ハルビンのレビュー・感想・評価
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不幸な時代にとっての真の英雄とは
日本による韓国併合前夜を描いた歴史サスペンス。
主人公のアン・ジュングン(安重根)が韓国義軍の首魁だったというのは後付けの要素が多いらしく、序盤に見られるアンが立案・指揮した日本軍襲撃の場面はフィクション。
アンが国際法を遵守して森少佐(のちに中佐に昇格)を釈放するのは、暗殺事件の審理で自身を戦争捕虜として扱うよう主張したことの暗喩となっている(非戦場で文官を標的にしたので、もちろん認められる訳がない)。
テロリストのアンを韓国の世論が英雄視していることを日本人の多くが不快に感じるのは当然だが、わが国の一部民族主義者もあれほど昭和天皇を激怒させたにも関わらずニ.ニ六事件の首謀者を英雄に祀り上げているし、娯楽として定着した忠臣蔵(赤穂事件)だって、はっきり言えば集団テロ。実行犯が義士と尊称されてる点もアンと同じ。
アンに狙われた伊藤博文は古い世代には「千円札の顔」のイメージが強いが、長州藩出身で吉田松陰の薫陶を受けた幕末の彼も、過激な攘夷論者として英国公使館焼き討ちに参加した揚げ句、意見の対立する要人の暗殺を画策してはたびたび実行に及んでいる(伊藤の手に掛かったうちの一人は国学者・塙保己一の息子)。
時系列的には伊藤の方が先だが、行動原理もやってることも、お国は違えどアンとほとんど変わらない。つまり、日本も元テロリストを紙幣の肖像画に用いていたことになる。
筋金入りのテロリストだった伊藤が一国の宰相にまで登り詰めることが出来たのは、ひとえに勝ち組に身を置けたおかげ。
そんな彼が日本との関係で負け組のアンに殺されたのは、歴史の皮肉と言うほかない。
狙撃されてから絶命まで考える暇(いとま)があったとしたら、伊藤の走馬灯にはどんな思い出が映し出されたことだろうか。
韓国の国論もメディアもアンを民族独立の英雄として信奉するが、テロリストを英雄視することは決して国際標準ではない筈。
本作を見た同じ日、別の映画館でアンジェイ・ワイダ監督の『コルチャック先生』(1990)も観賞させてもらった。
アン・ジュングンもヤヌシュ・コルチャックも、侵略者によって命を絶たれた点は同じだが、行動原理や実績はまったく異なる。そしてそのことは二人の国際的評価の差にもはっきり表れている。
最悪の犯罪たる殺人の肯定の最大化が戦争だと自分は思っている。理由があれば人を殺していいのなら、相手が誰であろうと、ひいてはどんな民族だって標的に出来てしまう。
韓国の方には不快な意見かも知れないが、「真の英雄とは」ということをぜひ再考して欲しい。
本作のラストにアンを称揚するテロップが映されるが、彼を従来型の英雄としてではなく、不幸な時代に生まれたがゆえの有為な若者の悲劇と捉えているようにも自分は感じた。
本国では民族主義の英雄として奉られているが、アンが伊藤を標的にしたのは、彼が感銘を受けた明治天皇の詔勅に反する行動を伊藤が執ったと判断したからだという説も(ますますニ.ニ六の連中にそっくり)。
本来、こうした題材は日韓合作で双方の視点が盛り込まれる内容で製作されるべきだと思うが、そこまで機が熟していないのが現状。
早くそんな時代が来ればいいのにと思う。
本作に登場する日本人は伊藤博文を演じたリリー・フランキー(多才だなぁ)を除けば、ほぼ現地の俳優。
日本語を話しているが、どうしても発音が気になる。リアリティを出したいがゆえの演出なんだろうが、日本人の目にはかえって珍腐な印象に。
ハリウッドの「ナチもの」なんか、ナチスの兵士もドイツ国民も、どいつもこいつも英語で喋るのが当たり前になってるんだから、別に韓国語で統一しても構わないと思うんだが…。
せっかく人気俳優使ってるのに、みんな髪ボサボサでひげ面なので誰だか分かんなくなるのも残念。
歴史は自分で勉強しよう
日本史の教科書では伊藤博文の暗殺犯としてしか名前が出て来ない安重根(アン・ジュングン)が、韓国では救国の英雄とされている背景を知るのに最適の映画と期待していました。しかし、伊東博文暗殺の日までを追うサスペンス・エンタメ作としてかなりフィクションが交えられていると思われ、歴史を学ぶ物語としては必ずしも適していませんでした。ちょっと残念。自分で本を読んで勉強せよと言う事ですね。
