「異邦人であり続けざるを得ないことの悲哀 設定そのものが秀逸な ある夫婦の物語」Dear Stranger ディア・ストレンジャー Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)
異邦人であり続けざるを得ないことの悲哀 設定そのものが秀逸な ある夫婦の物語
この作品は人間の心の闇とか精神の崩壊とかいった、けっこう重いテーマを扱っている感じなのですが、まずは登場人物の設定が絶妙です。
物語の中心にいるのはニューヨークで暮らす賢治(演: 西島秀俊)とジェーン(演: グイ•ルンメイ)の夫婦。ふたりの間の日常会話はどちらにとっても母語でない英語で交わされます。もうこれだけで、最近の作品だと『落下の解剖学』にあったような、互いにとっての外国語を使った夫婦間のコミュニケーションという重要な問題が提起されます。
さらにふたりとも東洋系で、いくら国際都市ニューヨークといってもどちらも異邦人的存在です。さらに妻のほうが両親が在ニューヨークでジェーンというファーストネームを名乗っていることから分かるように移民二世で義務教育レベルから英語での教育を受けてきたと推測されるのに対して、夫の賢治のほうは恐らく震災の被害者でやむを得ない事情で日本を離れてニューヨークに移ってきたと推測され、英語も第二言語として後天的に身につけたということで、ふたりの「異邦人度」に強弱がつけられていたりもします。
また、夫の賢治はテニュアトラック期間中の大学教員で、研究テーマはなんと「廃墟」です。身分としてはまだ不安定で、ひとつ間違うと人間的に廃墟みたいになってしまうかも、というあまり芳しくない比喩も浮かんできてしまいます。講演中に質問を受けた賢治は思わず日本語で「諸行無常」と独り言を口にしてしまうのですが、彼の研究の方向が東洋的無常観のほうに進めば、アメリカで研究生活を続けるとすると学問の世界でも彼の異邦人度は高まりそうです。
一方、妻のジェーンのほうは人形劇団のリーダー格の劇団員で舞台監督も兼任しているようです。この仕事は彼女の「生きがい」になっているように見えます。仕事のために、まだ幼い息子のカイを実家の両親のところに預けに行ったりもしています。そんなジェーンに対して母親は中華文化圏出身者的な家族観を持ち出して諭したりもしますが、ジェーンは聞く耳を持ちません。このあたりに移民一世と二世のジェネレーション•ギャップを感じます。あと、ジェーンの父親のほうはどうも認知症を患っているようで、またあまりよろしくない比喩を使うと人間における廃墟みたいな状態にあります。何はともあれ、ジェーンが登場人物中でいちばん「ニューヨーカー」っぽいという印象を私は持ちました。
ということで、よく人生のオブセッションの対象として、「スポーツ」「学問」「芸術」の三大領域が語られることがあるのですが、この夫婦はその内の二つ、夫が学問、妻が芸術に取り憑かれていて、これで夫婦間のコミュニケーションの手段が第三言語ともなれば、ドラマが始まる条件は整ったり、と感じられます。でも、それだけではなくて、ふたりの間の4歳の息子のカイの実の父親はジェーンが以前交際していたドニーという男ということで、この夫婦には息子の出生に関する秘密まであります。賢治はそのことを承知の上でジェーンと結婚したのでした。
で、カイが突然、行方不明になります。これでそれまでは表面上は仲のよい夫婦に見えたふたりの間に亀裂が入ります。ここらあたりから、賢治の精神状態が崩れてゆきます。彼は第二言語である英語のスキルはかなり高いと思われますが、ネイティブではないのである種「言語弱者」のような状態になって公の場で英語で話す際に声を荒げることが多くなります。
結局、カイは無事に戻ってくるわけですが、カイを一時期、誘拐していたであろうドニーの死体が発見されます。ということで物語はミステリ仕立ての展開を見せるわけですが、この映画をミステリ作品として観ると、ツッコミどころ満載、脚本は穴だらけということになります。そもそも、NYPDの刑事が大した分析結果も出てこないうちから、ある仮説を事件関係者に話したりして、けっこう間抜けです。私は、これ、文芸寄りのドラマとして観たら、そこそこ秀逸だから、まあそういう欠点は見逃してあげようよと優しい気持ちで観ておりました。終盤に出てきたシーンにあるようにドニーは自殺したと私は思っています。結局、カイも賢治も事件の被害者であるというだけで、罪に問われることはないでしょう。
とどのつまりが、賢治は正気の側から狂気の側に落ちそうになりながらも、結果的にはなりますがカイを守ったのです。それまで、賢治はジェーンとホンネで話し合ったことはないと思われますが、カイを守る気持ちに偽りはなく、そのことはジェーンに通じたと思います。
以下、私に見えたこの夫婦の未来です。結局、賢治は学問の道をあきらめ、ジェーンの実家がやっていたグロッサリー•ストアの店主になります。女房の尻に敷かれながらも賢治は幸せそうです。ジェーンの人形劇団はニューヨークではなかなか評判がいいようですが、ジェーンは少しの間、お休み取らざるを得なくなります。そう、カイに7つ年下の妹ができたのです。めでたし、めでたし(笑)
共感ありがとうございます。
刑事のポンコツさに共感、相棒なみの決めつけ、誘導にがっかりでした。
ただこの夫婦の将来は暗いと思いますね。血が繋がった母と息子だけ、父は異邦人から抜け出せず終い・・。

