「92点/☆4.2」君の顔では泣けない 映画感想ドリーチャンネルさんの映画レビュー(感想・評価)
92点/☆4.2
15歳のあの日、僕と君は入れ替わった。
「いつか元に戻れる」と信じたまま、月日は容赦なく過ぎていった。そして今、30歳。
戻らないまま積み重なった15年の重さと、それでもまだ戻れるかもしれない可能性。
戻りたいという切実な願い。取り返せなかった日々への悔しさ。誰にも語れなかった孤独。
それでも入れ替わった相手が君で良かった。
そう思えるから、もう戻らなくてもいいのかもしれない。
役者たちの息遣いまで味わえる、奇跡のような2時間。
かつて邦画は「湿っぽく間延びする」「演技がお遊戯会みたいだ」と揶揄された時代もあった。
だが、その偏見を鮮やかに打ち砕く。
坂下雄一郎監督の繊細な演出、原作の静かな痛み、余白を泳ぐような音楽が取り戻せない過去をスクリーンに浮かび上がらせる。
主演の芳根京子、髙橋海人の真っ直ぐな表現も見事だが、特筆すべきは、10代のまなみの姿の陸を演じた西川愛莉。
映画初出演とは思えない存在感で、女性の身体に宿る男性の心という極めて困難な役どころを圧倒的な説得力で演じきっている。作品の屋台骨を支える、新たな才能。
30歳になった今、二人の前に戻れるかもしれない最後のチャンスが訪れる。
真偽すら定かでない情報を抱え、覚悟を確かめるため、思い出のプールへ向かう。
そこに至るまでの回想。戻れなかった15年を積み上げるように描く。
互いの家族に会いに行く。
15歳で入れ替わり、そのまま生きざるを得なかった二人。家族は元気にしているのか。変化に気付いているのか。どう思っているのか。「本当の私(僕)に気付いてほしい」という、途方もなく大きな願いが胸を刺す。
まなみの両親は、入れ替わった陸を「自分の子のよう」と迎える。喜ぶ陸の姿をしたまなみとは対照的に、まなみの姿をした陸は、自分が完璧に演じきれていない悔しさと嫉妬に苛まれる。
陸の家を訪れるシーン。
母親であるはずなのに、見た目が違うというだけで冷たい視線を浴びる。見た目が違っても、声の調子や癖で気付いてほしかった。15年一緒に暮らした親子なのに。
まなみが陸を完璧に演じきったからなのか「本当の僕は必要とされていない」「気付いてくれる人は誰もいない」そんな絶望が溢れ、家を後にして歩き出す姿は、間違いなく本作屈指の名場面。西川愛莉と芳根京子の15年の対比が、圧倒的な説得力を生む。
陸の弟・禄との再会。
入れ替わった生活の中で、心は少しずつ異性に馴染み、過去の記憶は薄れていった。親の顔も、弟の顔さえも、輪郭が曖昧になるほどに。
禄は、見た目はまなみの陸に向かって懐かしい昔話を語り始める。消えてしまったと思っていた記憶を、まなみの姿の陸が涙を浮かべて語り返す。
「ちゃんと覚えていたんだ」「ずっと大切に思っていたんだ」互いにそう知る瞬間、失われた糸が再び結ばれ、静かで熱い涙が込み上げる。
92点/☆4.2
戻れたのか、戻れなかったのか。それはもう重要ではない。
戻らない15年は確かにそこにあり、たとえどんな結果でも、きっと二人なら大丈夫。
入れ替わったのが君で良かった。
家族、パートナー、結婚、子供、仕事、将来、男性として、女性として、色んな感情が駆け巡る。
切なく、優しく、温かい。陸とまなみが共に生き抜いた15年。
二人が積み重ねたかけがえのない日々は、確かな形としてここに存在している。
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