一方で、エンタメ・サスペンス作としても展開がストレート過ぎて、もう少しハラハラの揺さぶりが欲しかったです。
更に、日本人観客の我儘と知りつつ気になる点。これまで殆どの場合、韓国映画に登場する日本人は韓国の役者さんが演じ日本語台詞を話して来ました。しかし、その訛から日本人でない事は直ぐに分かります。本作でもやはりそうでした。日本兵が出て来た途端に物語のリアリティが失せてしまうのです。シリアスな作品の日本人役には、しっかり日本語が喋れる日本人を起用して欲しかったな。今や、韓国映画は日本映画より予算も潤沢でしょうから。でも、そんなの気にするのは日本人だけだから、世界市場を睨んだ場合には大した問題ではないのかな。
BL好きな人は見いだせる
出てくる人皆ニコチン中毒者か
暗くて誰が何やってるか分からない
韓国の反日の英雄。日本では罪人テロリスト。
当然、反日映画なので日本人が見るとちょっとイライラする。韓国ドラマも映画も、日本人役は日本人がやればいいと思う。日本語、変だから。有名俳優さんは無理でも、いくらでもいるでしょう。
この映画は、伊藤博文をリリーフランキーがやってる点は良い。また、一方的に完全悪に描かれるのではなく、少しだけ日本の言い分も含まれている点も良い。暗殺すれば独立出来るのか?とか、冷静な意見もあって良い。
仮に、日本の祖国の敵がいて暗殺した侍がいたなら英雄になるだろうし。心情が理解できるかと。自らの命をかけて祖国の将来を考えての行動なら感情移入するし感動もするかも。
反日演出はいったんおいておいて。
単純に映画としては、暗くて何してるか分からない。誰が喋ってるのかも分からない。
韓国の人から見れば、知っている俳優さんと声、知っている登場人物かもしれないけど、日本人から見ればよく分からない。
ヒョンビンが出てるはずじゃ、、、どれがヒョンビン?と分からなかった。髪切ったらようやくヒョンビン。
あと、韓国にとっては英雄なので、ただ砂漠を歩くだけ、戦闘シーンも長めでも観てられるかもしれないけど、単純に間が持たない。
あと、どうしてもなんでそんなことするの?とか、なんでそんな風に考えるのか?とか、不思議がいっぱい。
日本人がみると、感動とかは無いかな。心は動かされない。
それでも内通者が判明するシーンとかはなかなか良い演出。
登場人物と俳優さんの顔を覚えてから観た方が楽しめるかと。
比較的どちらの立場からも描かれており高評価。
今年168本目(合計1,709本目/今月(2025年7月度)17本目)。
この手の作品はどうしても、どちらかの「言い分」に極端に偏った作品になることが多いですが、ほぼ半々(しいていえば、日韓で45:55くらいか)の割合で、一方的に誰かを悪として描くことがなかった点は良かったです。
実際にあった出来事をテーマにしており、今では小学校の教科書でも学習しますから、一般常識でしょうね。事実、高校世界史でも高校日本史でも扱うはずです(高校日本史はどうなんだろう?)
この映画はこの意味において「実質的に」ドキュメンタリー映画であり、映画館にドキュメンタリー映画の要素を持ち込むなら楽しめないでしょうが、個人的には良かったところです。もちろん、歴史考証として限界がある部分については「一つの説」等としているのでしょうが、それも常識的にありうる展開であって、無茶苦茶な展開になっていません。
どうしても、過去の事件を扱った映画ということで結末が見えてしまうのが難ですが、極端にどちらかの言い分に偏っているわけではないし、迷ったらおススメといったところです(というより、鬼滅の刃はいつまで25本とか無茶苦茶なんだろう…)。
作品に関しては、以下気になった点がありますが、採点対象にはしていません。
(減点なし/参考/この人物のたどった道のりについて)
日本の刑事事件として処理され、殺人罪でのみの起訴です。このとき、日本人弁護人がつけられ、「1人の事案としては求刑が重い」「そもそも韓国刑法で扱うべき」という展開がその後されています。日本はこの点、極端な事件がおきたこのケースにおいても被告人の権利を適正に守った点において評価できます。
