「農村を舞台にヤンキー抗争、チーズに夢を賭ける」ホーリー・カウ KaMiさんの映画レビュー(感想・評価)
農村を舞台にヤンキー抗争、チーズに夢を賭ける
農村のほのぼのした物語かと思いきや、若者たちががっついたキスを交わすポスターのビジュアルは伊達じゃなかった。
確かに舞台は酪農地帯なのだが、テーマは10代のヤンキー同士の抗争、女の子の取り合い、車とバイクの暴走、そして無謀な夢へのチャレンジなのだった。
主人公のトトンヌは、チーズ工場で働く父を手伝う一方、仲間とダンスパーティやガールハントの日々。ところが父は不慮の事故で死去、小学生ぐらいの妹の面倒を見ながら自活することを強いられる。
父のあとを継ぐように工場で働き始めるが、「朝の4時から集乳」を言い渡されるなど労働は過酷だ。トトンヌは童顔で中学生ぐらいにも見えるが、ゴミ収集車みたいなトラックを運転し、チーズの原料にする牛乳をホースで集めて回る。
この工場、悪いことに女の子を取り合う敵グループ一家の経営で、あっという間に喧嘩騒動を起こして仕事はクビになる。
ここでトトンヌは自宅でチーズを自作して活路を開こうとするのだ。チーズ工場で働くヤンキー兄弟の妹は、ひとりで牧場を運営し牛を育てている。この娘と恋仲になり、すきを見て生乳をちょろまかしてチーズの鍋を茹でる。
チーズを固めるには酵素が必要なことを知らなかったり、出来上がったチーズの袋を鍋から引き上げる技術が足りなかったり、悪戦苦闘ぶりは微笑ましいが、そもそも敵から盗んだ生乳で生計を立てるのは無理がありすぎる。
フランスの田舎の風景や、自然の恵みを生かした生活は美しい。一方で学校をドロップアウトした若者の生活ぶりはB・スプリングスティーンの歌に描かれるような、行き場のない工場労働者の絶望だ。兄と妹ふたりの生活は「火垂るの墓」並みに心細くて切ない。
ただ若者たちはスマホで女の子を誘い、牛舎の牧草の陰でアバンチュールにふけるというようにしたたかだ。もともとは自然を相手にした自営業である。ワンチャン、苦境からの大逆転もあるかもしれない。
こんなふうに本作は普通は同居しない世界が平気で同居し、深い絶望と躍動感を同時に味わわせる貴重な映画だった。
