ミーツ・ザ・ワールドのレビュー・感想・評価
全108件中、21~40件目を表示
杉咲花が咲き誇る
お花ちゃん(杉咲花)推しの必修課題として鑑賞。
原作が芥川賞作家なので、もっと文学的で小難しい映画を覚悟しましたが、実際にはベースpopで笑いの耐えない作品でした。 お花ちゃんのnerd(オタク)っぷりが終始可愛い。男性の自分はBLにもイケメンにも興味はありませんが、映画やドラマには同様の熱があり、nerdの振る舞いに親近感を抱きました。
脇を固めるキャストの演技も佳い。板垣李光人のチャラさっぷり、蒼井優と渋川清彦の姐さんっぷりも見事。令和ロマン・くるま演じる、言わんでいい事を喋りまくる元カノマニアも笑いました。
死にたがる人生も、恋愛も結婚もしない人生も、否定しない本作。生き方を「指導」したがる周囲の圧に辟易している人には福音なのでしょう。
🍖
🍗
🥓
🥩
ただ、子を産まない人生を、見目麗しいキャストを起用して「御洒落でカッコいい」生き様に描くフィクションが、晩婚化や少子化を促してしまうリスクがある事は自覚するべき。医学が発達した現在でも、妊娠適齢期が20~34歳なのは変わらない。キャリアも積み、独身生活を謳歌してから出産しようとしても、35を過ぎると妊娠しにくくなり、妊娠しても染色体変異がある子が生まれやすくなる。子育てしながらキャリアを積んだり、推し活できる社会が理想。そんな理想郷を描くフィクションがあってもいい気がする。
琴奈ちゃん推し
距離感はそれぞれ。やさしくなりたい。
映画、「ミーツ・ザ・ワールド」、観てきました。これはちょっと万人向けとは言えないかな。自分は好きだけどさ。
ミステリーでも恋愛ものでもない、じゃあなんなの?ってことですけど、距離感の物語、かな。舞台の歌舞伎町って、基本的に個人主義じゃないですか。そこに迷い込んだ主人公由嘉里が、まわりの人に救われたり振り回したり、でも少しずつ同心円が狭まって行くような、そんな作品。あなたにこうあって欲しいというのは究極のわがままで、でもそれは一種の原動力、なんだよね。
杉咲花さん演じる由嘉里は、なんて自然で不器用なんだろう。あとキャバ嬢ライの透明さがいい。南琴奈さん、これから絶対光ってくる女優さんとみた。あと、アサヒ役の板垣李光人くんがすごく良かった。彼のおかげで物語が成立してた。ドラマ「どうする家康」の頃より格段上手くなってるよ!もっと純粋に生きなきゃなあ、そんなふうに思いました。他者はわからない。けど、わかりたい。その葛藤を包み込んでくれるような佳作でした。菅田将暉。。そうきたか。。
歌舞伎町はいまだ闇の世界
歌舞伎町で仕事することがあるので話ネタになればと思いましたが今一つ収穫はありませんでした。
やはりロケ地にするには、まだまだ危険が多い場所。おそらく撮影、編集にも相当な配慮が必要だったと思います。そのためか冒頭の説明風の歌舞伎町の資料映像的なシーン以外は、ほとんど歌舞伎町の右側のごく一部(博多っ子 花園神社 ゴールデン街など)をメインにして、あとは西武新宿駅とか、大久保公園を走り抜け大久保病院を連想させるとか、たまに左上がでるくらい。
前置きが長くなりましたが、ストーリーは1990年代フジテレビ深夜ドラマ、La cuisine「FRIED DRAGON FISH」や「バナナチップス・ラヴ」風、現実っぽいけど、実際はなかなかありえない、少しだけあこがれる世界のような内容。
テレビドラマであれば傑作だと思います。
スクリーン向きかというと、少し違うような。
いいところが見つからず、、
これだけ豪華キャストを揃えてどうしてここまで面白くならないのかわからない。いいところが見つからなかった。あくまで個人的にだけど。
原作は未読。金原ひとみの柴田錬三郎賞作品なら芥川賞とは違い、一般的には世界観もしっかりした大衆性もあるものであるだろう。あまりにも乗れないので思わず原作には何が描かれていているのか読もうかと思うくらい。なんでこれを映画化したかったのか、と。
「腐女子」ミーツ「歌舞伎キャバ嬢」
