「現状を柔らかに変えていく文化芸術の力がうれしい」KNEECAP ニーキャップ sow_miyaさんの映画レビュー(感想・評価)
現状を柔らかに変えていく文化芸術の力がうれしい
戦時下の韓国で、朝鮮語の辞書づくりを目指した人々を描いた「マルモイ ことばあつめ」の中に、日本語しか話せない韓国少年たちが出てきて、居心地の悪い思いをしたことを思い出した。
ニーキャップの彼らのように、アイルランド語を日常会話として使い続けている人々の陰には、きっと日本語しか話せない韓国少年のように、英語しか話せないアイルランド人も大勢いるのだろう。
そして、北アイルランドの人々に限らず、その人が何語の話者であれ、一番得意な言語の使用を制限されたら、それは重大な人権侵害だということは、自分自身を例に考えればすぐにわかる。
ただし、今作のミソは、その使用の制限を求めてくるのは、外部勢力だけでなく、身内にも結構いたんですねという部分。
向かう方向は同じはずなのに、なんでちょっとした主張の違いで力を削ぎ合うことになるのか。
こういうところは、国民の7割が賛成していることですら、微妙に違う案を乱立させて全然まとまらない「アジアのユニークな国」にも見られる「あるある」なのだが、観ていてもどかしかった。
でも、それをスカッとラップでかっ飛ばすニーキャップがクール!
彼らのリリックに、ドラッグや性的な表現が数多く登場してくることが否定される理由にもなっているが、それが彼らの日常なのだから、楽曲を否定されることは、彼らにとって人格を否定される思いにもつながる。だから、全力で抵抗するのは当然のことだろう。
また「Brits Out」という表現のせいでDJプロヴィはクビになるし、リーアムはプロテスタントの彼女とモメるシーンも出てくるが、彼らの主張は単なる排外主義とは違って、ヨルダン川西岸のパレスチナ人が、武装したイスラエルの入植者たちに「出ていけ」と主張するのと同じと考えれば胸に落ちる。(さりげなくパレスチナの国旗がベランダにはためくシーンもあるし)
それに、彼らが目指しているのは、単に「自分たちの言いたいことを、自分たちの言葉で言わせろ」ということだけで、「宗派の違いなんて乗り越えて、仲良くしたい奴とは仲良くするぜ」というのが、モロに(ちょっとSMチックだけれどw)表現されているから、観ていてスッキリする。
こうした映画を、アイルランドにルーツのない「イギリス人」監督が撮っているのもいいし、なんと言っても、本人たちが本人役を演じているので、パフォーマンスシーンの不自然さが一切なくて気持ちいい。
それから、ニーキャップとの出会いをきっかけに、アイルランド語を学ぶ人々が増えているとも聞く。現状を柔らかに変えていく文化芸術の力が、なんかうれしい。
話は変わるが、鑑賞前に今の北アイルランド情勢をちょっと調べたら、イギリスのEU離脱と北アイルランド自治政府で南北統一を主張するシン・フェイン党が第1党になったこと等により、今後、情勢の変化が見られる可能性もあるとのこと。戦闘状態なく、互いの人々が納得する形でこの問題に展開が見られるのか、今後も注視していきたい。
色々書いたが、とにかく面白かった!