黒い瞳 4K修復ロングバージョンのレビュー・感想・評価
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人生の苦味を噛みしめる
1987年の作品なのでこの時、マストロヤンニは63歳。「甘い生活」から20年。イタリアの伊達男もさすがに年相応に老け、かといって不良老人とかいった感じでもなく、ちょっとおしゃれな年寄りといったところに外見的には着地しているところが好ましい。
ロマーノはともかく人生の岐路で必ず判断を誤る。特に気が弱いわけではなく計算高いわけでもないが大事なところでもう一押し、もうひと頑張りが利かず、一生の後悔を残す。これは誰にでも覚えがあるところで年長者であればあるほど既視感が強くなるかもしれない。それだからこそ10代、20代の頃に観てもピンと来ない作品なのだろう。
客船の食堂で話は始まり、同じ食堂で終わる。起承転結が食堂の中で語られ落ちがつく。食堂での2時間くらいのうちにロマーノの人生がほぼ振り返られるわけで(イタリアの大邸宅でのパーティーや、ロシアでのどたばたなど)それは甘くそして苦い。この味を出せるのは確かにマストロヤンニしかいないのだろう。
音楽はフランシス・レイ。
映画の中にロマの人々が登場するので意識はもちろんされているようだが、イェウヘン・プレゼーンカ作曲の名曲Dark eyesそのものの旋律は直接的には出てこない。
破産した妻に嘘の告白をするまで、凡作とは思わないがせいぜい佳作だと思っていた。
本当にマストロヤンニの演技は素晴らしい。三島由紀夫や辻󠄀邦生と同年で、今年生誕100年となる。(私事だけど、母も生きていれば100歳)
若い頃は普通の美男子だった。歳を重ねると硬軟どちらでも演じる貴重な役者となった。フェリー二は
マストロヤンニを自分の化身のように考えていたのではないか。
タイトルにあるように、終盤まで佳作程度の作品だと考えていた。勿論、マストロヤンニの演技は文句無しだし、笑える場面も一杯ある。しかし、嘘の告白以後の物語は、人間の悲喜劇の重みがまし、綱渡りで一歩間違えれば「谷底の人生」を思い起こせてくれる。もしかして、ロシア商人の妻は?
とか、マストロヤンニは最後まで、でまかせの又嘘八百のペテン師を演じ、チェーホフの世界そのものではないかと私を感動させた。
時を経るごとに美しくなるアンナ
イタリアの上流階級の邸宅でのパーティー場面は豪奢そのもの。衣装、アクセサリー、緑溢れる広大な庭、沢山の執事やらメイド、ゴージャスな革張りの車椅子。そんな中で居場所がないのか、そういう奴なのか、ひたすらおちゃらけているロマーノ(マストロヤンニ)は、銀行家の娘と結婚して25年たっても未だ姑から陰で文句を言われている。妻エリザ(マンガーノ)にも呆れられているロマーノは浮気男でもある。このあたりの描写は笑えるが長く感じられて最後まで見ることができるか不安になった。
金持ち向けの湯治場へ赴いたロマーノは、ロシアの貴婦人、アンナと出会う。足が不自由で(嘘)という彼に腕を貸すアンナ。彼女は若くて華奢で笑うのが好きでちょっと憂鬱な風情で小犬を連れている。彼女に恋したロマーノはアンナとついに心を通わせた。が、枕を涙で濡らし涙を拭った指で壁に痕をつけたアンナは、手紙を残してロシアへ帰る。ローマに戻った彼はロシア語で書かれたその手紙を訳してもらう。恋文だった。俄然、生きる意味を見い出したロマーノはアンナに会うためロシアへ!
