「天賦の才能を持ち、その道に邁進する者ならではの苦しみ」おーい、応為 EBNさんの映画レビュー(感想・評価)
天賦の才能を持ち、その道に邁進する者ならではの苦しみ
愛読する「百日紅」(杉浦日向子)が原作とのことで(実際はもう一冊あるが)見に行ってきた。
正直「百日紅」を読んだり、北斎についてある程度知っていなければ状況や人間関係が分かりにくいかもしれない。それらの説明は必要最低限、雰囲気から色々察しなければならないが、そういうのが好きな人には余計なノイズのない、どっぷり雰囲気に浸かれる映画と言えるのではないか。
個人的に印象に残ったのは、天賦の才能を持ち、その道に邁進する者ならではの苦しみ。
北斎はいつか絵の神域にたどり着きたいと長寿を願いながら、長く生きたら生きたで体の衰えにより絵のモチーフを把握しづらくなり、もう一度生まれ変わりたいと願う。末娘や弟子、犬にも先立たれる苦しみも味わう。
お栄は決して普通の女としての幸せを望まないわけではなかっただろうが、己の才能の乏しさと真摯に向き合わない夫にはきついことを言わずにはいられない。恋する初五郎に対しては同様のことをすまいとあえて彼の絵師としての欠点から目を逸らしている節があるが、「妹」呼びがトリガーになったのかきつい指摘をしてしまう。
これは北斎ゆずりの才能と気性を持っているのだから仕方ない。女として、小心者やノンデリの顔を立てて支えていくには才能がありすぎるし、気性も強すぎるのだ。こういうタイプは同業者の甘えや妥協を許せない。
善次郎に寂しくないのかと聞かれるが、たとえ一抹の寂しさはあったとしても、自分を封じて誰かのお内儀になるなんて人生、彼女には耐えられなかっただろう。結局、天賦の才能に恵まれようと全ての幸せを得ることなどできず、苦しくても寂しくても自分の最適解を選ぶしかないのだ。
演技に関してはやはり北斎役の永瀬正敏が圧巻。お栄の母親役の寺島しのぶの様々な感情がにじみ出る抑えの利いた演技も素晴らしい。「女はね、赤いものをつけるとやさしくなるものだよ」の台詞の時の、母親としての表情に目を奪われた。篠井英介の小唄の師匠もいい味を出している。
長澤まさみも荒々しい演技をしていても艶があり、魅力的だったが、津軽の侍に啖呵を切るところや、北斎に対し自分がどんな気持ちでこの道を選んだかと語るところはやや俗っぽく感じた。下手というわけではなく、この映画であればもう少し斜に構えた、抑えた演技の方が個人的には好みだった。
ところで「百日紅」が原作なら何故善次郎がお栄に粉をかけているのかと思ったが、パンレットの渓斎英泉の説明に「下あごを突き出したアクの強い美人画で個性を発揮」とあった。そういえばお栄もあごが出ていたか。必ずしもそこが結びついたとは限らないが、確かに二人の関係に少し想像が膨らんでしまう。
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