Ryuichi Sakamoto: Diariesのレビュー・感想・評価
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坂本龍一の「教授」たる所以
「Funeral」と題した坂本龍一が自分の葬儀で流す為に作ったプレイリストを聴いている。
収録内容はドビッシーやバッハ等音楽を始めた時から親しんだクラッシック、盟友デヴィッド・シルヴィアンの「Orpheus」有名曲ではエリック・サティ「ジムノペディ」ニーノ・ロータ「太陽がいっぱい」等が入っている。坂本龍一はYMOでのテクノポップや、日本と世界のありとあらゆるミュージックシーンで共同作業した楽曲や自身を象徴する著名な映画音楽、ピアノ曲などを溢れる程持っているが、葬儀で流す楽曲は自身の感性に影響を与えた作曲者たちの音の数々ってところが坂本龍一の「教授」らしさなのかも知れない、。
「教授」という愛称は高橋幸宏が坂本龍一に初めて会ったとき、彼が東京藝術大学の大学院生であると聞き「大学教授にでもなるの?」と尋ねたことがきっかけのようだ。映画内でもあるように2人は兄弟のように親しかったと高橋の妻が話していた。2023年1月、坂本より2ヶ月先に高橋は逝去された。
NHKスペシャル「Last Days 坂本龍一 最期の日々」の方は放映当時見ていた。他の坂本龍一追悼の番組と併せ、Blu-rayにも保存していた。今回この映画を観た後、テレビ版の方も見直した。この番組で国際エミー賞のアート番組部門で最優秀賞を受賞した監督の大森健生(若さに驚く)は映画化にあたり「坂本龍一の驚くべき量と質の記録、音楽史の資料を前に、59分の番組では収まりきらない。坂本さんを描き尽くせない。完全版も作らなければ」という思いがつのったとのことのようだ。特に音楽家としての坂本龍一をちゃんと伝える為にもっと音楽も使いたかったとのことなので様々な楽曲、坂本が拾った自然の音を多用している。明らかに映画作品としての深みが増した。又映画では東日本大震災の津波のリアル映像を使っている。これは坂本自身が深く関わった社会活動を後世にも残す意味合いも込めてのようである。
亡くなられる2日前、ターミナルケアに入った後の2023年3月26日。4人の子どもたたち一人一人と話し別れを告げたその同じ日、東北ユースオーケストラの定期公演をスマホで視聴し、自らの楽曲をベットで酸素マスクを付けながら指揮のポーズをとり、吉永小百合の朗読を聞き最後のひと言(震災で亡くなった子供の亡骸は祖父が見つけてくれた)に「やばい」と声を発し涙ぐむ姿に胸を打たれた。撮影は次男である空音央(ドキュメンタリー映画Opusも監督した)であった。
死に向き合うひとりの人間はその瞬間までに何ができるのか?坂本龍一は最期まで音楽を生み出し続けた。「芸術は長く、人生は短し」合掌。
【”雨音を愛した世界的音楽家のLast Diaries。"今作は坂本氏が癌に侵されながら最期まで音楽を傍に生きた日々を描いたドキュメンタリー映画であり、ラストシーンには嗚咽してしまった作品でもある。】
ー 今作では、坂本さんは癌を告知されてから、約三年に及ぶ闘病生活を日記に残された。今作はその日記を田中泯さんが抑制したトーンでナレーションで語ってくれるのである。ー
・坂本さんは、東日本大震災で傷ついた音楽を愛する若者達を募り2014年に設立した『東北ユースオーケストラ』を支援し続けていたが、余命半年と癌告知をされた後も、絶望の中、度重なる手術、抗がん剤治療を行いながら、支援を続けている姿が映し出される。涙が出そうになる。
・ウクライナ紛争の映像を見て、且つご自分の状態も鑑みて記された
”音楽だけが、正気を保つ唯一の方法。”
という言葉が、重く響く。
・坂本さんは、癌が発覚してから雨音を頻繁に聞き、林に降る雨の映像を長時間見ているのである。心が休まるのだろうか。
