愚か者の身分のレビュー・感想・評価
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「半グレ、反社等にかかわると主人公のようになります!」全国の中学校で上映するべき!
8時30分という早い上映時間にかかわらず客席は半分埋まっており、評価の高さがうかがわれる。
主演が北村匠海で脚本が向井康介 で現代の闇ビジネスが題材なのも「黒い夏」と同じ。
しかし空気感はかなり違う。あちらはドライでシニカルだったのに対して、こちらはかなり主人公たちに感情移入させるつくりになっている。
リアルな裏社会ものというより青春サスペンス。謎が徐々に明かされていく作りは良い。
自分が薄情な人間だからそう思うのかもしれないが、主人公たちみんな良い奴すぎないか?もう少しクズな面を映してくれた方がリアル感でたかも。
戸籍売買ビジネスも売った側が戸籍を使えなくなる理由が説明されてないため「これビジネスとして成り立つのか?」と気になった。帰ってから調べたところ原作ではちゃんと説明されているらしい。読んでみようかなと思った。
何とも味わい深い
愚か者
ポスターのシーン、無いのね。ならば、タクヤとマモルが二人でいて、綾野剛の 演じる梶谷は別の場所にいて欲しかった。
タクヤとマモルの食事のシーン、マモルのご飯の食べ方、手を上げられて身構えてその腕に見える火傷の跡、と細やかな演出は良かったけど、全体的にヒヤヒヤしっぱなしでメリハリが欲しかった。
タクヤの車中のあの血だらけシーンはやり過ぎ。もっと他の見せ方があったでしょうに。それならもっと梶谷の過去を見せて欲しかった。
タクヤはそしてああなったのに結構すんなりと受け入れ過ぎてる気がして物足りない。もっと騒ぐんじゃ無いの?
ポスターの三人いるシーンがあるのかと、期待しちゃった。
三人とも笑顔で、そんなシーン全く無いのね。
せめて三人の幸せを噛み締めたかった。
聖者の犠牲のうえに成立する祈り
あまり複雑なお話しではないが、緩急の付け方がよくて最後まで一気に見てしまう作品だった。
前半は半グレ集団の下っ端でうだつの上がらない生活をしている若者が描かれる。「何かもっと面白いこと起こらないの?」という観客の不満をくすぶらせるのが上手い。その分、後半の破局は「うわわわ、こんなことまで望んでないよ」と目をそむけたくなった。
そもそも半グレのカモにされる冴えない男性たちと、彼らを騙す若者たちのどっちがマシなのか。新入りのマモルを見ていると「もっと手際よくやれないのか」という思いが募るが、犯罪の先には集団の上下関係にがんじがらめになり、抜けられない未来も見える。
どちらにせよこのままでは危ない。「運命の日」の前、マモルに向き合ったタクヤ(北村匠海さん)の空虚な目は何を見て、何を選ぼうとしているのか。その先に待っていたのは、「死んだ魚の目」という比喩を通り越し、人間ながら魚のように扱われる末路だった。
わからなかったのは、タクヤがそれほど危ない橋を渡ろうとした動機である(マモルたちに大金を残す、というだけでは弱い)。リスクを感じていたはずなのに、なぜ上司役の罠にはまったのか、そして無警戒のまま自宅に戻ったのか。
タクヤのメールで事後的に意図が告白されるところは拍子抜け。スマホの時代にも「君が今この文を読んでいるころ、俺は…」っていうやり方があるのね。
ただ、タクヤを「動機なき受難者」として描くことこそ映画の真意だったのかもしれない。「映画の中で何かが起こってほしい」という観客の欲望を一手に引き受ける形で、タクヤは聖者のような位置に押し上げられる。
後半は、犠牲者となったタクヤ、それを目撃したマモル、梶谷、希沙良にも、「ごめんなさい、少しでも幸せになってください」と祈らずにいられない。
煮魚を食べる、牛乳を買う。そんな日常すら応援したくなる。大げさかもしれないが、私たちの代わりに罪を背負った人への贖罪の気持ちだ。
そのぐらい絶対的な存在を描かなければ、この世界の底辺には光が当たらないということなのだろうか。それを描こうとする映画の深い絶望と意志を感じた。(*加筆修正しました)
青春描写がしっかりしている
子供に見せるべき映画
澱みの底にて見た光
令和の人情物語A Tale of Humanity in the Reiwa Era
驚く様なバイオレンスなシーンも
あるけれど、
途中から、落語の人情ものか
昭和の極道人情ものを見ている様な
そんな感覚に襲われる。
ある意味、今、
この令和に存在するであろう
社会の一面を表している。
観て考えてしまったのは、
この内容が現在のリアルを捉えてるのなら
大風呂敷を広げて良いのなら
日本は、長らく経済的に
若者を見捨てて来たのではないか?
