「私は男性だがなぜか勇気をもらったよ」女性の休日 LukeRacewalkerさんの映画レビュー(感想・評価)
私は男性だがなぜか勇気をもらったよ
『女性の休日』。原題は"The Day Iceland Stood Still"、すなわち「アイスランドが静止した日(社会機能が停止した日)」である。
1975年10月24日金曜、アイスランドの全女性の90%が一斉に仕事を放棄し、首都レイキャビクでは当時の総人口の5分の1に当たる25,000人が集会に集い、国内20か所以上でもデモ行進して権利の平等を訴えた。
新聞社のタイピスト、銀行事務員、電話交換手、保育士、精肉現場、水産業、農婦・・・
あらゆる職種、さまざまな政治的立場の女性たちが一斉に「今日はいっさいの仕事をしない」と宣言。
有職女性たちだけではない。専業主婦たちも子どもを夫の仕事場に連れてゆき「今日はよろしく。ご飯は適当に作って食べて」と家事を放棄。
慌てた男たちは子どもたちを会社の一室に集めて交代で面倒を見たり、『トムとジェリー』を見せて時間を稼ぐ。ある父親の「あの時、アニメには本当に助けられた」という証言には笑った。
ふだん、皿さえ洗ったことのない夫は自宅でホットドッグのソーセージすら茹でられず、コンロの鍋の湯を蒸発させて黒焦げにし悄然とした。
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予告編を観て、ああ、女性解放の記録映画だな、1日だけのゼネストかぁ、エピソードとしてはおもしろいけれど、つまらなかったらイヤだな・・・と思って映画館を訪れた。
しかし、映画としての撮影、編集の巧みさと映像の美しさ、語りの巧みさに目を奪われた。
これは単なる退屈なドキュメンタリーなどではない。
イデオロギーの匂いがぷんぷんするような、プロパガンダ映画でもない。
ガサついた70年代当時の映像と当時を語る年配の女性たちのインタビュー映像の対比はふつうのドキュメンタリーぽい。
しかしそこにアイスランドの美しい山々、荒々しい海、豊かな農場、火山と溶岩、レイキャビクの静謐な街並みが差し挟まれていく。
この一見何気ない、女性解放運動と関連性がないように見える美しい国土の映像は、何だかとても胸に迫ってくる。
それは単純に「美しい映像だ」ということとともに、この美しい土地の上に生きる人に男も女もない、すべての人へ平等に与えられる恩恵がそもそもの自然 natural である…という含意を込めているようにも思える。
また、随時挟まれるヘタウマ(失礼)アニメーションもまったりしていて和む。
1日ゼネストのそもそも発端は、その年に国連で「国際女性年」が宣言されたことだ。
折からの世界的な女性解放(ウーマン・リブ)の流れもあって、赤いストッキングが象徴的な通称"レッドストッキング"グループが結成される。
結成される、と言っても、ガチガチのオルグによって構築された運動体組織と言うより、どうやら緩やかな紐帯で結ばれた人々だったらしい。
そして当時、中心的だった女性たちが次々とインタビューに答える。
(インタビュアー)「男性を憎んでいましたか?」
「・・・憎む?(訝しむように微笑んで)。 いいえ。まったく」
「ちょっとだけ『変わって欲しい』と思っただけよ」
けらけら笑いながら答えるその姿は、闘士というよりむしろしなやかな芯の強さを持ったふつうの女性たちだ。
「女性のストライキ」ではなく、「休日」となった経緯は何だったのか。
10月のストライキに先立って6月に開催された全国女性会議には、左右あらゆる勢力の女性たちが集まった。
ところがそこでアイデアとして提案された24時間「ストライキ」の実行に右派の女性たちが頑強に反対し、議論は紛糾する。
にっちもさっちも行かなくなった時、上品な老婦人が発言を求めて大講堂の前に進み出、「ストライキではなく『休日』にすればいいじゃない」と。
今後は左派の女性たちが「それでは弱い」と不満を漏らすが、右派は「それならば良い」と収まる。やがて左派も「実現のためにはやむなし」と妥協点として一致する。
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そんな運動の思い出を語る現在の婦人たちは、映画の最初の30分で口々にこうも語っていた。
「私は農場で農業組合の委員にもさせてもらえず、会議にも出られなかった。女で委員になれたのは夫の農場を継いだ未亡人だけだった。『じゃあ、私は自分の夫を殺せば組合に入れてくれるの?』と訊いたわ」(←小生、席で爆笑)
「私は小学生の頃に『弁護士になりたい』と言ったら、『女の子はなれない』と言われた」
「私の夢は、船長になることだった。でも『それは無理。女はなれない』と言われた」
これらの方々の素性は、アイスランドの国民なら最初からわかっていただろう。
しかしいかんせん、こちらはかの国の事情には疎い。
映画の終盤になって彼女たちの経歴が明かされる。
農場の人は、アイスランドで初の農業組合員となり幹部となった。
弁護士になりたいと言っていた人は、その後ロースクールを出て、史上初の女性の最高裁長官になった。
船長になりたい、と言っていた人は・・・
アイスランド大統領となり、16年のあいだ国を率いた。
今、アイスランドの国会議員の48%は女性であり、ロースクールの60%は女性である。
ジェンダーギャップ指数は世界一小さく、最も女性の地位が高いとされるが、元"レッドストッキング"たちは「まだまだ戦っている」と言って笑う。
