劇場公開日 2025年7月18日

「長閑な山村の風景と人権無視の蛮行のコントラスト」盲山 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 長閑な山村の風景と人権無視の蛮行のコントラスト

2025年7月20日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

1990年代、中国東北部の山間の村を舞台にした物語でした。父親の借金返済のため職を探していた女子大学生・白雪梅(ホアン・ルー)は、騙されて誘拐され、見知らぬ山村へと売り飛ばされ、40歳の独身男性・黄徳貴(ヤン・ユアン)と無理やり結婚させられてしまいました。

どこか既視感があると思ったら、5月に観た『デビルズ・バス』とかなり似通った構図でした。どちらも前近代的な田舎の村落での「嫁取り」をめぐる物語で、家父長制の下で犠牲となる女性の姿を描いています。
ただし両作には明確な違いもあります。『デビルズ・バス』の主人公は、当初自ら納得して嫁ぎ、村の共同体に順応しようと努力しますが、結局は受け入れられず、精神を病んでいきます。一方、本作の主人公・雪梅は誘拐されて連れてこられたため、初めから一切妥協せず、徹頭徹尾この村からの脱出を試みます。その強い意志と行動こそが、本作の中心に据えられています。

物語の舞台は30年ほど前ですが、当時の中国における大学進学率は一桁台と低く、雪梅のような女子大生は極めて少数のエリートだったと言えると思います。そんな彼女が、40歳の独身男性と無理やり結婚させられるというのは、まさに理不尽そのものでしょう。

本作は2007年に制作されましたが、中国国内では当局により上映禁止とされました。その理由は明白です。誘拐された女性が人身売買されて「嫁」として売られるという内容は、中国政府にとって極めて不都合なものであり、容認しがたい描写だったのでしょう。
さらに言えば、人身売買に至る背景には、一人っ子政策によって生じた男女比の歪さという、より深刻な社会的問題が横たわっているからです。本作でも一部触れられていましたが、跡継ぎとしての男子を重視するあまり、女児が生まれると間引かれるといった悲劇も存在していたようです。統計によれば、通常は女性100人に対して男性107人ほどが自然な比率だそうですが、中国では男性が118人に達しており、明らかに女性が不足しています。結果として、黄徳貴のような「結婚できない男」が多数生まれる構造となり、それが人身売買という形で表面化したわけです。
加えて、本作では賄賂の横行や、村長・警察といった公権力すら誘拐を黙認する姿勢も描かれており、それらもまた中国政府にとって不都合な現実であったことは想像に難くありません。

ここで思ったのは、『デビルズ・バス』や本作で描かれるような女性蔑視と家父長制に基づいた社会が、決して過去の遺物ではないという点です。くしくも本日行われた参院選では、選挙中「高齢女性は子どもを産めない」、「男は男らしく、女は女らしく」といった発言をしてきた政党の代表が大躍進を遂げました。しかもその政党の新憲法草案には、「基本的人権の尊重」すら明記されていないというのです。日本がいつ中国のような国家に変貌してしまうか——そうした危機感すら抱かせる状況に、私は強い不安を覚えました。

少々話が逸れてしまいましたが、本作における最大の魅力は、「コントラストの描き方」にあったと思います。『デビルズ・バス』でも同様でしたが、山村の風景や人々の暮らしぶりは一見すると非常に長閑で、現代社会の喧騒に疲れた者にとっては癒しとも言えるものでした。しかしその裏で繰り広げられる女性蔑視や暴力の実態は、まさに「野蛮」と呼ぶにふさわしく、目を覆いたくなるようなものです。この美しさと醜悪さの遠近感が際立ったことが、本作の圧倒的な印象を生んでいました。

また、最後まで抵抗を貫いた雪梅と、同じく誘拐されて嫁がされ、今ではすっかり順応してしまった女性との対比も非常に印象的でした。いわゆる“ストックホルム症候群”を思わせるような描写であり、時間の経過が人の意志をも変えてしまうのだという現実に、衝撃を受けました。本作は「実話をもとにした」と明言してはいませんが、同様の境遇に置かれた女性が実際に存在することは間違いないでしょう。

まとまりのない感想になってしまいましたが、本作が描いたような前近代的な社会に私たちが舞い戻らないためにも、不断の努力と警戒が必要であると強く感じさせられる一本でした。

そんな訳で、本作の評価は★3.8とします。

鶏
2025年8月15日

読ませていただきました。
でも少しだけ違います。
まず、『ひとりっ子政策』関係ありません。
『”本来の同じテーマ”の作品』は中国映画では
過去にも作られています。
良ければ私のレビューをご覧ください。

アジア映画研究してました2025
ノーキッキングさんのコメント
2025年7月22日

まあ、金絡みではないものの、日本でも後家さんを未婚の若衆に充てがったり、間引きあり、姥捨てあり……で他人事ではないですが……

ノーキッキング