フジコ・ヘミング 永遠の音色のレビュー・感想・評価
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ピアノと猫を愛した人生
“魂のピアニスト”と呼ばれるフジコ・ヘミングさんは、1932年ドイツ(ベルリン)にて、スウェーデン人の父と日本人の母との間に生まれ、92歳で鬼籍に入った。
私の中でフジコさんといえば、魅力的な音楽家であるとともに、ネコをこよなく愛し、多忙な演奏活動のかたわら動物愛護団体に寄付するなど慈善活動にも熱心な方というイメージだった。
いつかコンサート会場で生の演奏をお聴きしてみたいと思っていたけれど叶わず、ドキュメンタリーを通じてフジコさんの人生や人となりを知りたくて本作を鑑賞した。
演奏シーンが圧巻だったことは言うまでもないが、フジコさんの言葉やエピソードで強く印象に残った部分を、断片的だが記録しておく。《 》内は自分の感想。
* * *
1932年、父母とともにベルリンから日本へ移住。その7年後、父が日本を離れてから、フジコさんの哀しみが始まったのだという。
(母からは、父はプレイボーイで、日本にいた時も愛人の存在があったと聞かされていたらしい)
10歳の頃(戦時中)のエピソードで、「(飼っていた)犬も連れて行かれ、岡山に疎開した」とのこと…。
《犬は、どこに連れて行かれて、どうなったのだろう?と気になった…。やはり殺されたのだろうか…。》
「動物園に行ったことはありますか?」との問いに、『あまりない。戦争の時、みんな殺されちゃったから、かわいそう。それを思うと(行く気にならない)』
《戦時中は、人間はもとより、人間以外の動物たちには更に過酷な運命が待ち受けていたんだろうな…。なんて哀しい時代なんだろう。》
ベルリン留学時代、同じアパートに住んでいたドイツ人に虐められていた。
『人を見てるのは好きだけど、人と付き合うのは苦手』
『一人旅は好き』
《お父さんのことや、留学時代に虐められたことなどから、人と距離を置いて付き合うようになったのかな》
体はあまり強くなく、お酒、寝不足など、ちょっとしたことで体調を壊しやすい。
50歳を過ぎてもテレビのない生活をしていた。稼いだお金のほとんどはネコの餌代に消えていた。
68歳でテレビに取り上げられたのをきっかけに、思いもかけず、一気にブレイクする。
『この短くて太い指を気に入っている』
『続けなさい。準備をしておけば、いつかチャンスが来る』
* * *
耳が不自由になってもピアノを弾き続け、ネコを愛し、飄々と自分らしく生きる姿がとても素敵だった。
他人のことに我関せず、というドライな雰囲気だけど、本当はとてもピュアで繊細で傷つきやすい方で、必要以上に人と関わらないことが自分を守る術だったのでは?…と勝手に思ったりもした。
聴覚に関して、人との会話は少し不自由だけど、音を奏でるのには支障がないとのこと。
人生を通して、神から与えられたピアノの才能を活かせたことが心の支えだったんだろうな。
個人的には、動物愛護活動への思いも聞きたかった。
あと余談ですが、ご自宅でもタバコを随分、吸われていたけど、副流煙がネコたちの健康に悪影響を与えていないか心配になった。。。
それはさておき、フジコさんの素顔や本音が垣間見れる、とても興味深い内容でした。
最後になりましたが、フジコ・ヘミングさんのご冥福を心よりお祈りいたします。
「なぜ映画を鑑賞するのか?」を深く考えたことはありますか?
