視える : 映画評論・批評
2025年11月4日更新
2025年11月7日よりシネマート新宿ほかにてロードショー
霊視、呪物、屋敷の怪異。古典の風格を湛えたアイリッシュ・ホラー
アイルランドのダミアン・マッカーシー監督が紡ぎ上げたこの恐怖映画は、長編2作目にして古典のような風格を湛えている。安っぽいジャンプスケアには目もくれず、静謐な固定カメラのショットを悠然と連ね、じわじわと不穏なスリルを生む演出力は自信に満ちあふれており、冒頭数分間を見ただけで「これは並大抵のホラーではない」と思わされる。その予感はすぐさま確信に変わり、「Oddity(奇妙さ)」という原題にふさわしいストレンジな映像世界に魅了される一作だ。
ある夜、人里離れた古めかしい屋敷でダニーという女性が惨殺される事件が発生。捜査の結果、ダニーの夫で精神科医であるテッドの患者オリンの犯行と断定された。1年後、ダニーの双子の妹ダーシーは、ある思惑を内に秘めて姉が殺された屋敷を訪れる……。

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まず説明しておくべき点は、小さな骨董品店を営む盲目の主人公ダーシーが、ある物体に触れて過去のヴィジョンを霊視できる特殊能力者、すなわちサイコメトラーだということだ。姉殺しの犯人とされたオリンの義眼を入手したダーシーは、事件の驚くべき真相を察し、自ら“落とし前”をつけるべく殺人現場の屋敷に単身乗り込んでいく。
そんな超自然的要素をはらんだミステリー・スリラーとして滑り出す本作は、傑出した“家もの”の恐怖映画でもある。舞台となる石造りの屋敷のゴシックな外観と入り組んだ内部構造が、実にユニークなのだ。とりわけ縦長のリビングルームは吹き抜けになっていって、リビングを見下ろせる2階の長い廊下、ふたつの階層をつなぐ階段と踊り場が特徴的だ。マッカーシー監督は納屋を改造してロケセットに仕立てた“家”の暗がりにカメラを向け、不吉な気配を創出。さらに、ここぞという場面で、高低差を巧みに生かした恐怖描写を披露する。
加えて本作は、“呪物もの”としても抜群に面白い。姉の元夫であるテッドと現在の恋人ヤナが暮らす屋敷を訪ねたダーシーは、彼らへの贈り物として等身大の木製人形を持参する。その見るからに不気味な人形は、テーブルにちょこんと座っているだけで異様な存在感を主張する。しかもこの物言わぬ人形は、主人の命令を忠実に遂行するゴーレムのごとき呪物なのだ!
かくして「何か恐ろしいことが起こる」予兆をまきちらし、全編にわたって観る者の胸をざわめかせる本作は、あらゆる場面が緻密に設計されているうえに、ほどよいユーモアを漂わせ、洗練された気品さえまとっている。そうした作り手の手腕にすっかり惚れ込んだ筆者が、心底感嘆したのはラストシーンだ。その世にも奇妙なエピローグで用いられるふたつめの呪物も、怪奇好きにはとっておきのお楽しみとなるだろう。
(高橋諭治)