一方、判決はご存じの方も多いと思いますが、「この人たち」に対する事件は戦前~戦後までいくつか発生していますが(最も日本で身近であろう「奈良の事件」は、一審判決すらまだです)、死刑判決は数が意外に少なく(この例のほかは、いわゆる軍事クーデターでの事件のもの。軍紀をただすという意味も強かったか)、被害者1の事案で極刑は重かったか、というのは現在(2024~2025)では言い得るでしょうが、当時はまだそのような考え方がなかったので、ここは仕方がなかったのかな、という気がします。
韓国人から見た歴史
伊藤博文を暗殺するまでの、安重根を描いた映画である。脇役の演技は素晴らしかった。日本のスパイとなったメガネ(チョ・ウジン)が命乞いをし、それに心を揺さぶられ殺すに殺せなくなるパク・ジョンミンの演技は素晴らしかったし、日本軍の少佐に捕らえられるも、最後までプライドを持って挑発するイ・チャンソプ(イ・ドンウク)は掛け値無しに、カッコよかった。ただ、主役がちょっと…。なんというか、余りに聖人化されていて、人間味が感じられなかった。捕虜を殺してはならないと常日頃から言っている割に、どんな犠牲が出ても抗日運動は絶対にしなければいけない!と主張するなど、言動に一貫性がない。おそらく、安重根を無謬の英雄として描こうとしすぎているので、内面が全然伝わってこない感が出るのだと思う。あと、日本軍の少佐は余りにも酷すぎる。少佐の下手くそな日本語で途中から映画館で笑ってしまった。というよりも、日本のスパイのメガネの方が日本語が上手であった。あの程度の日本語しか話せないのなら、その辺の演技をかじってるソウル在住の日本人のおっさんにやらせた方が絶対にましである。というより、少佐のキャラクターが余りにも酷すぎる。安重根に執着する余り、事あるごとに「アン・ジュングンハドコダ」とまるで呪文のように繰り返すが、もはやただの妖怪のように描かれている。また、メガネと食事をする時、自分の食べているステーキを手でつかみそれをメガネに渡すシーンがあるが、それはさすがにないんとちゃう?ちょっと野蛮人すぎるやろとツッコミたくなった。また、リリーフランキー演じる伊藤博文も、ちょっと権威主義者風味が足りず、物足りなかった。
さらに、時代考証や季節感がめちゃくちゃであった。メガネを拷問する時に、わざわざ毒マスクを着用して拷問していたが、そもそも毒ガスが兵器として使用されたのはWW1からなので意味が分からなかった。また、舞台は満州のはずなのにサハラ砂漠か?みたいな所を通過したり、暗殺した時は10月のはずなのに、暑そうであったり、また、雪が積もってたりして見ていて疑問を感じることがよくあった。
あと、伊藤博文のセリフに疑問を感じることも多かった。「300年前は、李舜臣がいたが今はいない」と言っていたが、いや、そもそも伊藤博文は李舜臣知らんやろと、その当時多分全然有名じゃなくない?と感じた。
まとめると、脇役の演技は素晴らしいが主役はぼんやりしていて、少佐の演技は酷い。時代考証もめちゃくちゃであり、ツッコミ所はたくさんある。しかし、日本にいるとおそらく理解できないであろう韓国人の歴史観を覗き見ることができる映画であり、その点においては一回見ておいても損はない。(2回見る必要なない)
次はハングル語を学ぼうと思った。
映画「ハルビン」を見た。毎年、この時期は「先の大戦」について考えようとしてきた。
「安重根、アン・ジュングン」は韓国にとっては民族的な英雄だ。「李舜臣」と並び祖国を日本から守った人として。去年、韓国で作られ今夏、日本でも公開された。民族的な英雄を今、なぜ、取り上げ映画にしたのか?韓国では誰もが知る人物だろうし、過去に何度も映画やTVで取り上げられて来たはずだから、そこには何らかの新しいアンジュングン像があるはずだ。
スペイン語のHistoriaには歴史と物語の2つの意味がある。歴史学は、過去の出来事や社会現象を、史料に基づいて客観的に分析し、その原因や結果、影響を考察する学問だが、置かれている立場や時代で、その解釈や評価、見え方は丸で異なる。歴史は物語だとも言える。
例えばこの映画のもう一人の主役は伊藤博文だ。山口が生んだ偉大な政治家だ。以前、全国大会で会津若松に行った時、お土産店に伊藤博文公の旧1000円札がカバーに入って展示されていた。そのカバーの上からマジックで国賊と大きく書かれていたのだ。私は福島や会津を東北の一つの県や町程度にしか捉えてなかつたけど、会津は山口県人を当時も今もおそらく良くは思ってないだろう。歴史は、特に負の歴史は物語として代々受け継がれる。国内でもそうなのだから国と国ならなおさらだ。喉に刺さったイギの様に不快で痛い。