めちゃくちゃフックはある。ではあるがそれがセリフというか説明(アニメ含む。そこのアニメはいるのかな。。)でしかなく(つまり脚本に難がある…)それぞれの役者に腐女子感もキャバ嬢感もない。あの、杉咲花が、である。南琴奈も本人のルックは出立ちもルックも尊いくらいにいいものの、キャバ嬢感が希薄過ぎてふたつの世界の交差がまったく感じられない。と、言うのも、先週見た『愚か者の身分』の迫力が圧倒的にあったからであるかもしれない。なんか形だけなんだよな。
しかし蒼井優のゴールデン街での所在なさ、存在感のなさ、魅力のなさは個人的には事件、だった。渋川清彦ともども。夜の店でも病院でもラーメン屋ても、なんであんな装置のあんなところに配置するのだろう。板付き芝居で撮る戦略があるわけでもない。
心がちょっとだけ動いたのは締めのパートの同僚のロッカーでの着替えのところで目があったところくらいか。
クライマックスの長回しも『今日の空が一番好き〜』の伊藤蒼とかのに比べれば、前段の坂道の泥ってのもどこの泥なの?と思ってから始まった長回しのいいところで今までたいして鳴ってない音楽が邪魔に入るセンス。そう、センスがまったくない、と思った。
ハニワプリン🍮と自殺願望
埴輪は、古墳に葬られた人の守護、鎮魂、儀式に使われた物
今回は自殺願望者(恋人が精神的に追いやられ…)の部屋に絶妙にマッチしてました
出会 別れ💔そして生きる意義をバランス⚖️良く映像化出来ていた作品
なんとなく生きている僕
には、ぐっときたかも
生きることの喜び、温かさと寂しさ
どんなかたちでも生きていける
2回目の鑑賞。
金原ひとみさんの原作がよかったので、映画はどう切り取るんだろうと思っていたけれど、松居監督の切り取り方は原作の物語が目の前にあると錯覚するぐらいによかった。杉咲花の演技は演技だと思えないし、惹き込まれた。すべての人物も役のイメージを膨らませる。
今の世の中、SNSで「良い」とされるものが均一で、その基準からずれると自分にも他人にも嫌悪感や上下の意識をもってる。原作の懐の大きさに監督の人間愛が重なって、ここでしか作れない世界を見せてくれる。
ところどころ、悪ノリみたいな楽しさがあって、監督の劇団ゴジゲンのいつまでもここは青春なんだ(と勝手に思っています)と思える表現が重なった。大人の価値観に抵抗して、自分が大切にしているものをちゃんと表現し続ける。そのための仲間。そんな空気をこの映画でも感じた。アニメの入り具合もうまくて。
映画の最後に流れるクリープハイプの曲が改めてそこまで見てきたものをなぞっているみたいで、涙が溢れた。この映画の主題歌にクリープハイプはぴったり。「君は君でいいんだ」って思えるライブ。この映画は「自分が信じていればそれでいいんだよ」ってスクリーンから背中を押される映画。コンプレックスや自分と「世間」のずれに苦しんでいる人は、きっと自分を少し認められる気がする。2025年の世界に必要な柔らかい哲学的な映画。
一回目は終わってもなぜかずっと涙が止まらなかった。二回目も優しさに心打たれて涙が止まらなかった。
杉咲花劇場
多様性を溶かす優しさの距離感
程よい距離感が、多様性を溶かす優しさになる。
自己肯定感の低いアイデンティティが、やがて他者の優しい世界に触れた時、心の琴線が動き始め、自分の存在を知ることになる。
オタクや腐女子は、底辺にも表現されがちではあるが、自分の価値観を構築しながらも、少しだけ視野を広げることにより、新しい世界や出会いが必ずある。
多様性はやがて溶け合い、「容認」から「共存」へ変わっていくだろう。
劇中、蒼井優演じるユキが語った、「人が人によって変えられるのは、四五度まで」は、人は孤独であるが故に、自分という存在の大切さを伝えている。
作品の終盤に、杉咲花演じる由嘉里が持つ紙袋が破け、散らばるグッズをひとつずつ拾い上げて電話に号泣するシーンに、今までの自分を否定する事なく、新たな自分に気づき再び歩き出す。このシーンに現在を生きる人へのエールかもしれない。
原作は未読。 この作品を私が10代、20代の頃に観ていたら、「これ...