鈴やサンプリングの為に音を拾う姿。常に身の回りに静謐な音を置いている方である。
・読書の質と量も凄い。様々な詩集。哲学書。写真集。民俗学書・・。分野が多岐に渡っている事に驚く。この方は音楽だけではなく、あらゆる知識を求めた方という事が分かるのである。
・盟友であり、坂本さんの二カ月前に逝去した高橋幸弘さんの自宅を、ご本人がご入院されているのに訪問し、手紙を残してくる誠実さ。それにしても、お二人とも70歳代の前半である。余りにも早すぎる・・。
<坂本さんが子供さん達に仰ったという言葉”幸せな人生だった・・。”と、それでも生を渇望するかの如きラストショットには、出張帰りのレイトショーで観たために観客が私一人であった事もあるが、思わず嗚咽してしまったドキュメンタリー映画である。
人生の終わり方を考えさせられた、深い深いドキュメンタリー映画でもある。>
■このような尊崇なプライベートな映像を提供して頂いたご遺族の方々にも、改めて感謝を申し上げます。
坂本龍一さんは死んでも、その音楽は続いていく。
坂本龍一さんの、進行がん告知から天に召されるまでの3年半を貴重映像とともに振り返る。
giftedという言葉そのものの人物、坂本龍一。
でもgiftedにも容赦なく死の影が迫る。
医療的な決断を、できるだけ音楽が創れるように組み替えていく。
その姿は強烈だ。
東北大地震をきっかけにできた、TYO(東北ユースオーケストラ)の指揮も告知後も続けるが、さすがに死ぬ数日前のコンサートは、スマホ配信で、でもスマホ配信で一緒に歌っていたし、音を心底楽しんでいた。
そして意識不明になっても、指がピアノを弾いているかのように動いていた。
「人生は短く、芸術は続いていく」
言葉通り、坂本龍一の生命の火は消えてしまったが
彼が見つけた音楽は人類の遺産として、永く続いていくに違いない。
すごく濃密な映像だった。
最後、坂本龍一さんが撮影した色んな満月の写真が出てきて、
自分も、月や雲や雨などをもっと見ていこうと思った。
あと田中泯の語りが渋くて良かった。
晩年の記録映像. こまめな日記, 残っていた映像, 周囲の方々のお...
静かに消えていく命
坂本龍一の音との向き合い方を記録した作品
昨年のNHKで放送されたドキュメンタリーのエクステンデッドではあるのだが、ドキュメンタリー映画としての満足度はこちらの方が高い。その理由としてはやはり音楽パートの追加。もちろん、やせ細っていく教授の姿を見るのはつらい。つらいが、音楽を追加したことで、晩年の坂本龍一がただ、病と格闘するだけではなく、音楽によって救われていたという「創造するという事、芸術を作るという事の素晴らしさ」をテレビ版よりも感じさせてくれる、バランスが取れた作品になっていると思う。
私にとってこのドキュメンタリーで一番重要で是非劇場で確認したかったのは、彼が管弦楽曲を作ろうとしていたけども、未完に終わったという話と、その曲の断片が映画で実際に聴けるところだ。今回のドキュメンタリーではかなりそこを長めに聴かせてくれている。(ちなみにだが、エンドクレジットではこの楽曲と他の未発表曲が(2025)という制作年で出てくる。ということは、近々この映画のサウンドトラックとしてか、あるいは別の作品集と言う形で公開される可能性もあるのではないだろうか。)
あの楽曲は坂本龍一のキャリアを考えると、非常に重要な一曲になるはずだったのではと思う。
なぜなら映画にも登場する「霧散する音楽」というメモ。恐らく晩年のasync以降の10年の集大成的なもの、そして中学生の時にドビュッシーの「雲」から始まった彼の音楽への情熱が一巡するようなものを彼は考えていたんだと思う。
その事を確認したかったので、今回改めて鑑賞中聴き入っていたのだが、まさにそういう物になっていたと思う。やはりAsyncと、12の延長線上にある作品になっていた。
