劇場公開日 2025年7月12日

「世間の風当たりの情けなさ」黒川の女たち talkieさんの映画レビュー(感想・評価)

3.0 世間の風当たりの情けなさ

2025年10月20日
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鑑賞方法:その他

〈映画のことば〉
「生きていてくれて、ありがとう。」

もちろん、賛否の両論はあるだろうと思います。
しかし、結果としては生きて故国の土を踏む日を再び迎えることができたことは、黒川開拓団の「この決断」にあったことは、否定しがたいこととも、評論子は思います。

令和の今ならともかく、軍人だけでなく、国民の一人ひとりまで「生きて虜囚の辱(はずかし)めを受けず」と教えられていたはずです。

現に当時の満州でも他の開拓団は集団自決自決を選んだとのことですし(中国とは別の戦いだった)沖縄戦でも、多数の現地民が、しかもアメリカ兵の目の前で、崖から海に身を投げたりして、自決という選択をしているという、その世相の中で。

仲間の命をつなぐために、黒川開拓団で「この決断」ができたことは、評論子には、奇跡的にも思われます。

そのことは、本作での「接待」に実際に従事したという女性にかけた、彼女の娘さん(お孫さん?)による、上記の映画のことばにも、如実に表れているというべきでしょう。
極限的な状況にあってもらともかくも「命を繋ぐ」という選択ができたことは、十二分に「英断」としての評価に値すると、評論子は考えます。

むしろ、評論子が気になったのは、やっとの思いで帰国した彼女らに、世間の風当たりは、決して優しくはなかったとのことでした。

脳科学者の茂木健一郎は、「挑戦できる人と、できない人の違いは?」と題して、こんな一文をものしています。[「ピンチに勝てる脳」2013年、集英社刊・集英社新書)]

「日本には、自分が日本の代表となっての中で戦おうとする人があまりに少ないのが現状です。そして、もっと悪いことには、海外で戦おうとする人の足を引っ張る日本人も少なくありません。僕が最初にアメリカに行ったときも、「日本人がアメリカに行っても通用するわけがない」といったような非難をさんざん浴びました。どういうわけか、日本人というのは、自分たちの仲間が挑戦しに行こうとするとき、必ず足を引っ張ろうとするようです。そして、失敗して帰ってきた人に対しては「それみたことか」という意地の悪い気持ちもあるかもしれません。」

「僕は今、英語のブログを毎日書いているのですが、そのブログに対してのコメントの仕方が日本人と外国人では、かなり違います。日本語で英語へのコメントを書いてくる人の中には、アメリカやイギリスに住んでいる日本人や、もしくは昔、海外に住んでいた経験のある人がいます。その中には、時折なんとも奇妙な人たちがいます。単語のスペルが間違っているとか、文法的にそういう表現はないとか、要するに、茶化すような内容か、人を貶(おとし)めることを目的として書かれたものがあるのです。ところが、外国の人が、僕の英語のブログにコメントをくれるときは、僕が書いたブログの内容の実質的なことにしか触れてきません。僕の英語のブログに対するコメントを見ていると、挑戦できる人と、できない人との違いが見えてくる気がします。」

本作での黒川開拓団の決断は、ある意味、団員の命を賭した「挑戦」でもあったのだと、評論子は思います。

その「団員たちの命を賭した挑戦」を経て、命からがら故国に帰った「接待」の女性団員に、心ない批判を浴びせかけたという当時の(令和の今も?)の「世間」という日本人たちの「足の引っ張り合い」には、失望を通り越して、情けなさを感じざるを、評論子は得ません。

作中に説明的なセリフがない(あるいは極端に少ない)ためか、あまりドキュメンタリー作品の鑑賞が得手ではなかった評論子にも、本作は、ズンと胸に迫る一本にもなりました。

そのことでも、本作は評論子の「ドキュメンタリー苦手意識」を、グッと軽くしてくれたようにも思います。

充分に佳作としての評価に値するものと、評論子には思われました。

(前記のとおり、黒川開拓団のこの「決断」には、賛否の両論があろうかと考えます。
評論子のこのレビューも、そういう多様な価値判断を否定するものではなく、レビュアーの皆さまにも、あくまでも評論子が本作を鑑賞しての一本のレビューとして受け止めていただけると、幸いです。)

(追記)
それにしても。

愛娘たちを「接待」に送り出すと決めた時の、彼女たちの親子さんの心情は、いかばかりなものだったでしょうか。
彼女らに勝るとも劣らない艱難辛苦だったことでしょう。

「戦争の不条理」というものは、こんなところにまで顔を出すものなのかと思うと、本当に胸が痛みます。

そのことを声高に訴えてはいないとしても、本作も立派な「反戦映画」だったという受
け止めをしたのは、独り評論子だけではなかったこととも思います。

talkie