory』という映画が、"認知症と健忘症" との違いを曖昧にしたことで映画の質があたしから言わせると体たらくと言えるものとなったけれども... 本作に関しては、主人公のジョンの立場、つまり "殺したのか? それとも殺していないのか?" の自覚の曖昧さがこの映画の本質であり、しかもその病質の微妙な変化においても自分の息子を助けるという人としての "最後の砦" を守りぬくところに映画の価値観が見出せるものとなっている。
クレーン役のアル・パチーノのセリフ
He wants to make a change to the list. Take off
the last name, the hooker.(※注意してください。この文章には女性を差別する言葉が含まれています。でもアルパチーノによるもんなので...)
このセリフが後の伏線となり、ネオ・ノアールの退廃的、虚無的、シニカルな雰囲気を和らげる... 映画の邦題『殺し屋のプロット』より "plot twist" でもあってヤコブ病を患っているにもかかわらず、人間性を失わない粋な終わり方をしている。
あたしの持論が初めて違ったというか... 「製作総指揮者が増えれば増えるほど映画の質が落ちる」... でもね、キートンの人柄が我も我もと出資したのに違いないとあたしは思っているって、言い訳として...失礼しました。
最後に不思議に思ったのが何故? アル・パチーノが映画出演を承諾したのかについて
キートンからの依頼なのかもしれないけど巨額の予算によるスリルよりも、登場人物たちによるシーンや物語全体の変化や動き、演技の抑揚などが、観客の関心を引きつけ、感情的な影響を与えるための様々な技術に重点を置いたことで、大規模なスタジオ制作とは異なるクリエイティブな体験が得られるからだと考えられる。(※高次的映画解説参照)
しいてこの映画に難があるとするなら...
日系女性が演じたコケイジョンのしかも男性社会の荒波の中でアジア系の有能な捜査官の女性リーダーが、狂牛病末期の患者にまんまとしてやられるところが... うまくプロットが出来ていても... 天邪鬼なあたいには... どうしても "?" が付いてしまう... 失礼しました。根がわがままなもんで⁉
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