ロシア到着後は、役所や書類のたらい回しが続きこれはカフカか?と思い、ようやくアンナが居る筈の小さな田舎町に到着したら村をあげての大歓迎(「この村に来た初めての外国人さん!」)これは「8 1/2」か?工場を建てる建築家という触れ込みで来たロマーノだから村は嬉しい、一方でイタリアに2年留学していた学生からは、工場はこの村に建てないでくれと懇願される;工業化による自然破壊の問題と未来を憂う学生の訴えから、チェーホフの『ワーニャおじさん』を思い出した。ロシアの美しい自然に溜め息が出た。
効果的に繰り返されるモチーフ:キラキラ光る紅茶カップ、複数のコップを載せたトレーを手で不安定に運ぶ場面、帽子が風に吹かれて飛ぶ、名前が何度も言及されるアンナの小犬「サバーチカ」、ロマの人々の歌と踊りと色鮮やかな衣装、母親の子守歌。枠内物語のすっとぼけたマストロヤンニ、枠部分はクルーズ船内のレストラン;ハネムーン中の男性が
話すイタリア語のロシア語なまりに惹かれて、彼一人を相手にロマーノは自分の来し方を語る。素晴らしい枠構造の映画、最後まで見ることができて満足した。
映画の終わり方が公開時と異なるらしいが、初見なのでどちらがいいかなどの判断はできない。言えるのは、コメディに徹するマストロヤンニを押し出していて、物悲しくても空っぽでも、決断できなくても、人生は生きて行かなくては、というメッセージが込められているようだった。最後に映されるアンナの美しさに息を呑んだ。
約40年ぶりの鑑賞
1987年の作品なので約40年ぶり、大学生の頃に観て、映画の面白さや奥深さ、国や民族を超える感動というものを教えてもらった作品でした。
ロシアの文豪チェーホフ原作、ソ連の気鋭ニキータ・ミハルコフ監督、イタリアを代表するマルチェロ・マストロヤンニ主演という超豪華な布陣。
チェーホフの作品は、人生の諦観をベースとした作風のものが多い気がしますが、この作品も正にそれ。恋愛もののようで、人生というものの味わい深さ、思うままにならない辛さ、そしてそれを抱えながら生きる人間の心模様といったものを、少しコミカルさも交えながら美しく描いていると思います。
40年ぶりに観たら、「こんなに明るい雰囲気の映画だったっけ」と、ちょっと意外に思いました。主人公が、温泉保養所で別れてから忘れられない女性を探して、ロシアの地方都市を旅するシーン、そこで出会う人々や賑わいなどがかなり時間を取って描かれていて、その部分は記憶からだいぶ抜け落ちていました。
4Kデジタルリマスター版(さらに未公開部分も追加されたバージョン)を公開してくれてありがとうございました!20 代の頃に感じた感動を、40年の時を経て再び感じる機会があるとは、想像してませんでした。
サバーチカ
口からでまかせの嘘を吐いて道化のように浮世を流してきた男ロマーノが、ふと船上で出会ったロシア人に身の上話を語り始める…。この入れ子構造を巧みに生かした脚本が見事というほかない。チェーホフのささやかな短篇からこの壮大な物語を紡ぎ出した手業は賞賛に値する。
小心で小鳥のように純真なアンナの造形も魅力的だ。郷里でロマーノに再会した時のうろたえぶりが尋常でない。それだけに彼女が一生に一度の決断をしたのに、またしても流れにまかせて約束を違えたロマーノの罪はあまりにも深く重い。
最後にロマーノは自らの人生の来し方に悔恨の情に駆られ、慟哭する。
映画はそれに追い討ちをかけるように残酷なラストを用意する。
25分追加したロングヴァージョンとのことだが、どの部分が追加されたのかはよくわからなかった。ただ、ラストは従来の方が余韻があって良かった。このあとにどれだけの修羅場が訪れることか(それは映さない)。美しく恐ろしいラストシーンだ。
ロマーノが馬車の荷台でまどろみながらロシアの朝霧の中を揺られて行く画面に、包み込むように子守唄が流れるシーンはため息が出るほど素晴らしい。
ニキータ・ミハルコフの、いつまでも心の隅にとっておきたい名品である。
(彼は今のロシアの現状をどう思っているのだろうか?)
