「追う者と追われる者、交錯する両者の思い。」脱走 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
追う者と追われる者、交錯する両者の思い。
自由のない北朝鮮での暮らしの中でかつて少年たちは夢を抱き続けた。一人は幼い頃探検家を夢見て、そして家族を失いもはやこの国で失うものもなくなった彼は脱北を決意する。一人はその高い地位に縛られるがゆえにピアニストへの夢をあきらめ、そして裏切り者を捕らえるために脱北を阻もうとする。
追う者と追われる者を描いた傑作は過去にも多い。「アポカリプト」や「ザ・ハント ナチスに狙われた男」のように追われる主人公を執拗なまでに追跡する追手の脅威。観客はその息をもつかせぬ追跡劇に、その疾走感に酔いしれる。
その点では本作は追跡劇が後半に固まっていて、予告編から想像していた「哀しき獣」や「アポカリプト」のようなノンストップアクションを期待していただけに少々期待外れではある。
本編が始まってすぐさま脱走するかと思わせてのその展開の速さに驚かされたが、それは単なる脱走の下見。地雷原の地雷の位置をマーキングしたりと逃走経路を周到に準備する徹底ぶりにこの後の展開に期待が膨らむ。
しかし、脱走を知った部下から同行を懇願され、脱走計画は水の泡となりもはや処刑を待つ絶望的状況に。その後も思いもよらない展開が繰り広げられていく。
中盤、主人公たちを助ける流浪の民として出てきた反政府組織みたいなグループ、いままでそんな存在は聞いたことがない。確かに「新朝鮮」なる反体制活動家グループがいるとは聞いたことあるが、あんな立派な銃で武装した連中がいるとはとても思えない。野盗みたいなものなのだろうか、その点では少しリアリティに欠けるような気もしないでもない。
しかし本作の特筆すべきところは否応にも追う者と追われる者という立場に置かれた両者の人間関係を描いたところにある。作品は主人公ジェフンとギョファン両者の思いを軸に展開していく。
追われるジェフンは自分を追うギョファンをかつては兄貴と慕い、ギョファンもジェフンを目にかけていた。そのためにギョファンはジェフンに恩赦を与えたのだがしかしそれでもジェフンの脱北の決意は固い。そしてその彼の意志を強固にしたのがギョファン自身であった。
「無意味な人生を送ることを恐れよ」、探検家の伝記に記されたその言葉はギョファンがジェフンに贈った言葉であった。そしてそれはギョファン自身の思いを記した言葉とも思われた。
高位の軍人の家庭に生まれたギョファン。かつてはロシアへ留学し、ピアノの腕を磨いた。しかし彼の生まれがピアニストになる夢を奪った。彼はこの国ではなんの不自由もない暮らしができるエリート層ながら皮肉にもその地位が彼の夢を阻んだ。
逆に貧しい庶民の出のジェフンは家族もいない天涯孤独の身。彼の夢を阻むものはなかった。脱北を阻む軍による追跡をのぞけば。
目にかけてやった自分を裏切り脱北をはかるジェフンを執拗に追うギョファン。しかし、ギョファンはジェフンをいくらでもとらえるチャンスがありながらもすんでのところで取り逃がしてしまう。
彼には常にためらいがあったはずだ。逃げようとするジェフンの姿に自分を重ね合わせていたはずだ。自身を縛り付ける地位も家庭もなければ自分も夢を追って脱北していたかもしれない。しかし彼の生まれがそれを阻んだ。自分が脱北すれば自分の家族はどうなる、高い位にいる父の立場は、生まれてくる子供は。彼がそれを捨てて脱北することはかなわぬ夢であった。
だからこそ失うものもない夢だけを追い求めることができるジェフンに自分の思いを託していたのかもしれない。逃げるジェフンを追い続ける中で彼の心はどこかで逃げおおせてくれという思いと逃してはならないという思いで板挟みにあっていたはずだ。いつしか逃げる彼の姿に自分を重ね合わせていたはず。俺は全力で追う、その追跡から見事に逃れてみせろ。そんな思いがギョファンから終始感じられるようであった。
軍事境界線に辿り着き、もはや韓国の領土が目の前というところでジェフンの前に立ちはだかるギョファンは銃を向けて言う。南はお前の思ってるような国ではない。夢のような楽園ではないんだ。
確かに韓国とていまや経済格差によりけして誰もが何の不自由もない暮らしができるわけではない。しかしそれはおそらくギョファンが自身の脱北への思いを封じるために自分を納得させるために言い聞かせてきた言葉であったはずだ。
そしてジェフンはギョファンに答える。それでも南では失敗することができる。何度失敗しようが命までは奪われることはないんだと。その言葉に返す言葉もないギョファン。
トンネルを抜けて境界線を越えようとするジェフンを撃つギョファン。しかし最後のとどめを刺すことはやはりできない。
失敗しに行けと言わんばかりに彼はその場を立ち去る。もう一人の自分ジェフンに彼は自身の希望を託したのだろう。ギョファンはジェフンを自由にしたことで彼自身を縛りつけていた何かから少し解放された気がしたに違いない。
追う者と追われる者、それはけして敵同士ではなく同じ思いを抱きあう同志たちだった。共に自由を奪われた者同士のそんな切ない追跡劇は幕を閉じる。
主人公を演じたイム・ギュナムも良かったが、よく脇役で見かけるリ・ヒョンサンがとてもいい役を演じていた。声に特徴がある役者さんなので名前がわからなくてもすぐ彼だとわかる。
この日に見た映画はすべて韓国映画でどれも面白かった。拾い物としては「プロット」がおすすめ。ここの評価低めだけどかなり完成度の高い作品。
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