原作は未読。
この作品を私が10代、20代の頃に観ていたら、「これは私のための物語だ」と思ってたかもな〜と思いつつ、不惑の年が近い私はユキさん、オシンさんに近い目線で見守ってしまった。
映画館に一人で観に来てる女子高生がいて、あの子はどんな風に感じたのだろう…と思いを馳せながら帰ってきた。
由嘉里は過去の自分を見ているような気持ちになったな。
好きなものがあるのに周りの目を気にして大きな声で好きと言えなかったり、周りの人が当たり前にしてることが自分だけできず一人だけ置いていかれてるような気持ちになったり、家族の言葉の端々から感じる期待の言葉に後ろめたく重い気持ちになったり、そういう息苦しさを今まさに感じている真っ最中の人には、きっと刺さるものがあるのだろうな。
あと、終盤の更衣室のシーンはあるあるだなと思った。
一方で、私はライのような希死念慮は人生で一度も感じたことがなくて、むしろ子供の頃は死ぬのが怖かったし、周りの大好きな人たちが先に死ぬのも怖くて、死後はどうなってしまうんだろうと想像して夜な夜な怯えてた時期があったな〜なんてことをふと思い出した。
新宿はあまり好きな場所ではなかったのでなるべく近づかないようにしてたけど、この映画は優しい目線で少しどこかおとぎ話のような歌舞伎町を描いていて、観てたら久しぶりに繰り出してみたい気分になった。
ラーメンと餃子が食べたい。
世界との距離感
恋人、家族、友達という関係や同性、異性という属性に限らず
他人や、この世界とどれくらいの距離感で交流すべきか、
おそらく統一の正解はなく、苦しみながら、
自分で探して見つけるしかない。
そして、残酷だけれど、どれだけ近づきたいと思っても、
超えられない壁の存在する相手がいる。
けれど、仮にそういう相手と別れることになっても、
ちょっとした共有体験をきっかけにして
想像の中で生き続けることはできる。
本作は、そういった喪失感や生きる実感をなかなか得られない
心の傷を抱えながらも暖かい心をもった人たちの物語。
杉咲さんの徹底した妄想力たくましい腐女子っぷりがすごく面白く、
全体の色調を少し明るくする良い触媒になっており、
少しシリアスな展開も重くなりすぎず、
最後まで楽しくみることが出来ました。
3人の青春友情物語でよかったのでは?
公開タイミングに運がなかった
事故案件。
原因はわからないが、みさせられてるものから推測すると、なんらかの事故があったとしか思えない。結果、作り手側と役者の力量の差がものすごいことになっている。
物語は、恋愛の経験がないオタク少女が新宿でキャバ嬢やホストに出会って外交的になる、という話。
いつの話かと思う。今時のキャバ嬢のことを知らなすぎる。腐女子だからマウントとれるとか描写が古くさすぎる。
1979年ワールドツアーのヴァンヘイレンTシャツ、旧モデルのセブンスター、プレステ2など映す。だけど、スマホもSNSもある世界線。何かファンタジー的な仕掛けがあるのかと思いきや、何もない。
こういう映画でお決まりのセリフによる作り手の心情吐露がきましたよ。
「実験だった」
何の実験なのだろう?
オタク、腐女子が揶揄された2000年代。今や日本の対外輸出産業で、自動車に次いで、2位がコミック、アニメ、ゲームなどのコンテンツ産業。ダウンロードコンテンツなら関税を払う必要もないのが強みだ。
腐女子の大臣が爆誕したこのタイミングでの公開は運が悪かった。
👉調べたら原作が2022年。時代錯誤感が甚だしい設定に対して、映画ではレトロアイテムを散りばめて、作り手が弁明してるように思えた。原作から逸脱できない現場だったのか、おつかれさまでしたと言うしかない。
沁みたわー。 人間はありのままの自分で生きられるのが一番 何も無理...
人は分かり合えるはずがない
かつて、人の心を研究し尽くした臨床心理学の大家・河合隼雄氏は「人の心など分かるはずがない」と言いました。
どんなに長年連れ添った夫婦でも、気心の知れた幼馴染でも、本当のところ、「分かり合える」ということはないのでしょう。
でも、時折「分かり合えた」と思える瞬間が、ある。それはしかし、儚いもので、決して「永遠」にはならない。
希死念慮を抱えるライは、「永遠」を夢見ていたのかな、と思います。
『ミーツ・ザ・ワールド』は、「分かり合えるはず」という儚い夢を追う人たちの物語です。
“腐女子”と“キャバ嬢”など歌舞伎町で生活する人々という、一見、接点がなさそうな人種が出会い、意気投合する。
それは、ただ一点「分かり合える」ことを夢見ているという共通点でつながったのではないかと思います。
それは人類共通の夢であり、決して果たされることはない夢。接点がなさそうな人種を出合わせることで、誰もが共感できる物語になる。
私たちは、臨床心理学者が「人の心など分かるはずがない」と言ったように、「分かり合えるはずなどない」(劇中では「同じ世界では生きられない」と表現されています)と知りながら、それでも一緒に生きていくことに儚い幸せを感じる生き物なのですね。
杉咲花と南琴奈など、一人ひとりが存在感ある素晴らしい演技で、分かり合えない中でも一緒に生きること(現実的にも、思い出の中にでも)の寂しさと喜びを感じさせる、心地良い作品でした。
全108件中、21~40件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。















