君の顔では泣けないのレビュー・感想・評価
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近年稀に見る良作
共感の困難と大切さを描くリアリズムファンタジー(!?)の傑作
心と体が入れ替わり、別の人の人生を生きる「入れ替わりもの」のファンタジードラマだ。まず思い出すのは大林宣彦監督の「転校生」(1982)。他にも「フォチュン・クッキー」や東野圭吾原作の「秘密」なども同ジャンルだろう(最近の映画では「パパとムスメの7日間」「君の名は。」などもあるけれど、僕は未見だ)。
定番ジャンルの中でも、本作は異色の仕上がりであり、新たな達成を成し遂げた傑作だと思う。まずは原作の力が大きいのであろうし、同時に監督の脚色・演出にも非凡な力量と志の高さを感じさせられた。たまたま時間があったので見たのだけれど、若い人向けの恋愛ファンタジー映画だと思って、見逃してしまったらもったいなかった。
異色と感じたのは、演出やエピソードの数々が徹底してリアリズム寄りであることだ。
「入れ替わりもの」は、荒唐無稽なif設定が面白さの原点だ。だから「転校生」はあり得ない状況が次々起きるドタバタ喜劇として楽しいし、「秘密」はその悲劇性が高まった。それによって男女の絆は高まり、切ないラブストーリーとして完成した。
一方本作は、出発点は非現実なのに、そこから先の物語は「実際に入れ替わったら、こうなるかもしれないな」と感じる現実感に満ちている。「自分がこうなったら、どうするだろうか?」といちいち考えさせられる。物語は、何度もifを発し、その答え合わせを、時間軸を行ったり来たりして見せてくれる。
主演の4人も、とても抑制された演技で素晴らしかった。大きな声で叫んだり、泣いたり、顔芸のような日本映画の感情表現が、嫌いなこともあるけれど、彼らが現実の若者と重なって見えて、とても好ましかった。
さらに、音楽もかかっていたのか思い出せないほどだ。だから、家から追い出されて、自分の背後でガチっと鍵がかけられる音など、生活音がはっきり聴こえて、それがまた「もし自分が主人公だったら」という思いを強くさせてくれる。あるいは、主人公が呆然する場面でも、無音のまま、ただ動きも音もない時間を撮影し、こちらも呆然とさせてくれる。
そのリアリズムこそが、本作を傑作へと高めた最大の理由だと思う。
また、それによって本作は、私たちの社会の基礎となっている「個人の尊重」「平等・公正」を標榜する自由主義(リベラリズム)の原点を問い直す作品になっていると感じた。
自由な社会を実現する基礎は「他人の気持ちになって考える」「相手の立場になってみる」ことにある。それによって弱者を尊重する公正な正義も、道徳も作られて、自由が保障されるのだ。
「入れ替わり」は、「相手の立場になって考える」の究極の形だ。そして、本作は、その大切さと困難をリアルに徹底的に何度も示してくれる。
相手の立場になって、相手が理解できた! 共感し、深い絆が生まれた!!
本作では簡単にそうはならない。
「相手の立場」なっても、意識は自分自身のままだ。相手の気持ちは分からないし、自分の気持ちも分かってもらえないーー「共感は不可能だ」という絶望的な事実を何度も突きつける。だからこそ、対話を継続して、その不可能の溝を埋める努力を続けるしか道はないことも、本作は表現している。
リベラリズムなどと大げさな言葉を持ち出したのは、近年かなり揺らいでいるからだ。「私の気持ちはないがしろにされている」「社会に公正さはない」という分断が世界に広がり、日本にもその波は来ている。
本作は、もう一度、共感=相手の立場になってみるとはどういうことか。それはいかに困難か、それでも続けるべきことかを伝えている。
男子の陸に比べて、女子のまなみの方が、共感力やコミュニケーション能力に優れている。だから、まなみは陸くんのうまくいっていない家族に入り込み、そこに温かい関係性を築き上げる。
陸は逆に、まなみの優しい両親にイライラして関係を悪くしてしまう。陸も薄々は自分がダメなことをわかっているが、だからこそうまくできない自分にイライラし、怒ってしまう。これには僕も大いに心当たりがあるし、多くの男性が共感するところではないだろうか。
いくら立場や状況を変えても、自分からは逃れられない。その厳しい現実をどう乗り越えていくのかーー様々に考えさせてくれて、余韻が大きい。
2人の人生を温かい目で応援する映画
入れ替わりが映し出す、ふたりの「本当の人生」
塚地武雅とガンバレルーヤよしこで同じ設定でやってみろ!