最近の私にとって「映画館に行って映画を観る」ことは「逃避」だ。
やらなければいけないこと、厳しい現実、不明瞭な将来……。
「現実と向き合う」ことは本当にしんどい。
だから気がつけばスマホで「今から観ることができる映画」を検索し、そのまま予約する。
この一連の動作に葛藤がないのは、自分の中で「映画を観ることは別腹」だという謎のルールがあるからだ。
「映画館に行って映画を観ること」はマイルールでは「サボり」に該当しない。
同じように「本を読むこと」「劇場に行って舞台を鑑賞すること」「ホールに行ってクラシック音楽を聴くこと」も同じく「サボり」には該当しない。
だからここ数年ずっと、ほぼ毎日のように映画館や劇場に行ったり、ホールやジャズクラブに通ったり、美術館を訪れてばかりいる。
目の前の「やるべきこと」「やらなければいけないこと」が増えれば増えるほど嫌になってしまう。
でももっと自己嫌悪になるのはわかっているから絶対に「サボり」たくはない ーー。
そんな葛藤の中で生まれる安易な妥協案が「映画館に行って映画を観る」となってしまっている。
もちろん映画を観た後は、たくさんの刺激を胸に、見る前とは別人になったような「ワクワクした気持ち」を得られる。
けれど、駅に着いて電車を待つ頃には現実世界に引き戻され、「やらなきゃいけないことから、また逃げたのではないか……」という自己嫌悪の気持ちが混じってきて自分が嫌になってくる。
だから、自分の「逃避」場所である映画や音楽、芸術、文学を生業にしているアーティストには、変な憧れがある。
それは自分にとっての「逃避」場所で、堂々と生きている(ように見える)からなのだろう。
フジコ・ヘミングというピアニストは不思議な人だ。
映画の中で自分のこれまでの人生を赤裸々に語っているが、同じ映画の中に登場するフジコの異母姉妹は「フジコの勘違いだ」と言っていたりする。
「どういうことだろう?」と思って彼女の人生をネット検索すると、フジコ自身が語る半生の印象とはまた別の印象を与えられたりする。
そもそも青山学院の小学校と高校に通い、東京藝術大学に進めるのだから恵まれた環境だったはずだ。
けれど、子どもの頃や若い頃を回想するフジコ本人からは苦労ばかりという話が出る。
映画を観終わって、「きっと特別な才能を持つアーティストだからこそ、普通の人とは『世界の見え方が違う』のだろう」という結論に至った。
芸術に触れることを「逃避」だと自己嫌悪する凡人には見えない世界が、きっと彼女の目の前には広がっていたのだろう。
そんな想像をするだけで、やっぱりアーティストには変な憧れを抱いてしまう。
フジコ・ヘミングの演奏は一度だけホールで聴いたことがあった。
その時は舞台袖からステージのピアノまで一人では歩けず、スタッフに支えてもらいながらの登壇だった。
MDRライプツィヒ放送交響楽団をバックにモーツァルト:ピアノ協奏曲第21番ハ長調を奏でる彼女の音色は、オーケストラの音圧に負けそうで、指揮者のクリスチャン・ヤルヴィが苦心しながらなんとか調和を図っているように感じた。
その時はちょうどブームの真っ盛りで、もしかすると「スポットライトを浴びているメディアのヒロイン」的な少し色メガネで彼女の演奏に耳を傾けていたのかもしれない。
けれど、アンコール演奏となり、彼女の代名詞でもある「ラ・カンパネラ」を演奏し始めた瞬間、ホール全体を彼女の世界に変えた。
決して正確ではないし、決して「上手い演奏」とは言えないけれど、彼女のピアノは「音楽」を奏で、聴く者の心を静かに、けれど熱く揺さぶった。
この映画の中でも彼女の演奏シーンが何度も流れる。
その時間、私の心は現実から離れ、どこか別の世界へと「逃避」している。
「やるべきこと」「やらなければいけないこと」
そんなのどうだっていいじゃないか……
今、自分はこうやって「生きている」のだから
そんな心の声が体の中に響き渡る。細かいことなんてどこかに行って消え去っていく。
もしかすると、私にとって「映画館で映画を鑑賞する」ということは、自分が「生きている」ことを実感するためなのかもしれない。