映画の冒頭、参謀中将アン・ジュングン率いる大韓義軍は日本軍との戦闘で大きな勝利を収めた。アン・ジュングンは万国公法に従い、戦争捕虜である日本陸軍少佐・森辰雄らを解放する。
国際法に従った高潔な安重根。しかしこれをきっかけに同志の中に亀裂が生じ、日本に通じる諜報員を生んだ。名前は分からないが、眼鏡をかけたそのスパイを映画のラストで安重根(私にはあの人物が安重根に見えた、実際にはロシア側に連行されていたはずだけど)は赦すのだ。史実に基づく事かどうかは知らないが、甘さがある男だ。
安重根は伊藤博文の暗殺には成功した。しかしその事が翌年の韓国併合に繋がり朝鮮半島は日本の領土になった。映画中で伊藤が「わしを消してどうする、愚か者め。」「わしが統治した3年間、儒者が支配した300年」と言ってるが、帝国主義が世界のトレンドだった当時、近代化の遅れは欧米列強の植民地化に繋がる。善し悪しは別として、彼の地の社会インフラを整備し近代化したのは間違いなく日本だ。徹底的に日本化した。
映画の中でやたら耳につく言葉がある。「同志」という言葉だ。ハングル語ではトンジというのかな、青臭く革命的な響きがする。日本語ならあぁ言った場面は同志ではなく「兄弟」って言うと思った。「兄貴、おう兄弟」。
つまりこの映画は安重根という祖国の英雄を通して、今の韓国の現状を批判しているのではないか。
・性善説的な詰めの甘さ。
・同志の世界でしか物事を見ない、判断基準の狭さ。
・優柔不断に役に立つものを取り入れる日本と儒教道徳が重くのしかかる韓国。
今日は参議院選挙の日だ。日本の選挙史上、恐らく初めて「外国人より日本人」「反グローバル化」を前面に掲げ、争点化し、票に結びつけた選挙になった、なるはずだ。私はゼノフォビアではないし、どちらかというと、グローバル化の方だ。ただ、上記した内容を見ると、そうした今の日本のトレンドを私ももろに受けている。
映画の中で馬に乗るシーンがよく出てきた。ラストも馬に跨り橋を渡って行った。
・勝馬に乗るのがみんな上手いね。そう皮肉っているようにも思えた。
リリーフランキーの無駄遣い?
日本人が観ても、立腹はしない程度の"抗日映画"
糞アン・ジュングンを扱った映画である事は、予告編を観て知っていましたが、いちおう鑑賞しました。
音楽的なセンスはなく、ただ音の強弱に頼る演出は稚拙だったが、
撮影は、非常に繊細で、画面にはとても良い配色を出しており、芸術の域を超えた 実に素晴らしい映像だった。 <撮影賞>
糞テロリスト安重根は、映画の中では、まるで ゴルゴ13の様に、最初から祭り上げられてはいるが、
テロリストたちは、お互いを「同志」と呼び合う 共産主義者(ロシアの犬)設定であり、純粋に孤高の英雄扱いされているペテロ 安重根は 、ソ連の犬の中の鉄砲弾・捨て駒である事を映画の中で認めている点は、高く評価できる。
当時のテロリスト達が、装備しているのは、ロシアから供与された「モシン・ナガンM1891」の筈だが、
映画の中では、その特徴的な引き金前の形(トリガーガード)を見れなかったのは、残念
映画では、適当に そのへんの小銃を小道具として使ったのだろうが、
せっかくの"大迫力な白兵戦"だっただけに その辺は残念だった。
映画の中で、伊藤博文元総理 と 日本国 が、敵視される冪 "鬼的存在" に成っていなかったのは、意外だった。
撮影・企画段階が前尹錫悦大統領政権時だった為かもしれない。
伊藤博文 元総理を演じた リリーフランキーさんは、完璧に 仲代達也さんを演じていました。
そういう意味で、高評価します。 <助演賞>
日本人少佐を演じていた パク・フンさん、とても 面白い演技をしており、将来が楽しみです。
この映画を観たら、「朝鮮併合」の前段階である「日露戦争」の映画「203高地(1980)」を観ると良いと思う。
間違っても、アレな偏光NHKドラマ「坂の上の雲」は観てはいけない。
独立後のビジョンが見えない
シナ山の戦い? 森辰雄? 聞いたことがないと思って調べたけど、何も出てこない。
モデルと思われる人さえ分からない。