2025年劇場鑑賞320本目。
エンドロール後映像無し。
上の情報だけ見られるようネタバレ無しにしてありますが、実際はネタバレしないと感想が書けないので下の方に書きます。ネタバレ嫌な方はここまでにしておいて下さい。
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「転校生」や「君の名は。」などの映画や、アニメの単発回ではよくある入れ替わりですが、そのまま戻れず十数年経つというのは初めてです。
普通なら男の体に入った女の子が「えっち!私の体見ないで風呂はいって!」と無茶を言うのが入れ替わりあるあるなのですが、今作はそれどころか率先して人の体で女の子とエッチしてしまうというのにヒいたのですが、男は男で女の子の体でエッチしてしまうんですよね。心が女で女の子とセックスするならそれはレズだし、逆はゲイなのでは?異性を演じているうちに感覚がおかしくなって来ているという話はしていましたが。そもそも、エロ漫画なら一億パーセント入れ替わったままセックスして「すごいっ 気持ちいい所全部分かってるっ!」っていうやつでしょうが!セックスしないにしてもフリだけでも付き合ったことにしておけばお互いの家族に自然に会えるし、万が一入れ替わりか終わっても変化を最小限にくい留められるし、子供ができたって入れ替わりが終わっても生物学的に自分の子供のままなんだから。
最後の観客の想像にお任せしますも自分が一番嫌いな終わり方で気に入らないです。服装が今まで
とセンス違うから元に戻った説も見ましたが、映画の作り方として、もしどちらでも好きに想像してくださーいだけだったらプールに飛び込む所で終わって良かったと思うのですが、わざわざ喫茶店のシーンを入れたということは、元に戻っていたらもう会う必要ないはずなので(旦那さんに浮気だと疑われてもおかしくない)戻ってないのではないかと自分は思いました。
ただ、他の時は今何歳か数字が出ていたのに、あのシーンだけ数字がなかったので飛び込む前より前の時代の可能性が残ってはいるのですが、さすがにそれやられたらなんでこのシーン入れたんだという。
そしてこの入れ替わり後、イケメンと美人だから彼氏彼女できたんですが、こっちは入れ替わってないけど全然彼女できてねぇぞ!塚地武雅と、ガバレールヤよしこでやったらこの映画成立するかやって欲しいと思います。
さよなら、俺。さよなら、私。
1979年からの一年間
『小6時代』に連載された〔おれがあいつであいつがおれで〕を嚆矢とする
男女の躰が入れ替わる物語り。
原作とした〔転校生(1982年)〕をリアルタイムで観ており、
当時十七歳だった『小林聡美』がいきなり脱いだのには驚いたが、
今ではムリ筋だろうなと思ったり。
とは言え、以降は似たようなモチーフの作品は作られても、
何れも短期間で元の躰に戻るパターン。
では、長期に渡り戻らなかったらどうなるか?と
攻めた展開にしたのが本作。
高校一年生の時に、一緒にプールに落ちたことで心と体が入れ替わってしまった
『水村まなみ(芳根京子/西川愛莉)』と『坂平陸(髙橋海人/武市尚士)』。
十五年間を互いに別の体で過ごし、イマイマ三十歳。
年に一度は逢おうとの約束を、
地元の喫茶店「異邦人」で果たしている場面から映画は始まり、
以降、記憶に残る年度のエピソードが挟み込まれる。
思春期から青年期にはどのようなできごとがあるだろう。
恋愛は勿論のこと、結婚や出産に至るかも。
或いは、歳を取ってできてからの子供なら、
肉親の死に立ち会うかもしれない。
いずれもが、元の自分の躰で、
他人が体験していることの理不尽さとやるせなさ。
そうした切なさを、
これでもかというほどに詰め込んで、
本人のみならず、観ている方の居たたまれなさも
我が身を斬られるほど。
一方で、この手の作品にお約束のユーモラスさも、
ちゃんと兼ね備える。
先の作品なら、入れ替わった当初の違和感をデフォルメして描く例も、
ここでは、より躰が馴染んでからの「性」を題にとった描写が頻出。
あまりにあけすけに語られるので、
思わずぎょっとしてしまう。
なまじレイティングが「G」の故だろう、
幼い子供を連れて来館の家族もおり、
後でどんな説明をするのやら、と
勝手に気を揉んでしまう。
入れ替わった躰に、それなりに馴染んで暮らしているように見えても、
実際はそれなりの葛藤を抱えているのは後半部で語られるところ。
お気楽に見えて、自身のアイデンティティを保持するのに、
危ういバランスを保ちながら生きている。
なかんずく、今生きている躰は借り物。
何かの拍子に、大病になったり、結果として亡くなったら、
相手は元に戻ることが不可能に。
そうしたひりひりした感覚が常につきまとうのも、
入れ替わりが長期間に渡ることの一要素で新奇な視点。
それを、とりわけ女性にとっての人生の一大イベント
出産に絡めて語るのは、なんとも長けた発想力だ。
もっとも、元に戻るための試みは過去に何度もされており、
冒頭のシーンが、おそらく唯一で最後となる機会へと繋がる。
他方、人生の半分を相手の躰で生きたため
馴染み、それなりに掴んでいる幸せを手放しても元に戻ることに意義はあるのかとの
葛藤も生じる。
それを乗り越えても、新たな可能性を試す決断をするのかと、
結果として元の躰に戻れるのかが、
最終盤部の最大のサスペンス。
鑑賞者は息を止めて、その帰趨を見守る。
君の顔では泣けない
入れ替わり作品といえばファンタジーでありコメディー要素が強めでポップな感じが過去の作品では描かれてたと思うけど、この作品ではシリアスに互いの人生を背負うということがどれほど難しい事なのか丁寧に描かれている。
常に相手のことを思い、感じながら15年という歳月の中でその時々に気持ちの変化を感じ心と体がひとつにならない苦悩を芳根京子ちゃんと髙橋海人くんの2人がとてもリアルに演じられていて胸が苦しかった...