坂本龍一が自身の持つ膨大な知識をいかにポップミュージックのフォーマットに落とし込むか苦労していた90年代。そこから晩年の「音の響き」それ自体を慈しむようになっていった音楽の趣向の変遷は、二十世紀の音楽、ポップミュージックの流れとも重なっている。テクノ、ダブ、ヒップホップ、エレクトロニカ、アンビエント、それらの音楽に共通するのは音符で書けるメロディではとらえきれない「響き」そのもの。サウンドテクスチャと、その空間でのなり方、それ自体を楽しむという音の捉え方である(これを理解すると彼のピアノ演奏がなぜ晩年と80年代であれだけ違うのかわかると思う。単に年を取ったとかそういうことではない。音の聴き方が変わったのだ。)坂本龍一は最後の二十年、特にこの音楽の聴き方を極めていったように思う。それゆえ、この映画の中で体が弱っていく彼が、雨の音そのものの美しさ、雲の流れや月の光といった自然に救われていたのが印象的だった。
もう一つ、浅田彰が坂本龍一のパートナーの方がいかに献身的に彼を支え、同時に非常に優秀なプロデューサーであるかという話をしていたが、彼が亡くなってからの一連の美術館等でのプロジェクト、書籍、映像記録などの充実ぶりを見ていると、本当にその通りだなと思う。坂本龍一と言う人が天才だったのは間違いないが、それを支えるチームのおかげで、彼のレガシーは何十年も効力を失わず、様々なアーティストを目指す人々、一般の人々の人生に影響を与え続けるだろう。未来に坂本龍一を知った人は、作品のみならず、CODA、Opus、このドキュメンタリーなどを通して、彼の音楽や哲学、人生をより深く知ることが出来るだろうと思う。
生き様に涙が出ました
NHKスペシャルは観ていなかった。坂本龍一さんの創作活動の最後の記録が見られるのかな、くらいの気持ちで観にきた。
しかし、想像以上に自分の死が必ずくることを実感させられたし、身近な人の死を思い出し、自分はどう死ねるだろうかと考えてしまった。
タイトルの通り日記を中心に紹介していく。
食べ物のことが書いてあって意外だったり、気持ちを吐き出してあったり、その一言ひとことがずしずしと心に刺さった。
スコラ音楽の学校のような、音楽全集もまとめて、創作もやり尽くして実績も輝かしい人でも、力が出ない時、何も考えられないような日もあるのだと、意外だった。身近に感じるはずがないと思っていたのに、坂本龍一さんは近寄りがたいとか気難しそうでもなく、もちろん天才的な存在であるのは間違いないのに、とてもチャーミングだった。
病気と向き合う中でも、創作活動をする最後の生き様を見せてもらえたような気がした。日付が出るたびに、自分が1日1日をどう生きているか考えさせられる。
残された時間、今生きている時間を強く意識させる映画だった。
何気ない今日や、過去の1日が誰かにとって、とても重い日であることを意識させてくれる映画だった。
見せてくれてありがとう
人はいつか死ぬのだなあ。
涙もろくなっているところ、弱気になっているところ、希望にすがるところ、本当は見せたくないようなところ。
一方、音楽に触れていれば体の不調が気にならない、といったような、不思議なこと。
すべて見せていただいてありがとうございます。
遠くない将来、自分が死に向かうことになった時、きっとこの映画を思い出すと思う。
ほんの少しでも参考にして、悔いのない死に方をしたい。
人は生きることと創ることは同居し続けるべきだと感じさせられた。
人として音楽家として
どんなに類まれなる才能に恵まれ、輝かしい功績を得てきた人にも、死は平等に訪れる。
死の淵に立った時の絶望も恐れも、又平等である。
日々ページをめくるように淡々と日記に記された言葉が朗読される。
