劇場公開日 2025年10月24日

「闇ビジネスに身を投じてしまった若者達の決死の反抗と逃亡」愚か者の身分 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 闇ビジネスに身を投じてしまった若者達の決死の反抗と逃亡

2025年11月15日
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鑑賞方法:映画館

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【イントロダクション】
西尾潤による第二回大藪春彦新人賞受賞の同名原作の映画化。戸籍売買による闇ビジネスの世界に身を置く3人の若者達が織り成す、3日間の逃亡サスペンス。
北村匠海、林裕太、綾野剛共演。監督に永田琴。脚本に『ある男』(2022)、『悪い夏』(2025)の向井康介。

【ストーリー】
新宿・歌舞伎町。夜の街に二人の青年の声が響く。酷く酒に酔った2人の内、先輩だと思われる方が、川に自身のコム デ ギャルソンの白シャツを投げ捨てる。後輩と思われるもう1人が、シャツを取りに川に入る。すると、背後から巡回中の警察官が青年を呼び止めた。振り返ると、先輩の姿はなく、青年は1人で警官から注意を受けた。

夏の蒸し暑い日。都内のボロアパートの一室で、複数のスマホを操作する青年、柿崎マモル(林裕太)の姿があった。彼は、歌舞伎町の裏社会で活動する犯罪組織の末端であり、戸籍売買の闇バイトで生計を立てている。女性のフリをしてSNSで複数の男性達とやり取りし、カモとなるターゲットを探していたのだ。テーブルの上には複数代のスマートフォンが充電器に刺さった状態で置かれており、その背面にはそれぞれ女性の名前の書かれたシールが貼られている。マモルがその中の一つを手に男性とやり取りしていると、彼の部屋に闇バイトの先輩で兄貴分の松本タクヤ(北村匠海)がやって来る。彼は未熟なマモルに代わり早々に男性とのアポイントを取る事に成功し、マモルに今回の一件を任せる事にする。

マモルとタクヤは、ターゲットとなった男性、前田(松浦祐也)を呼び出し、仲間であるパパ活女子の希沙良(山下美月)に相手役のフリをさせ、戸籍売買の契約を成立させる。そんな先の見えない不安定な生活の中で、2人は深夜にラーメンに行ったり、馴染みのバーで飲み明かしたりと、目の前にある人生を謳歌していた。

ある日、マモルはタクヤと共に組織の上司で支持役である佐藤(嶺豪一)から食事に誘われる。タクヤが席を離れた際、佐藤はマモルに「明日一日、タクヤに近づくな」と指示し、連絡も全て無視するように告げる。佐藤と別れ、自分の誘いも断って何処かへ向かうタクヤの動きを不審に思い、マモルはこっそりと彼の後を尾行する。すると、タクヤは自身の兄貴分であり、裏社会の運び屋である梶谷〈カジタニ〉(綾野剛)と密会しており、何かを受け取った様子だった。梶谷と別れたタクヤを直撃すると、その手には偽の免許証が握られていた。マモルは、タクヤが闇バイトの世界から抜け出す算段をしているのだと考える。

翌日、マモルは佐藤の指示通り自宅で過ごしていたが、希沙良からの緊急の連絡を受け、只事ではないと家を飛び出そうとする。その刹那、佐藤が組織の幹部であるジョージ(田邊和也)と共に押し掛けてくる。マモルは訳も分からず混乱する中、タクヤの名前を口にしたマモルに激昂したジョージによって暴行を受け、意識を失う。夜分にタクヤがマモルの部屋を訪ねて来るが、部屋に残って見張り役をしていた佐藤によって会う事は出来なかった。

翌朝、マモルは佐藤の指示でタクヤの部屋の掃除に向かわされる。部屋に入ると、床には夥しい量の血が流されていた。動揺しつつも、掃除を済ませたマモルの前に、佐藤が訪ねてくる。タクヤはもうこの部屋には帰って来ないと告げる佐藤は、業者による清掃作業前にノートパソコンや時計等の高価な品々を持ち出し、タクヤに預けていたテディベアを回収していく。佐藤はマモルにも好きなものを持って行くよう許可し、マモルは数日前にタクヤが川に投げ捨てたギャルソンの白シャツと、タクヤの得意料理であったアジの煮付け用の冷凍アジを持ち出す。

時は遡り、物語はタクヤの視点から語り直される。あの数日間、マモルの知らない所で一体何があったのか。社会の闇に飲み込まれた若者達の決死のサバイバルが開始される。

【感想】
過酷な環境下で育ち、それでも「生きること」を諦めなかったからこそ、足を踏み入れてしまった社会の闇。そこから抜け出そうとする若者達の「生きること」を諦めない足掻きの放つ輝きに胸を打たれる。

それぞれの登場人物が三者三様に追い詰められ過ぎではある(唯一、梶谷だけは背景が曖昧だが)のだが、フィクションとして盛り上げる上ではこのくらいが丁度良くもある。
実際に闇バイトに手を出すのは、本作のような「追い詰められた若者達」ではなく、その多くは楽して大金を稼ぎたいという短絡的な思考で行動する、本当の意味での「愚か者」なのだが。