ということ。
経済的に見捨てられると、
生活が困り、
医療が受けられなくなり、
教育の機会が減り、
働き口が無くなる。
ここに描かれるのは
それらからこぼれ落ちた若者たちと
かつて若者だった者たちで、
裏社会に手を染めてしまったけれど
人としての情が捨てきれない
心が残っている者たちの物語だ。
日本語もままならず、
制度を悪用する者に支援を回す前に、
ここに描かれるような若者たちを
助ける仕組みがあってもいいのではないか。
そんな事を考えてしまった。
Though it features some astonishingly violent scenes,
as the story unfolds, I found myself feeling as though
I were watching a human drama straight out of a rakugo tale—
or perhaps a Showa-era yakuza film filled with sentiment and honor.
In a sense, it reflects one facet of the society
that surely exists in today’s Reiwa Japan.
What came to mind as I watched was this:
if this story truly captures our current reality,
then—at the risk of sounding grandiose—
hasn’t Japan, for a long time,
economically abandoned its younger generations?
When people are abandoned economically,
their lives become difficult,
they lose access to medical care,
their educational opportunities shrink,
and their chances for work disappear.
This film portrays those young people
who have slipped through the cracks of such a society—
and those who once were young—
men and women who have fallen into the underworld,
yet still cannot discard their humanity,
still carry a trace of compassion in their hearts.
Before channeling support to those
who can scarcely speak Japanese
and exploit the system,
perhaps we should build a way
to help young people like the ones depicted here.
That’s what this film made me think about.
どうすれば良かったのか
丁寧なのだが、前半の3人の解説パートが長すぎる。重複が多くて正直飽きてしまった。もう少しうまく編集したらよかったのに。
最後までこの調子だと見るのがちょっと辛い、と思い始めたら、目をえぐられたタクヤ(グロすぎ!)を梶谷が運ぶ話になり、以降は違う映画かと思うくらいの急展開。
タクヤもマモルも他人の一生を奪うような極悪犯罪で生計を立てているので気の毒と思うのは筋が違うかもが、劣悪な環境で育ってきて、無知で、戸籍まで売ってしまった二人がまともな衣食住と何らかの仕事を得るには、犯罪界隈で生きていくしかない。そしてシビアなツケも払わされることになる。
人を食い物にした挙句自分も食われる、そういう愚か者になるしかない身分として、生まれた時点で固定されたようです。
彼らは、どうしたら良かったんだろう。どうすることができたか。
簡単に戸籍を売ってしまう人がいるのは事実らしい。
