「自分自身の「身分」。」愚か者の身分 暁の空さんの映画レビュー(感想・評価)
自分自身の「身分」。
本作の真の深みは、タイトルに含まれる「身分」という言葉にすべて凝縮されている。単なる社会的階層や立場のことではない。“人間がどの瞬間に愚か者となり、どの瞬間にただの人間に戻るのか”という、きわめて実存的な問いを突きつけてくる。
全編にわたって張り詰めた緊張感がある。だがそれは、銃口を向け合うような表面的な緊張ではない。登場人物たちが、己の中に潜む「境界線」を踏み越えてしまうかどうか、その内的な緊迫だ。観客は息を詰めながら、その一線を越える瞬間を見守るしかない。
特筆すべきは、闇に引き入れた側の“負い目”の描き方だ。加害者でありながら被害者でもある彼らの表情に免罪は与えられない。ただ、闇の側へ引きずり込んだ者たちも引きずり込まれた者たちも、かつては「普通の人間」だったという事実を丹念に描く。その“普通”のリアリティがあるからこそ、転落の瞬間が胸をえぐる。悪とは特別なものではなく、日常の延長にある。その自覚が観客の心をじわじわと締めつける。
タイトルの「愚か者の身分」とは、堕ちた人間たちへの烙印であると同時に、我々すべてがいつでもそこに立つ可能性を秘めている、という冷酷な真実のメタファーでもある。
愚か者とは誰か――彼らか、見て見ぬふりをする我々か。映画はその問いを、闇の奥から静かに突きつけてくる。
本作は暴力や犯罪を描く物語に見えて、実は“人間の境界線”を描いた心理劇である。
緊張と沈黙の中で、観客は知らぬ間に自分自身の「身分」を問われている。
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