歴史的事件を題材に、実在の人物を主人公にしながら、創作エピソードを多用するのは良くない。
「このような事があったと思われる」という空想で印象操作。慰安婦や徴用工の映画とかと同じ手法。
確信犯でしょうね。
韓国は戦後の戦争責任を免れるために、「朝鮮は植民地であり、戦争被害国である」という立場をとったので、「朝鮮人は常に迫害を受け、日帝と戦い続けていた」という主張が必要になる。
今後もこのような映画が作られ続けることでしょう。
独立を目指す気持ちは尊いと思いますが、その先にどのような国を目指していたのか。
この映画ではそれが全く描かれていません。
独立後、どのような政権を誕生させるつもりだったのか。
仮に日本が朝鮮の独立を認め、投資したインフラを寛大に全て譲渡してくれたとして、それを維持、管理、運用できる人材はいたのか。
東洋平和論を説いたアンの何らかの思想が聞けるかと思いましたが、全く触れられませんでした。
先のビジョンも無く子供のように独立を願っても、応援したい気にはなれません。
単にテロリスト称賛映画になっています。
伊藤博文はこの映画が描く時代の40年以上も前にイギリスに渡り、世界の民主主義や憲法を学びました。映画なら『長州ファイブ』を観て欲しい。
伊藤のような人物が日本には山ほどいて、明治維新を成し遂げました。
同じことが出来る人材が、当時の朝鮮にどれだけいたのか。
仮に日本が手を引いていたら、内戦になってロシアが攻め入っただけではないでしょうか。
実際に1950年にそうなりました。
清やロシアよりは日本に頼った方がマシだと考え、併合に協力した人たちは、「親日反民族行為者」として現代になってから罰せられ、汚名を着せられています。
当時の視点に立って冷静に考えないと、韓国の戦後は永遠に終わらない。
いつまでも歪んだ歴史観を持ち続けることになる。
伊藤が「ここ(ハルビン)は清国の領土でしょう」と問い、ロシア外相が「では朝鮮は誰の土地だ?」と返す場面があります。韓国の映画としてはなかなか突っ込んだシーンだと思いました。
韓国では多くの人が観た映画ということなので、どう受け留めたのかが気になります。
このシーンだけでも、当時の政治情勢で朝鮮が独立を維持することは難しいと解るのではと思います。
ChatGPTに「日本が朝鮮を併合しなければ、現在の朝鮮半島はどうなっていると思いますか」と訊いてみました。
回答されたシナリオは4つ。
①ロシアの衛星国(可能性:高) 親露政権、後にソ連化の可能性も
②中国の影響下(可能性:中) 清国の属国的立場の継続
③独立国家として存続(可能性:低) 自主改革は困難、政情不安定
④冷戦で南北に分断(可能性:中〜高) 別の形で分裂の可能性大
歴史モノではありません ノワール? 任侠モノ? サスペンス? あたりと思えば そこそこ楽しめるかも でも本質はアン•ジュングンの英雄譚(韓国の皆様にとっての ですが)
この映画は、1909年10月26日、当時ロシアの管轄下にあった清のハルビン(現在の中国黒龍江省ハルビン市)のハルビン駅にて、日本の元総理大臣 伊藤博文が大韓帝国(当時)のアン•ジュングン(安重根)に暗殺された事件を中心に、その前後の大韓義兵と日本軍の攻防を描いています。
一応、歴史モノの体裁はとっていますが、時代背景がほとんど描かれていませんし、話のディテールはほぼフィクションですので、ノワールとか任侠モノとかだと思って観るのがよいかと存じます。例えば、こんな……
数年前のR組との一大抗争に勝利したJ組はR組とは手打をしてそのシマの一部を譲り受け、勢力を拡大しつつあった。弱体化したK組に目をつけたJ組はその組織を骨抜きにし、ほぼ傘下におさめ、呑み込もうとしていた。だが、K組の存続を願う不満分子たちはJ組に対して抗争を仕掛けてゆく。多勢に無勢で形勢不利なK組不満分子たちは、J組最高幹部の伊藤元組長がR組の幹部に仁義を切りにR組のシマを訪れることを知って、R組のシマに潜伏しながら、伊藤元組長の暗殺を企てる。それを察知したJ組若頭補佐の森は抗争時に因縁のあったK組不満分子の急先鋒アン•ジュングン構成員の動きが気になって仕方がない。J組きっての武闘派でならす森はK組構成員たちの切り崩しに取り掛かる……