せっぱつまったにせよ、甘言に乗せられたにせよ、戸籍をなくしたらどんなことになるのか想像できないタクヤやマモルや江川(谷口?)みたいな人々は存在する。
食い物にされる人たちの多くは、「無知」に付け込まれている気がする。
食い物にする方が悪いのは当然だが、まともに教育を受けられなかった人たちが犠牲になりやすくないか。
無知な上に無防備、コドモなマモルの言葉の端々や仕草から、親の虐待と悲惨な生活が見えて、たった一人の肉親(多分)である弟を失っているタクヤは、マモルに弟を見たよう。面倒を見てやり、おばあちゃん仕込みの鯵の煮つけを見事に作ってあげて一緒に食べる。
山盛りの白いご飯と一緒に「こんなにうまいもの初めて食べた」ともりもり食べるマモルが微笑ましくも鼻の奥がツンとしました。
この映画は、温かい家庭と縁がない3人の男たちが、束の間、「温かい兄弟」を手に入れた話でもあったと思う。
あるときは兄となり、ある時は弟、親子とも違う、かばったりかばわれたり一緒に遊んだりして築く横の関係を、3人は無意識に求めて手に入れたんだと思う。そのあたりを、臭くならずにさらっと描いているのがとても良い。
タクヤを連れて神戸に身をひそめる梶谷にタクヤが作るのはやはり「鯵の煮付け」。
大変美味しそうです。心の底で焦がれている「家庭」の味が、最高の調味料なのでしょう。お味噌汁もつけたいね。
梶谷の関西弁の彼女ユイカが温かく世話焼きで、声を聴くとほっとした。
神戸のママも良い人のようだし、梶谷は働き者だし「弟」のタクヤ君の面倒をよく見て、兄弟の温かみを味わっていたよう。総金歯のジョージの半ぐれ一味も逮捕されたのでこれで安全かと思いきや、すでに警察の手が回って逮捕寸前とは。でもまあ、逮捕されて国に面倒見てもらった方が良かったんじゃないか。戸籍のない状態(自分の戸籍を証明できない状態)は、騙されてそうなったので何らかの救済はないんだろうか。半グレは全国組織ではないようで、都会を離れたら力がない模様、マモルはなんとか逃げ切ったようだし(さびしそうだけど)私にはそこそこのハッピーエンドに思えました。(彼らに食い物にされた被害者は救われておらずではあるのですが。。)
タクヤにしても梶谷にしても、他人を騙して二束三文で戸籍を買い叩いてその人の人生を奪った罪悪感を持っていて、タクヤ以外、江川以外の被害者のことは考えていないにせよ、償いをしたところにわずかに救われた。
やたらに強いマンガみたいな総金歯の半グレのアタマ、ジョージがチョー怖かった、ガタイ、超合金なの?
主演の3人がとても良くて、ずっと見ていてもいいくらい。
林裕太くん、今まで知らなかったけどコドモのまんま、野良猫みたいな無邪気さが痛ましいような弟分が素晴らしい。この映画の主役は実はマモルかも。
ちょっと困ったように見える綾野剛の笑顔は、人懐っこく愛情を感じる笑顔でたまりません。
そして、光と闇と、雑多な人間模様がないまぜに存在する新宿という街があっての映画だったと思う。現地のロケが効いており、つるんで闊歩するタクヤとマモルが生き生きと映えていた。
どんな者でも拒まず、それなりに幸せに生きることが許される懐の深いところ、そして冷たく突き放し、手を差し伸べてはくれないところ。
3人が幸せな気分を味わい、どん底に落とされた、新宿の街を、助演に加えたいです。
さかなのめだま
現代の支えのない社会を問う社会派、そして友情映画
主人公のタクヤは一番大切な弟の命を守るために手術費を戸籍売買という稼ぐため闇ビジネスを一度やる。その1回だけのつもりが、それをきっかけに抜けられない状態になり、むしろどんどん深く入り込んでしまいました。そこに中卒で家を出てきた無一文のマモルと出会い、マモルにも稼げる仕事があると紹介し、そしてマモル自身も段々と入り込んでしまう。タクヤ自身も先輩から闇ビジネスを紹介してもらうという構造で始まる。立場のほとんどない若者達がいかに無力に犠牲になっていくかが描かれていました。暴力シーンが多かったり、救われない描写があったえいとつらいシーンが少なくなかったですが、タクヤやマモル、そしてタクヤとタクヤの先輩との友情は心に熱くくるものがありました。この映画を見ていて困っている人をその人自身に負わせずに公的にも社会として支えていく仕組みが必須だなと感じました。心残る素晴らしい映画でした。
生まれながらにして選択肢が与えられていない悲惨さ
逃げるのを諦めたと語った梶谷が逃げる決断をした瞬間が熱い。その思考...
