3つのグノシエンヌのレビュー・感想・評価
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3つのエチュード
『雨ニモマケズ』で魅了された安野澄を目当てに。
あの時の後輩感もよかったが、涙ぼくろの色気も手伝ってお姉さん的な振る舞いもハマってた。
登場人物は主人公の哲郎と妻の晴、不倫相手の茉莉、“純平”を演じる悠介のみ。
サラッと立ち位置を説明して、後は“純平”と晴、それに伴う哲郎の変遷を見せていく流れ。
哲郎が指示を出すのかと思いきや、台詞が用意されることはあっても半ばお任せの様子。
晴さん、あの距離の詰め方は勘違いしますよ。
ある程度の“攻略法”は知ってたにせよ、かなりアッサリと関係を構築していく。
ホテルに行くあたりから、エロスが増すのと比例してコミカルさも強くなる。
目の前でガン見されながらとかイヤだわ…
更には寸止め喰らった上に、見せつけられながらアテレコしなきゃいけないとか悠介が不憫すぎ。
しかも本気で惚れちゃった(そりゃそうだ)もんだから、もう最悪。
最後は「それだけはやめてくれ」と思ってた交通事故オチだけど、一捻りアリ。
最初の飲み会で別れた直後の意味深な表情や、脚本を見たことで晴側に何かあると期待したのだが…
あの様子だと悠介はネタばらししたのかな。
哲郎の別の一面も提示され、色々と想像の余地がある締め方になってるのは好み。
哲郎の壊れ方はオーバーではあるがアクセントとして効いてたし、抑えた演出もよかった。
ラストでやや間延びしたのと、オチにもうひと工夫欲しかったが、意外な秀作かと。
主人公・哲郎はクズなのか?
予告編を見た時からめっちゃくちゃ面白そうで、早く見たくて見たくてしょうがなかった作品を、先行上映会でやっと見られた。
本当に最高だった。一瞬で大好きな作品になった。
めちゃくちゃ面白かったし、丁寧に作られた映画で正直安心した。
R15+だし、江戸川乱歩だし、耽美なエロスな世界観だということは予想できて、それでもエロスに必然性を感じられなければ一気に白けてしまうという懸念があったのだけど、不倫相手である茉莉との逢瀬にも、妻である晴との行為にもちゃんと必然性があり、尚且つそれを第三者が見ているという狂気的な設定を思わずくすりと笑ってしまうようなポップな演出で見せていて、その緩急のバランス感覚が絶妙だった。
その辺りの見せ方がとても演劇的で好きだと思った。
松田凌さん演じる哲郎は売れない役者で、若い女の子と不倫してて、その部分だけ見たら確かにクズなんだけど、結末まで見ると、実は不倫相手の茉莉はバイト先のパン屋で知り合った相手で、稼ぎもないくせにバイトもせず好きなことだけしてるヒモ夫ってわけじゃなかった。
哲郎は癌を患っていて、自分の死期が近いことを知ってた。
「俺には時間がない」と言っていた意味がここで繋がる。
哲郎はおそらく癌のことを誰にも話してなくて、保険にも入ってて、このまま癌で死ぬよりも事故死の方が保険金が高いことも知ってた。妻にバイトくらいしたら?と小言を言われてもパン屋のバイトのことは話さず、最後の大仕事に没頭するかのように「一人二役」を原案とした舞台脚本を書き上げることに全てを賭けてた。そして納得のいく結末を書き上げた勢いのまま死ぬのだ。
脚本を書き上げた喜びで、ラブホテルから裸足のまま飛び出して、まるでダンスをするかのように歓喜に打ち震えているのに、道路にそっとパソコンを置いて車道に出ていくんです。哲郎は脚本が完成したら自ら命を断つことを決めてたんじゃないだろうか。もちろん保険金を受け取るために事故死に見せかけて。
事故のシーンの後、哲郎が自宅に戻り離婚届を見つけ、ベッドで眠る晴の目と耳を潰そうとするシーン。あそこは脚本であり、その後悠介が演じることになるわけだけど、私はそれが哲郎から悠介への命を賭けたプレゼントに思えてしまって悲しい。
映画を見ている時から、哲郎の晴に対する接し方がやけに優しいことが引っかかってて。冷え切った夫婦のはずで、晴は確かに冷たい態度をとるんだけど、哲郎はどこか愛し気に晴に接してた。
もしかしたら哲郎は、自分が死ぬことがわかっていたから、自分がいなくなった後にも晴が塞ぎ込まずに生きていけるよう、わざと自分から気持ちを引き剥がそうとしたんじゃないだろうか。
だからクズを演じて、悠介と晴を出会わせた。あわよくば悠介が自分の死んだ後の晴を見守ってくれたらいいと思ってた。だから最後にあんな無茶な計画を立てたんじゃないかって思えてしまう。
自分の生きた証を残したくて脚本を書いた。
セックスレスではあったけど愛していた晴には幸せになってもらいたくて、自分の死後を誰かに託したかった。
可愛がっていた後輩にチャンスをあげたかった。
この3つを叶えるためにあんな計画を立ててクズを演じてたけど、いざ本当に晴の気持ちが純平(悠介)に傾き出すと、嫉妬に耐えられなくなってしまったのかな…。
全部、哲郎の性善説を前提にした仮説だけど、私にはそれくらい哲郎が素直で愛らしくて優しい人に見えた。
茉莉はそんな哲郎の本質を見抜いていて、死に直面しても愛する人を守ろうと必死になって楽しそうに終活をしている姿を見て、自分がずっと抱えていた「死にたい」という気持ちが薄れていったんじゃないだろうか。
だとしたら、結果的に哲郎は茉莉のことも救ったわけだ。
悠介演じる純平を劇場で見た晴は、それが自分に実際に起きたことだと気づくだろう。
その前にリビングで哲郎のPCを見てしまった時から、きっとうっすら理解していただろうけど、夫の才能を信じていた晴は、哲郎がやろうとしている事を理解した上で受け入れていたのかもしれない。それくらいの器の大きさが彼女には感じられた。
クズのように見えて、愛する人たちを守ろうと必死だった1人の男は、火葬場の煙となった時に幸せだっただろうか。
結末を知った上でもう一度見ると、きっとまた全然違った印象を持つんだろうな。
もしかしたら私は、序盤から涙が止まらなくなってしまうかもしれない。
「3つのグノシエンヌ」の作曲家エリック・サティが語っていたように、きっとこの作品は「正確に演奏することが重要だが、それ以上に、それを正確に聴くことが等しく重要」であり、目で見たことそのままをストレートに受け取るだけではないメッセージが込められているのだと思う。
「3つのグノシエンヌ」と呼ばれる1番から3番の曲の解説を読むと、やはりこの一連の物語は、哲郎が3人の愛する人たちを救済するために仕組んだ最後の大博打だったんじゃないかと思えてしまうのです。
映画の公開は2025年10月3日です。
私はきっと何度も映画館に通うことになると思います。
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