劇場公開日 2025年6月27日

「おみくじで「中吉」が出てきた時くらいのささやかな幸せを感じられる作品」フォーチュンクッキー Tofuさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 おみくじで「中吉」が出てきた時くらいのささやかな幸せを感じられる作品

2025年6月29日
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鑑賞方法:映画館

日本の焼肉屋で食後に飴やガムをもらう感じで、アメリカの中華料理屋で食後にもらうのがフォーチュンクッキー。ずっと中国の風習なのかと思っていたら、どうやらそれを考えたのは、神社の「おみくじ」にヒントを得た日系人だったという話を聞いたのはずいぶん後年になってから。

そして、原題のフリーモント(Fremont)は米国カリフォルニア州の地名。サンフランシスコとサンノゼの中間地点に位置するベイエリア第4の都市で、アフガン難民が多く居住しているそうだ。

祖国で米軍の通訳をしていた主人公のドニヤは8ヶ月前にアフガニスタンから逃れてアメリカにやって来て、フリーモントのリトル・カブールに住みながらベイエリアを走る高架鉄道BARTでサンフランシスコのチャイナタウンにある手作りフォーチュンクッキー工場で働いているが、祖国での体験のPTSDのために不眠症に悩まされ続けている。

劇中には説明がないが、なぜドニヤの不眠症なのかを理解するためには、少なくとも、2001.9.11後のアメリカによるアフガン侵攻によってタリバン政権が崩壊し、その間には教育を受ける権利を含めた女性の人権も認められていたが、再びタリバン勢力による2021年のカブール陥落と米軍撤退によってイスラム原理主義が政権を奪取し、親米派の人々が命の危険にさらされた、という現代史の基本は最低限押さえておく必要があるだろう。

初めはクッキーの袋詰め作業などをしていたドニヤがクッキーに入れる「占い(メッセージ)」を書く仕事を任され、メッセージの中に自分の電話番号を忍ばせたことから話が展開し始める……。

全編モノクロで、スクリーンのサスペクト比も正方形に近く(アナログのテレビ画面くらいに)なっていて、ドニヤの閉ざされた精神状態を象徴的に表しているようだ。

しかし、クッキーのメッセージを考えるために周囲の出来事を見渡し、人々を観察するようにし始めることで、次第に彼女の心が僅かずつ開かれ始める。

そんなに大きな出来事は起きないのだが、精神科医とのカウンセリングや人との出会いを通じて、当初はほとんど感情を表さなかったドニヤの表情が少しずつ豊かになっていき、話す言葉数や中身も変容してくる。

そんな過程は、戦争体験や難民の生活といった極限の経験をした人にのみの話とは限らず、留学や仕事での海外赴任などの際に多くの人が経験するカルチャーショックと回復、そして、その後の文化変容などとも、実は、かなり近いのではないだろうか?(その意味では、国内でも見知らぬ土地への赴任や遠く離れた地域への大学進学などにも共通するだろう。)

閉塞感に苦しみながら生活していても、おみくじで「中吉」が出てきた時くらいのささやかな幸せみたいな、ちょっとしたキッカケで光が見えてくることもあるのかも知れない。

Tofu