北村匠海が一皮むけてる
「お前も一緒に来い」は恐い
劇中のセリフ「お前も一緒に来い」というワードは、本当に怖いです。言われて断れず、ついて行ったが最後、見なくていいことを見て、聞かなくていいことを聞いて、最後はやりたくないことをやらされる羽目になる。そしてやり終わった後に「また連絡する」と告げられ、逃げられなくなる。これって闇ビジネスだけじゃなく、真っ当な会社でも同じ流れがありますね。立場の弱い人間は、流れの前は断りにくく、流れた後は逃げられない。これに(金がもっと欲しい)という心理状態が加われば、たちまち「闇はあなたのすぐそばに」です。
この映画を観に行くのは少しためらいました。どうしようもなくキツくてリアルな話だったら、嫌な気持ちしか残らないのではと。ところが、闇の世界の末端者タクヤ(演:北村匠海)とマモル(演:林裕太)の、闇バイトしながらも、魚の煮つけを作って食べたり、飲んでヤンチャに遊んだりと、都会で暮らす若者となんら変わらない姿が描かれ、更にタクヤの過去経緯や二人の出会いがバランス良く回想されていく演出に、短い時間で一気に二人を応援…とは言えませんが、親近感が湧きます。中盤以降は怖い世界(目玉を抜かれて脳感染死しないのでしょうか?)に陥っていきますが、おそらく由衣夏(演:木南晴夏)のパック牛乳な存在が闇を抜け出すきっかけとなった梶谷(演:綾野剛)も含め、最後に三人が見せた「善」と「兄弟愛」に心は熱くなり、ビビらずに観に行って良かったです。
ラストに悪組織の検挙と、オトリ捜査だったのかと思わせる(ですよね?)轟の再登場でタクヤと梶田は捕まるのかもしれませんが、闇を抜け出せそうで良かったなと。マモルはホントにかわいい弟分でした。林裕太さんの絶妙な演技に拍手です。
「見事な脚本と見る者の想像力を掻き立てる秀逸な演出」
闇社会で暗いノワール的映画を予想していて正直あまり期待していませんでした。
しかし見終わった時には見事の予想を覆してくれました。
主要登場人物をそれぞれのパートで進む向井康介の脚本は
見進めるうちに三人の関係がにじみでてくる素晴らしいストーリー
展開でした。
また永田琴監督の不要で余分な説明を排除した演出は
見る者の想像力を掻き立てるものでした。
まだ上映中ですから多くの人に見てもらいたい映画です。
以下、私の映画評です。読んでください。
【映画評】
向井康介の脚本がいい。マモル、タクヤ、梶谷それぞれのパートに分けて撮ることによって三人の結びつきの強さがにじみでてくる見事なストーリー展開だ。
マモルのパートではタクヤとの仕事のやり取りが細かく撮られており、マモルがタクヤを兄のように慕っている。しかし組織の上の人間が「明日タクヤに会うな、電話も取るな」と言われてマモルはぽかんとする。歌舞伎町でマモルがタクヤを飲みに誘い笑いあいじゃれあいながら歩くシーンは、闇社会で働く一瞬の夢のような感覚を想像させる。そしてマモルはタクヤにこれ以上闇社会にはまるなと忠告される。
タクヤのパートでは、タクヤが危険なことに手を出す。しかし撮られるのはマモルとの出会いやマモルに食事を作って食べるマモルのおいしそうな表情だ。タクヤが何気なく手を挙げたときマモルが手で頭を覆う。マモルが今までどのような状況で生きてきたか想像させる。そんなマモルを弟のように可愛がる。しかし組織はタクヤに残酷な報復に出る。
梶谷のパートでは、タクヤが梶谷を兄貴のように慕う。タクヤは弟が病気の時、梶谷からお金を借りたが弟が亡くなり、すべてを捨て闇社会に入ってきた。梶谷は組織からタクヤについて命令を受けるが、組織を裏切る決断をしてタクヤと一緒に逃げる。逃げるため恋人の由衣夏にいろいろ手配を頼む。この由衣夏のおっとりとした、しかしきちんとしているところに梶谷は惚れている。由衣夏とまともな暮らしをしたという、梶谷の思いが想像できる。しかし組織の手は伸びてくる。タクヤはメッセージとある物をマモルに残していた。
今の世の中、簡単に闇社会に入ってしまえる。闇バイトがそのいい例だ。何か社会として効力あるネット規制等ができないかと考えさせられてしまう。見る者に何かを感じさせる、考えさせる。そのため不要で余分な説明をなくし、見る者の想像力を掻き立てる永田琴監督の演出は見事だ。ラストシーンに余韻というよりは余白がある。永田琴監督が望んでいることは、余白は見る者が埋めることではないか。
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