まあこういった話で全篇ほぼ、上で言うところのJ組とK組の攻防にさかれます。満州鉄道の列車内での攻防等、なかなかのサスペンス感もありますし、当時の街並みなどもうまく再現していて画力もそれなりにあります(画力に関しては調子に乗りすぎていて、満州ではあり得ない、別の惑星に来たの、これはひょっとしてSFのスペースオペラものなの、みたいな景色もあって残念な部分もありますが)。まあでも、一応、歴史に基づいた作りになっていますので、結局はK組のアンは伊藤元組長の暗殺に成功することはわかっているわけで、ノワールもしくは任侠モノとしては先の見えてる話をどう面白くするかが重要となってきます。そのあたりは暗殺後の後日譚みたいなのがラストに入っていて、なるほどノワールや任侠モノなら、こうなるよね、といった決着を見ることになります。まあB級ジャンル映画としてなら合格点をあげられると言ってもいいかとも思いますが、例えば、香港ノワールや日本のヤクザ映画と比較したらどうかとなると、それほど面白くもないか、あたりの評価になるのでしょうか。
でも、韓国の皆様におかれましては、なんと言っても、あの抗日運動の英雄アン•ジュングンについての映画です。きっとあのラストにはカタルシスを感じる人が多かったのではないかと容易に推察でき、結局は韓国の人々にとっては英雄譚としての意味があったということなのでしょう。それ以外の人たちには、ヒマ潰しとしてはそこそこ楽しめるサスペンス映画ということにしておきます。
何を描きたいかは理解できるが韓国国民にしか心情は伝わらないのではないか?
まず、本作への批判として、史実と異なる、捏造である、というものがあるがこれは言い過ぎだと思う。つまり本作はアン・ジュングンという韓国人にとっての義士の姿を通して独立運動への思いを語っていきたいという目的で制作されている。つまり個人像なり国家観なり歴史観なりを定めた上で様々な史料をつなぎあわせたフィクションであるわけでそれが許されないのならば「竜馬がいく」だって「坂の上の雲」だって否定されることになってしまう。
さて本作で注目すべきところは、ハルビンでの暗殺そのものではなくその前後にある。
最初の方で、大韓義軍が咸鏡水道に進出して日本軍と戦うところがあるが、そのような大掛かりな武力衝突は記録されていない。また劇中でムサンでの戦いがあったことも触れられているが(コン夫人の夫が戦死する)ムサンは慶尚南道なので南部で戦闘があれば当然記録が残っているはずだがそれもない。
要するに1909年の段階で朝鮮の独立を目的とした交戦集団が組織的に存在していたといいたいのである。もちろんアン・ジュングンの「大韓参謀中将」という肩書もそこに依っている。これらはアン・ジュングン自身の伝記(「獄中記」)に典拠してるわけだが。
そして、アン・ジュングンの処刑後に、チョ・ウジンが演ずるキム・サンヒョンに対して森中佐が接触を命ずる「キム・グ」という人物だが、この人は「金九」。1919年に上海で設立される大韓民国臨時政府の首班である。つまりアン・ジュングンをつなぎ目として独立運動が継承されていることを表現している。
だから、この映画の主題は、独立運動ないし抵抗運動が日韓併合以前の相当早い段階から民族の意思として「組織的に」始まっており、1945年に日本が連合国に敗れ韓国が独立するまで連綿と続けられたという歴史観にある。アン・ジュングンはキーマンの一人ではあるものの決して単独の活動家とかではなかった。彼はあくまで独立運動の組織の一人であったということである。
多分、韓国社会においても、アン・ジュングンはもちろん、初期の独立運動についてよく知らないという若い人が増えているのだと思う。そこを思い起こさせるための企画という意味合いが強いのだろうが、その心情は日本人としてはやはり共有できないなというのが正直なところです。
映画の他の部分については主題を伝えたいという気持ちが強すぎて、ドラマ演出にしてもモンゴルやラトヴィアでのロケ映像にしても皆、中途半端な印象を受けた。
最後に、韓国人の役者が喋る変な日本語だけど、朝鮮の人が聞くとああいうふうに聞こえるのだと思う。特に今回は軍人の会話が多いのだけど、妙に抑揚のない感じね。あれが冷淡で無慈悲な印象を与えるのでしょう。だから作り上げたいイメージとぴったりなので意図的にそうしているんだと思いますよ。
背景の薄い勧善懲悪
映像はすばらしい。
砂漠や凍った河の広大な景色や構図はもちろん