余命5年と言い渡された日、困難を極めた治療に悩んだ日々、死期を悟った日、、、
深い絶望と哀しみ、怒り嘆き。その言葉は実に人間らしいものだった。
でも一方で彼はいつも通りピアノを弾いていた。
求められる仕事を完璧に遂行した。
天から降るように新しい旋律を生み出し、それを書き遺した。
死の淵に立っても貫かれた音楽への貢献。
それは残された命の時間をすべて音楽に捧げたいという願望からか、、それとも彼にとっては音楽とは生きて息をするかのごとく、生きる上で当たり前のものだったのか。
亡くなる前年のOpus、
予定されていた抗がん剤を中断しての撮影だった。
彼が自分自身の命よりも大切にしていたものを見せてくれたように思う。
坂本龍一という音楽家がこの世に遺した旋律の数々を、私たちはこれからも彼の魂を感じながら聴くことができるだろう。
そしていま生きていることに感謝しながら、月の輝きや、形を変えながら流れる雲や、降り続ける雨音に、空を見上げながら音楽を感じることができるだろう。
坂本龍一という人間と、死について両方知る
文句なし!死の直前まで音楽の熱意が衰えず
Diariesを観たが、坂本龍一の死の直前最後の3年半を日記・ドキュメント形式だったが、最後まで音楽にこだわる教授こと坂本龍一の音楽への熱意を改めて感じた。また、人間の死の直前の考え方、気持ちも色々考えさせられた。社会問題にも関心が高かった坂本龍一の言葉は重い。文句なし!
人は音楽を食べて生きている
死について、生きている人間が語ることは難しい。
しかし、音楽や音についてならば、少しは語れるかもしれない。
坂本氏は、おそらく音楽を必要とする人だったのだろう。
まるで栄養のように、音楽を食べて生きていたのではないかと思う。
私の中で音楽を定義すると、こうなる。
――人の心の奥底から湧き起こる感情や思いが音となって外に現れたもの。
あるいは、身体の内部で響いている何かを取り出したもの。
ただ、この映画を観て、その音楽は「外へ出すもの」であると同時に、「自分の中へ納めていくもの」でもあるのだと感じた。
戦地で、瓦礫の中をイリヤ氏がバイオリンを演奏するシーンは強烈だった。
建物は崩れ、誰かの生活の痕跡が細々と散らばり、あらゆるものが無防備に外部の視線にさらされている。
だが、その投げ出されたものすべてが、音楽によってイリヤ氏の体内に取り込まれていくように感じられた。
心や体がばらばらになりそうなときでも、音楽は正気を保ち、生き続ける力を与えてくれる――。
そんなことを深く思わせてくれる映画だった。
がんを通して人生と向き合うこと
音楽は救いにならないのか
坂本龍一さんががん告知を受けてから亡くなるまで、約2年間のご本人の日記、自撮りなどを元に編集した映像。
がん告知前に、ニューヨークの自宅の庭にグランドピアノを設置する。ピアノが自然に戻る様が見たいと言う。
基本的に日記の短文を田中泯さんが朗読しつつ、ご本人の映像がインサートされる他は、観客に委ねる構成。唯一、亡くなるまであと1年みたいなテロップがはいるのみ。
結果的に日本で晩年を過ごされるが、震災支援の社会活動のオーケストラ指導以外は、孤独感がつきまとう。
孤独の中で音楽に向き合い続けるが、音楽が救いにならないことが描かれる。未完の曲は、病床で癒しになった雨音のような現代音楽だった。ノイズのようでもあり映画音楽のようでもあった。
フォーカスされない日記の端に「怪物」の文字。サラッとカメラが本棚を移動した時に、武満徹さんの全集が映る。
ニューヨークの庭でポツンと朽ちていくピアノが、どうしても坂本さん自身に見えてしまう。
美しい音楽家が生き続ける姿
坂本龍一
死すべき運命にある私たちを慰めるものは何だろう?
全42件中、21~40件目を表示
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