戸籍売買の闇ビジネスのリアルさは、売る側も簡単に大金を手に出来てしまうからこその“危険な魅力”を感じさせる危うさが表現されていた。しかし、実際に戸籍を手放してしまえば、就職も生活も困難になってしまい、更なる闇に足を踏み入れてしまう事になる。
また、深くは描かれていなかったが、マモルとタクヤが出会う多人数収容の生活施設で描かれる、生活保護受給制度を利用した“貧困ビジネス”も恐ろしい。受給額の殆どを仲介業者や施設提供者に中抜きされ、受給者が手に出来るのはほんの僅かな金額のみ。それを知るタクヤがマモルを止めるシーンが印象的だった。

後半は逃亡劇をメインにした、ちょっとしたスパイ映画のような騙し合いも展開され、派手さこそないがヒリヒリさせる緊張感が漂っており、彼らの行く末に目が離せなくなった。

ラスト、マモル・タクヤ・梶谷の3人は、本当に足を洗えたのか?彼らはこの先、本当に幸せになれるのか?それが分からず、しかし、そこには確かに“希望”もある。果たして、3人はこの先再び出会う事が出来るのだろうか。そして、その時3人は笑い合えるのだろうか。
本作の続編小説が、今年の11月11日に刊行されたそうだが、そちらの映像化はあるのだろうか。個人的には、このどっちつかずな終わり方の余韻が好ましくあるので、このままでも良いとは思うのだが。

主題歌『人生讃歌』を担当した現役女子高生シンガーソングライター、tuki.による「生きたいように生きたくて、人生美しい、そう思えればいいのに」というフレーズが印象的。若者達の反抗・犯行を描く本作に、同じく若者である彼女を起用した製作陣に拍手。

【北村匠海×林裕太×綾野剛、若手・ベテランの実力派俳優3人によるアンサンブル】
主要メンバーであるマモル、タクヤ、梶谷を演じた3人の俳優の演技がそれぞれ抜群に素晴らしい。

主演の北村匠海による、視力を失ってからの後半戦の輝き、目を失っても絶望に飲まれ過ぎず、新しい道へと踏み出す姿勢の演じ方が見事。パンフレットのインタビューによると、過去に演じた役柄の経験から、視力を失った設定での演技の方が自由度が上がったと語る姿は頼もしささえ感じさせる。本来の黒髪と、染められた毛先の金髪とのツートンカラー、肩付近まで襟足の伸びた髪型に絶妙な「垢抜けなさ」というか「ダサさ」が感じられるのもポイントで、それは正しく、闇バイトという「ダサい生き方」に身を置いてしまっているタクヤの現状とも重なっているように感じた。
反面、闇ビジネスの世界に身を置きながらも、マモルに祖母の味であるアジの煮付けを振る舞う様子や、自身が嵌めた江川(矢本悠馬)に罪滅ぼしをする姿に、彼の中に残された「善性」の発露が感じられて暖かい気持ちにさせられる。逃亡先で梶谷とアジの煮付けを食した際の、「(マモルに)また食べさせてやりてぇな」という姿は、本作一の名シーン。

マモル役の林裕太の演技は、個人的に本作でも随一だと思う。
兄弟からの虐待によって家を飛び出し、学もなく都会の片隅で搾取されていた中でタクヤと出会う瞬間の「何も知らない」状態から、恐らくタクヤを真似たと思われる金髪染めにし、闇ビジネスに慣れて行く現在との演じ分けが素晴らしい。そして、そのどちらもが、まだ誰かの庇護から抜け出せていない青臭さを感じさせる。実の兄弟からは得られなかった“兄弟愛”に近しい感情をタクヤから受け取る姿も印象的。

そんな若々しさ溢れる2人とは対照的に、綾野剛のベテラン俳優ならではの見事な演技の安心感は頼もしい。運び屋として長く闇ビジネスの世界に身を置くあまり、そして、そこから抜け出す事が容易ではないと知っているあまり、何処か諦めて人生を送っていた彼が、両眼を奪われても生きようとするタクヤに刺激されて、彼との逃亡生活に踏み切る瞬間が最高である。

そんな彼らと関わり、支える立場でもある女性キャラクターを演じた山下美月と木南晴夏もそれぞれ違った魅力を放っていた。
男達の“兄弟愛”や“罪悪感”、そこから来る“義理人情”によって紡ぎ出される物語に、そっと華を添える彼女達の姿は、本作に残された僅かばかりの光かもしれない。

ところで、ジョージがマモルの部屋で笑みを浮かべた瞬間の総金歯姿に、「今時、こんな分かりやすい悪役を出すのか」と、思わず笑ってしまったのは私だけだろうか。

【総評】
主要キャストの演技合戦によって紡がれる、闇ビジネスの世界に身を置く若者達の「生きること」を諦めない姿に、最後まで目が離せなくなる。

余談だが、本作と同日に、同じく新宿歌舞伎町を舞台にした『ミーツ・ザ・ワールド』(2025)を鑑賞した。あちらが歌舞伎町の「光」を描いていたのに対して、本作は歌舞伎町の「闇」を描いていたのだろう。

緋里阿 純
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