衣装、建物、内装の質感の作りこみがすばらしく、
茶、白、黒のような地味な配色のシーン多いが画面に見入ってしまう。
裏切り者を探す汽車のシーンは連結車両を活かした構図が面白い。
一方で、歴史認識や日本人役のカタコト日本語は脇に置くとして、
肝心な物語の構成やキャラクター造形が薄く、理解が難しい。
まず統治下で圧政に一般市民が苦しんでいる様を描いたシーンが無いので、
大韓義軍の彼らの動機が伝わらない。
(民族独立はわかるが、伊藤博文の過去の王による愚政の指摘に対する答えがない)
日本人の現地軍人は、わかりやすい単細胞な悪人すぎるし、
拷問シーンも苦痛、過酷さが伝わらず中途半端。
肝心なアン・ジュングンも高潔な英雄ならば、
そもそもなぜ政治的な交渉ではなく、暗殺という方法を選んだのか、
冒頭シーンの流れからすると、仲間からの批判を逸らすための
ターゲット設定のようにもみえてしまう。
映像の美しさでなんとか見続けられた映画でした。
一級のサスペンス映画、歴史劇として見るなら「要注意」
伊藤博文暗殺に至る「手に汗握るサスペンス」反日義兵の指導的地位に有るアン・ジュングンは、捕虜の釈放問題で仲間から嫌疑を掛けられる。その汚名を払拭するには何としても日帝の首領伊藤を撃たねばならない!しかし、仲間の中にも日帝の密偵の気配が・・・。舞台はウラジオストク、満州鉄道の車内、そして襲撃現場!裏切り者は誰か?武器の入手は出来るのか?襲撃方法は?・・・更に、義士アン・ジュングンを演じるのは、「私の名前はキム・サムスン」「シークレット・ガーデン」「アルハンブラ宮殿の思い出」なんと言っても「愛の不時着」のヒョン・ビン!何の文句が有ろうか?伊藤博文(リリー・フランキー)以外は韓国訛りの変な日本語・・・何て事は韓流ドラマでもう慣れっこ!実在しない森少佐の執拗な「アン・ジュングンはどこだ???」のリフレインが次第に心地よくなる。舞台も、美しく凍った豆満江(勿論、別の場所だろうが)、レトロ感溢れる満鉄の客車、ラトビアで撮ったロシアの町並み、そして史実ではあり得ないモンゴルの砂漠!・・・と、カメラマンの腕の見せ所も満載!
サスペンスやアクションとして見るのなら十分楽しめるが・・・但し!歴史劇として見るなら要注意で有る。砂漠のシーンだけで無く、登場人物も含めてかなりの部分でフィクションが入っている。やっぱりこれを、「伊藤博文暗殺事件」として見るのなら、しっかりと勉強する事をお勧めしたい。私も、ソウル南山にある「安重根義士記念館」(場所は何とあの「キム・サムスンの階段」を登り切った場所・・・分かる人にはワカル!)に行ったが、その「英雄視」ぶりは半端ない!昔、千円札になっていた伊藤を殺した人が、一方では義士として讃えられるには余程の理由が有ったと言うことだ。
日朝(韓)のボタンの掛け違い。遡ること、明治維新が成った直後、朝鮮と日本の間に起きた「書契問題」にそのルーツは有るのだろう。江戸時代、日本と朝鮮との関係には通信使の来訪は有ったが、直接には対馬藩が窓口となり日常的な国家間の交流は無かった。それが、明治維新を契機に正式な外交関係を持とうと日本側が文書を送ったのだが、それを受け取って貰えなかったと言う事件が「書契問題」だ。理由は、文書に「皇」の文字や「勅」の文字が有ったからだ。清国の冊封を受けていた朝鮮にとっては、この文字が使えるのは清国だけだと云う言う事だ。確かに、これを事大主義と言う事は出来るが、これが中華圏の国家存立の方法であった。更にやはり未だ朝鮮は、鎖国を解いていないと云うことも理由として挙がった。遠くない昔、砲艦外交によって国を開いた日本では、同じ方法をとってまで朝鮮を開国させようという機運が高まり「征韓論」にまで発展した。その後、江華島事件で事実上の「砲艦」による条約締結があり。その次に起こる、日清(朝鮮の脱冊封化=独立)・日露(大韓帝国の利権の所在を問う)の戦役では、朝鮮・・・後の大韓帝国を入れる事も無く、下関・ポーツマスの条約が成立するに至る。朝鮮は日本の意志によって冊封国から独立国、独立国から保護国へと変質し、常にそこには伊藤博文という存在が有ったのだ。
伊藤は、日韓協約締結時にこう言っている。