マストロヤンニの軽妙洒脱で老齢なのにどこか可愛らしいたたずまいと、大人の哀愁漂うストーリーにすっかり魅了。
イタリア映画史の伝説的名優マルチェロ・マストロヤンニ生誕100年を記念して第40回カンヌ国際映画祭で男優賞受賞、米アカデミー主演男優賞にノミネートされたマストロヤンニ後期代表作『黒い瞳』(1987)が38年の歳月を経て、何と4K修復、さらに約25分のシーンが追加されたロング・バージョンで5月30日から公開。
早速、Bunkamuraル・シネマ渋谷宮下さんへ。
『黒い瞳』(1987年/118分(ロング・バージョン143分))
本作との出会いは確か高校時代。
フジテレビの深夜不定期放送だった「ミッドナイトアートシアター」でなにげなく流れていた本作でのマストロヤンニの軽妙洒脱で老齢なのにどこか可愛らしいたたずまいと、大人の哀愁漂うストーリーにすっかり魅了されました。
本作以降、ジュゼッペ・トルナトーレ監督が『東京物語』(1953)へのオマージュとして監督した『みんな元気』(1990)や、ジャック・レモンと共演した『マカロニ』(1985)、
ナスターシャ・キンスキーと共演した『今のままでいて』(1978)など後期作品ばかり鑑賞。『甘い生活』(1960)、『8 1/2』(1963)、『ひまわり』(1970)など二枚目プレイボーイ時代の初期作はちょっと難しそうと敬遠、ずっと後になって鑑賞、どれも名作で若いうちに観なかったことを後悔しましたね。
本作は未配信、セルも長らく廃盤、レンタルもDVD、Blu-rayはリリースされずVHSのみ。数年前SHIBUYA TSUTAYAのVHSコーナーで奇跡的再会、すぐにビデオデッキ本体とセットでレンタル、経年劣化で激しい砂嵐のなか、何とか視聴した思い出があります。
そんな思い入れの強い貴重な作品が4Kに修復、さらに25分の追加シーンで公開されるなんてたまらなく嬉しいですね。
(ネタバレあり)
ストーリーは実に情緒的で哀愁と悲哀が漂うロシアの文豪アントン・チェーホフの短編を基にした大人のおとぎ話。
アテネからイタリアへ向かう客船。
ロシア人商人のバヴェルがひと気のない食堂に入ると、窓際のテーブルでワインを飲む初老の男ロマーノ(演:マルチェロ・マストロヤンニ)に話かけられる。
男はバヴェルがロシア人と分かると、自分の身の上話を語り始める。
自分は田舎食堂の末っ子で、建築家になるため進学したが、大学で出逢った大銀行の一人娘エリザと恋に落ち、両親の猛反対から駆け落ちも考えたが、エリザの父が急逝、エリザが継ぎ、自分は経営にも関わらず建築家の夢も捨て何不自由ない裕福だが無為な人生を過ごす。
彼女と大喧嘩後、身を寄せた湯治場で貞淑なロシア女性アンナと知り合い恋に落ちる。
アンナは家族を養うため意に染まらぬ親子ほど年の離れた男性と結婚したことを告白。
告白したのも束の間、ロマーノへ愛が綴られた一通の手紙を残して消えてしまう。
ロマーノはアンナを探し求めて身分を偽りロシアへ入国、苦難の末に彼女と再会。
エリザと別れ再びアンナを迎えに来ることを約束し帰国。
帰宅すると銀行は破産、屋敷や家具は売り払われ、失意の底のエリザにロマーノは別れを告げられず元の鞘に収まるが、ロシアで待ってくれているアンナには何も伝えられずじまい。
その後、エリザの叔父の莫大な遺産を相続、元の生活に戻ることに。
一通りロマーノの身の上話が終わるとバヴェルが堰を切ったように自身の身の上話を語り出す。
自分も猛烈に恋をしたロシア女性がいて、8年間で7回プロポーズしたがなかなか彼女が彼の気持ちに応じてくれない。
ようやく「愛することはできないが、貞節は守る」と告げられ結婚したがそれでも幸福だ、ちょうど今甲板で待っているので紹介したいと話す。
二人の会話の最中に食堂スタッフがロマーノに「そろそろ店が開店するぞ」と叱責する。
そう、ロマーノはエリザと別れ、今は客船の食堂で細々とウエイターとして働いていたのだ。
そして、バヴェルが甲板に迎えに行った、海風にそよがれた麗しく貞淑な女性はあのアンナだった…。
何度観直しても情緒的でほろ苦くペーソスあふれる大人のおとぎ話の傑作ですね。
確か公開版のラストは甲板にたたずむアンナのズームアップで終わるはずが、今回はバヴェルとアンナが二人で食堂に入り、アンナを見たロマーノが驚きお盆をひっくり返すラストに変更されていました。
これはこれで想定されるラストで良いのですが、個人的には公開版の方が想像力をかきたてられて好きですね。
いずれにしても名作です。
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