まさに感動の音色、そしてノンフィクションのフジコの物語にまた感動…
心に響く素晴らしい演奏
言葉よりも強いもの
永遠に生き続ける魂
フジコ・ヘミングの存在を初めて知ったのは、多くの人と同じく、1999年のNHKドキュメンタリーであった。都会の片隅で犬や猫に囲まれて暮らす、まるでジプシーのような姿に衝撃を受け、その数奇な人生に心を揺さぶられた。この番組をきっかけに彼女は一躍脚光を浴び、同年に発売されたデビューアルバム『奇跡のカンパネラ』は、クラシック界では異例のミリオンセラーを記録する大ヒットとなった。私も当時そのCDを手にしたが、ジャケットに写るピアノに向かう横顔は、60代後半とは思えぬほど若々しく輝いていた。
本作は、世界がコロナ禍でロックダウンに入る直前の2020年から、彼女が亡くなるまでの4年間を追ったドキュメンタリーである。彼女はこの間も、世界各地で毎年60公演をこなしていたという。90代にしてこの活動量は、まさに驚異的だ。
各地で撮影されたインタビュー映像では、画家だった父、ピアノ教師であった母、俳優だった弟ウルフへの思いが語られる。ウルフ自身の口からも、彼と妻が不遇時代の彼女を陰ながら支え続けていたことが明かされる。また、父親の足跡を辿る過程で初登場した異母妹エヴァさんは、彼女と同じように音楽や動物を深く愛し、住まいに強いこだわりを持つ人物であることがわかる。
ピアノの前に楽譜を置かず、目を閉じて一心に鍵盤を叩く彼女の姿。手と身体に刻み込まれた「ラ・カンパネラ」は、波乱に満ちた人生そのものと深く結びついている。深い哀しみや切なさ、そしてそれを乗り越えようとする情熱的な意志が、音の一つ一つに込められている。その演奏は聴く者の心に強い共鳴を呼び起こし、どこか懐かしく、温かな余韻を残す。本作では、その名演をフルバージョンで堪能できる。
エンドロールに流れる「続けること、続けてきちんと準備していれば、必ずチャンスは訪れる」、そして映画ポスターのキャッチコピー「切ないのがいいのよ、人生は」。これら数々の名言もまた、彼女の音色とともに、永遠に私たちの心に刻まれるだろう。
人生山あり谷あり
目をつむって弾く
焦点をどこに当てたかったのか…
昨年あたりに観た作品とどうしても比較してしまいます。フジコさんはとても大好きで、その世界観がとても美しくて独特で。心に刺さる名言もあります。本作は昨年の映画とは異なり、父親や弟、叔母との繋がりが頻繁に描かれています。そのためピアノのシーンは少なく、フジコさんの胸に刺さる名言も少なめ、私が期待していたものとちょっと違って、少し退屈に感じました。
それでも、フジコさんが演奏するラ・カンパネラは、いつ聴いても目頭が熱くなりますね。ワンチャンも、ねこちゃんもとても可愛い。
フジコさん好きにはおすすめ出来る
自分の足で元気に歩いていた頃のフジコさん。
彼女独特のおしゃべりが沢山聴ける映画だった。また僕の知らなかった40代の頃にヨーロッパで活躍されていたエピソードもあった。
ロシアのピアニストがフジコさんのラ・カンパネラを聴いて(ピアノをあんな風に弾いて良いんだ)と非常に感動していたというエピソードが印象的だった。
恐らくフジコさんの譜面に描かれきれない楽曲の表現力に圧倒されたのだろうと思う。
映画の作りとしては、もう少し工夫が欲しかったかな。
(昔のエピソードを振り返る際に、過去と現在の画がごちゃごちゃしてる部分もあり、見ていてちょっと分かりづらかった)
文句なし!人として演奏家としてのフジコの魂
文句なし!フジコ・ヘミングのドキュメントは配信を含め今回で3作目だが、フジコヘミングの小学生の頃、若い頃のフジコヘミングの日記が残されているとは思わなかった。このような過去があったからこそあの魂をこめたフジコ・ヘミングの演奏になると改めて痛感。カンパネラのこだわりも今回の作品からなのだろう。カンパネラはしっかりフルバージョン。よくここまで映像、資料、写真が残っていた。小松監督に脱帽。素晴らしかった。
孤高の天才ピアニスト
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