「現に韓国人未開なりといえども、之を侮辱し之を 瞞着(まんちゃく)するは、決して我が陛下の大御心にあらず、宜しく之を指導してその発達を期せざるべからず。今や列国環視の際なれば、若し之を侮辱するが如き事あらば、直ちに我が国威を失し我が国家の不利益言うべからざるものあらん。故に予は新条約の遂行に㐁巡せざりしと同時に、韓人の境遇に対して真に胸中万斛ばんこくの涙なき能はず。諸君も宜しく深く陛下の大御心の存する所を奉戴ほうたいし、能く韓人を保護し、之をして存立せしめざるべからず」
これでも何と不遜な態度と思うが、自身が統監となって弾圧をしても義兵運動は止まず、人心の掌握は出来ず、大韓帝国皇帝の高宗自らが協約の無効を世界にアピールするに至る。その後、三次協約で性懲りもなく内政への関与を深めるが、その時はこう言っている。
「要は最初に韓国の独立を承認したるは日本にして韓国人にあらず。韓国が今の如く自ら独立する能わずんば日本はその承認を取り消すに至ることあるとも、韓国は何等の異議を挟むを得ずと言うにあるなり」
「世界の大勢を見よ。いかなる強大国といえども今日は未だ一国をもって世界の太平を維持する能わず。・・・これ同盟国の必要なる所以にして、もし一衣帯水を隔つる韓国に他国の一指を染むるを許さんか、日本の独立を危うする恐れあり。日本は断じて韓国の日本に背くを許す能わざるなり。しかれども日本は非文明、非人道の働きをしてまでも韓国を滅ぼさんと欲するものにあらず。韓国の進歩は日本の大いに望む所にして、韓国はその国力を発展せしむるため勝手の行動をなして可なりといえども、ここに唯一の条件あり。曰く韓国は常に日本と提携すべしという事これなり」
伊藤は、この時点ではまだ統監としてやっいけると思っていたようだが、同時にこうも言っている。
「韓国に関する条項は本条約中に規定し、之に加うるに本野公使の稟議の如く公文を交換して、[将来の発展]なる語は[アネキゼーション]迄も包含する旨を明らかにするを最も得策なりとす」という意見を述べ、「韓国の形勢今の如くにして推移せば、年を経るに従って[アネキゼーション]は益々困難なるに至るべし。故に今日において我が意思の在る処を明らかにし、予めロシアの承諾を得置かざるべからず」
アネキゼーションとは「併合」の事である。これが伊藤の対韓国政策である。これに対して、義兵の一人として一矢報いたのがハルビンでの事件である。勿論、これを暴挙と見るか義挙と見るかは色々な考え方が有るとは思う。
最後に、伊藤の師匠にあたる吉田松陰の言葉を記しておこう
・今急いで軍備をなし、そして軍艦や大砲がほぼ備われば、北海道を開墾し、諸藩主に土地を与えて統治させ、隙に乗じてカムチャツカ、オホーツクを奪い、琉球にもよく言い聞かせて日本の諸藩主と同じように幕府に参観させるべきである。また朝鮮を攻め、古い昔のように日本に従わせ、北は満州から南は台湾・ルソンの諸島まで一手に収め、次第次第に進取の勢を示すべきである。
・朝鮮と満州はお互いに陸続きで、日本の西北に位置している。またいずれも海を隔て、しかも近くにある。そして朝鮮などは古い昔、日本に臣属していたが、今やおごり高ぶった所が出ている。何故そうなったかをくわしく調べ、もとのように臣属するよう戻す必要があろう……。
(以上「幽囚録」より)
韓国の近代史はやはり興味深い!
伊藤博文の暗殺は勉強不足であまり詳しく知らない。特に韓国側の犯人の事は。アン・ジュングンや仲間達の行動がどこまで史実でフィクションなのかもよくはわからない。
韓国からしたら侵略してきた日本は憎むべき国で悪く描くのは当然だろう。日本もどの戦争にしても自国の行った残酷な部分は隠している事もあるだろうし、教育の場面でも語っていない事もあるだろう。だから日本を悪く描いた他国の映画でも観るべきだよな、と私は思う。終戦を迎えるこの時期、戦争に関わる映画も増えるから、辛いけど、色々観るべきだよな。
韓国軍の日本軍の泥まみれの闘いはなかなかの迫力だったし、氷の上を歩く場面や砂漠を馬で走っていくところとかも絵的にも見応えあり。
出演者もヒョンビンはじめ良かった。チョン・ウソン、好きな俳優さんだけどわかりませんでした。伊藤博文のリリーさん、ちょっと線が細くない?と心配でしたが、やはりリリーさん、さすがです。しっかり伊藤博文でした。
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