とくに、終盤の髙橋海人くん演じるまなみが同僚に気持ちを吐露した直後、陸の電話で妊娠報告を聞き気持ちを抑えるシーンはもう切なすぎて...あの長回しのシーンだけでも「まなみ」という人物がどういう人間なのか分かる演技で圧巻でした。。
見終わったあとは、ただただ2人が幸せでいてくれることを願わずにはいられない、そんな作品でした。
入れ替わり作品の傑作
君の顔では泣けない
芳根京子ちゃん
もし自分だったら…と考えてしまう
■ 作品情報
2021年に出版された君嶋彼方の同名デビュー小説の映画化作品。監督・脚本: 坂下雄一郎。主要キャスト: 芳根京子、髙橋海人、西川愛莉、武市尚士、中沢元紀、林裕太、前原滉、大塚寧々。
■ ストーリー
高校1年生の坂平陸と水村まなみは、プールに落ちたことをきっかけに体が入れ替わってしまう。戸惑いながらも元に戻る方法を探すが、一切効果がなく、二人は家族にも秘密にしたまま互いの人生を生きることを余儀なくされる。陸は女性としてまなみの人生を、まなみは男性として陸の人生を歩み、その状態は15年間続く。二人は初恋、卒業、就職、結婚、出産など、それぞれが異なる性の体で人生の転機を経験する中で、自分ではない体で生きる葛藤や、自らの人生への迷いを深めていく。30歳になった夏、「元に戻る方法がわかったかもしれない」とまなみが陸に告げることで、彼らの運命は再び動き出すことになる。
■ 感想
「男女が入れ替わる」という設定は、数多の作品で描かれてきましたが、その多くはコメディタッチのラブストーリーとして展開されます。しかし、本作は、入れ替わった二人の間に恋愛感情は芽生えず、さらに、そのまま元の体に戻らないまま長い歳月が流れていくという点が、非常に斬新です。
15年間も入れ替わったままの二人が、年に一度出会い、近況報告とともに思い出を振り返る姿が新鮮です。その会話があまりに自然で、ありえない設定だと頭では理解しているのに、もし現実にこんなことが起きたら、まさにこんな心情になるのではないかと、深く共感してしまいます。本来の自分ではない姿で、それでも懸命に努力し、悩み、時には互いを支え合って生きてきた二人の日々が実に丁寧に描かれ、その姿が心にじんわりと沁みてきます。
もはや人生の半分を他人として過ごしてきた彼らにとって、今さら元の体に戻ることになった時の影響は計り知れません。それでも、自分の姿を取り戻したいと願う気持ちも痛いほどわかります。平静を装いながらも、その胸の内には深い葛藤を抱え、「きっと戻れる」と自分に言い聞かせ、今の体を相手に返す日のことを考えて慎重に人生を歩んできたことでしょう。その一方で、「このまま戻らなかったら」とも考えて、何度となく「今、何をすべきか」と自問自答したことでしょう。
そんな二人の胸の内を思いつつ、「もし自分だったらどうするだろうか」と、深く考えながら鑑賞していました。単なるファンタジーとしてではなく、人間の本質的な「生」や「選択」、あるいは自分とは異なる性への「理解」について問いかけてくるような作品でした。
それでも生きて行く
人は慣れてしまうのか…?
高校一年生のとき、プールに落ちた方から入れ替わってしまった二人…。ここまではありがちな話であるが、もとに戻らないまま時間だけが流れていく。
入れ替わりは現実には起こらないだろうが、入れ替わってしまった場合、確かに戻るかどうかも分からず本作のようになることはありうる。
いつもの喫茶店で二人が会っている画で結末を迎えるが、座った席がいつもの席だったことを考えると、元に戻れなかったということか。
お互いの気持ちがグッと伝わってきて、複雑な感情が湧いてくる。入れ替わる前の年数と入れ替わった後の年数を考えると、長くなってしまったら、その人にならざるを得ないだろう。何をレビューしているか分からなくなってくる。
芳根京子、髙橋海人がとても良かった。
君の顔では泣けない
心と体が違う苦しみ、ぐわっと掴まれる
歩んできた人生は自分のもの
全188件中、121~140件目を表示







