劇場公開日 2025年9月26日

「地獄の中の人々の憑代(よりしろ)だったエンタメ」キス・ザ・フューチャー まつだ𝕏ですがなにか?さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 地獄の中の人々の憑代(よりしろ)だったエンタメ

2025年10月7日
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鑑賞方法:映画館

泣ける

本作はU2のサラエボ入りまでのストーリーを追った映画である。
個人的に好きな『ミス・サラエボ』(今回は曲そのものよりも裏側にあったストーリーが主)がテーマということ興味を持ち、久しぶりに2回観た映画になった。

『冷戦』後より地球上で勃発し続けている民族紛争、その中でも特に注目されてきた旧ユーゴスラビアを構成した諸国間の戦争。
とりわけ『民族のモザイク』状態だったボスニア・ヘルツェゴビナは血みどろの状態に陥り、かつて冬季五輪も開催されたサラエボはセルビア側の武装勢力に包囲され、兵糧攻め状態に。
挙げ句の果てには一般市民が狙撃手の標的にされ、ボスニア戦争末期にはムスリムの人々や市場の客も多数殺されたほどだった。

そんな『地獄』というのも生ぬるいといえる極めて過酷な状況下の人々の憑代だったのが音楽とコメディ番組だった。

当時大規模なツアーを続けていたU2のメンバーも民族紛争を憂いており、援助活動家のビル・カーター氏の働きもあり、ボノ(Vo.)とサラエボの人々がZOO TVツアーの演出で使われる世界のニュース映像のセットを使う形で対面した。
その中で「どうせ何もしてくれない」と絶望感に打ちひしがれたサラエボの人々の声に「リアリティ番組みたい」「他人の不幸で楽しんでいるみたいだ」とショックを受けたツアーメンバー。

かねてよりサラエボ訪問を望んでいたボノは、停戦後にようやくPOP MARTツアーでの訪問が実現した。

当事者のインタビューや記録映像からだけでも、私たちから見えないところで彼等が大変な苦労をしてきたのだろうことも窺える。

・人の強欲さを隠し言い訳をするために宗教や民族が口実として使われる(ボノ)
・弱いものいじめをしたい人物から芸術が狙われる。芸術の力が恐れられる(ジ・エッジ)
という(大まかな)内容の2人の言葉は必聴である。

また、「音楽は上手い下手よりも共感できれば良い」と語ったのが元アメリカ大統領ビル・クリントン氏というのも意外な印象だった。

音楽が人々を支え、停戦後のボスニアの人々が集うきっかけになったのである。
そのことだけでも、音楽を好きで良かったと思える映画である。

それでも、『人々は過ちを繰り返す』というU2の作品群の底流にあるテーマ(ボノ談)は心に留めておきたいところである。

まつだですがなにか?