「宣伝は無視してご覧頂ければ大正解な、全編疾走映画」ワン・バトル・アフター・アナザー クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
宣伝は無視してご覧頂ければ大正解な、全編疾走映画
ポール・トーマス・アンダーソンねぇ、前作「リコリス・ピザ」2021年でも感じたように、感覚がちょいと日本人からはズレており、宣伝惹句の「スピルバーグが三度見た・・・」なんて鵜呑みにしたらいけません。まさに感覚の深度の深いスピルバーグが全世界に受け入れられるとするなら、ポール・トーマスは世俗的かつ米国の国民性が色濃く、悪い意味ではなく感覚の深度が浅いと言えましょうか。だから興味のポイントが日本人には「えっ、そこ?」となってしまったのでした。
2時間42分怒涛の展開ですが、説明描写をあっさり省き疾走感最優先ですから、これまでの彼の作品からすればかなり大衆迎合的で、だから面白いのは確かです。これ全編伴奏曲が大音響で鳴り響き、ミュージックビデオじゃないけれど、音に画が引っ張られてゆく感覚ですね。もちろん怒涛と言えばちょっと前の「ジョン・ウィック」シリーズ、その派生形の「バレリーナ」のように徹頭徹尾人殺しシーンってわけではなく、緩急自在でコメディ色も強い。
白眉はクライマックスの砂漠の一本道でのカーチェイスです。絶対に映画史に残る名場面となりましょう。って書くと車数十台の一大クラッシュと思われますが、これがたった3台ってのが凄いのです。到底文章にしたら身もふたもないわけで、このシーンのために観るのもありでしょう。超望遠撮影でこそ描き得た傑出したシーンです。
本作はパナビジョンサイスでなく、ビスタサイズで撮影されたとか、ってことはIМAXの場合は全編が、ワーナーのロゴマークからエンドタイトルまで完全フルサイズで上映されましたよ。前述の超望遠レンズを通した大画面では、船酔いに似た眩暈すら覚えました。その一方で、会話シーンは驚くことに顔のドアップの連続ですよ、IМAXの大画面にディカプリオの顔だけで画面を占めているなんて、尋常ではありません。
ポイントはハリウッドきってのトップ男優たるレオナルド・ディカプリオを徹底して「コケ」にすることで、ぶざまな男を真摯に演じて笑いを生む。そして前半パートを牽引するのが、テヤナ・テイラー扮するベルフィディアの激烈セクシー演技に尽きましょう。多分日本にはお初のお目見えの女優さんですが、エロさ全開でR15ってのも全部彼女のせいでしょう。それだけに16年後のドタバタに必然を確たるものにする前提を明確にし得たわけです。ショーン・テント・ペンなんて笑うしかありませんね。
後半は新人チェイス・インフィニティが問題の娘として16~7歳を演じ、実にフレッシュです(と言っても実年齢は現在25歳ですが)。前述のショーン・ペンはいかにも適役。そしてもう一人オスカー受賞者であるベニチオ・デル・トロは、先週観たばかりのウェス・アンダーソン監督「ザ・ザ・コルダのフェニキア計画」からそのままメキシコ国境に来たような役をひょうひょうと演じている。空手道場の先生で、何故か教室にはリチャード・ドナー版の映画「スーパーマン」の日本版ポスターが張ってあるのが笑えます。
こうして書くと褒めてるようですが、判らないことも多々あり、引っ掛かりが画面への集中を欠いてしまうのも事実。革命を誓いながら銀行強盗?クライマックスでの青いマスタングって誰? 誰が味方で誰が敵? ペン扮するロックジョーは軍の幹部?なのに密入国者を管理する職員? ベルフィディアは司法取引で軟禁されたはずなのにトンずら? で生きてるの?
冒頭からはトランプが見たら上映禁止になりかねない危惧も、逃走劇のスピード感に霧散してしまった。それにしても差別用語の酷いこと、臭いメキシコ人とか、混血をくそみそ扱い、悍ましい白人クラブもあったり、言い換えればそうした人間が確実にいることを示しているわけで。これがアメリカってのが良く解る。
基調は父親の娘への愛が貫いてますから、どんなに脱線しようとも見守っていけるのが取り柄。決して大作感はないけれど、よくぞオスカー受賞者を3人も集められたもので。逆に言えば獲得の過去作見てもトップスターが喜んで出演って程にアンダーソン監督の人気が伺える。
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