劇場公開日 2026年3月

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「編集のスピード感に注目。」ノー・アザー・チョイス(英題) milouさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 編集のスピード感に注目。

2025年10月10日
PCから投稿

大手製紙会社に半生を捧げてきた男。広壮な邸宅・美しい妻と子供たち・趣味の温室と、望むものをすべて手に入れた。ところが会社がアメリカ企業に買収されると突然解雇、収入を立たれた家族は一気に倹約生活へ転落する。男は血相を変えて再就職をめざすが、経験を活かせる製紙会社での採用面接は、同じく解雇された同世代の男たちに先を越されてしまう。そして生活の中心にあった自宅の競売が迫るなか、男はライバルたちが姿を消せば自分にポストが回ってくると思いつき…。

なんといっても編集のスピード感がすばらしく、2時間半をほとんどノンストップで駆け抜ける。そのリズムを支える、現代韓国映画ならではの緻密なクレーンショットや照明・色彩の完璧なコントロール。これは『パラサイト』が再来したかのようなハイスピードのダークコメディで、テクニカルには一部でそれを上回っている。

イ・ビョンホンの意外なコメディアンぶりをたっぷり堪能できる作品でもあって、物語が時としてグロテスクで、本来それほど共感できるはずのない登場人物なのに、映画がリアリティを失っていないのは、彼の大きな功績だと思う。

映画は終盤にさしかかるまで全速力で進むんだけど、この行き当たりばったりな男の行方を、いったいどうやって決着させるんだろう…とだんだん不安になってくる。ところがエンディングに至って余韻たっぷりの見事な着地が用意されて、ここでさらに舌を巻くことになる。伏線の回収、音楽を使った高精度の編集テクニック。物語の全体、そして映画の題名が、ある種の社会批評につながっていることにも思い至ることになる。あっぱれ。

韓国の今年のアカデミー賞候補エントリー作でもあって、テクニカルには受賞しても全くおかしくない。しかしどこかで『パラサイト』を連想してしまうのは避けがたく、今年はブラジルやデンマーク、イランの候補作に強敵があって、そこはパク・チャヌク監督の不幸なところ。もう、こういうのは巡り合わせみたいなものだ。アカデミー賞絡みの宣伝とは関係なく、楽しんで見るべし。

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milou