劇場公開日 2025年6月27日

「「何のために走るのか?」」映画「F1(R) エフワン」 neonrgさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 「何のために走るのか?」

2025年6月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

F1マシンの加速、振動、轟音が五感を突き上げるように迫ってくる映像体験は、IMAXならではでした。視覚と聴覚を通じて「なぜ人は走るのか」という問いを描き出す本作は、現代的な「身体を通して実存を探る旅の映画」と言えるかもしれません。

主人公ソニーを演じるのは、与えられた任務を確実にこなす“仕事人”ブラッド・ピットです。彼が演じるソニーは、どのレースカテゴリにも定着せず現場を渡り歩き、ただひたすら「チームを勝たせる」ために動く男として描かれます。目的は一貫しており、チームの勝利がすべてです。それ以外のすべて──自身の成績や名誉、評判、社会的評価、倫理的なイメージ──は「ノイズ」として切り捨てられていきます。

彼の姿勢は、戦術的には極めて合理的で、倫理的な判断さえも結果によって正当化されるという、徹底した「実務の倫理」に立脚しているように感じます。しかしそれは同時に、「なぜ走るのか?」という実存的な問いも浮かび上がらせます。彼が走る理由は、あらかじめ答えを持っているからではなく、むしろその問いを探し続けているからだと受け取りました。この構造が、老境に差しかかったブラッド・ピット自身の俳優人生とも重なり、ある種のメタ的な深みを感じさせました。

構成的にも中盤までテンポが良く、冗長さも感じませんでした。最終レースへ向かう流れも自然で、これまでの伏線がしっかりと回収されていきます。ただし、ラストがやや“綺麗にまとまりすぎた”印象もありました。ハッピーエンドはこの映画の性質上、確かに正解であり、エンターテインメントとして成立しているとは思います。ただ、個人的にはソニーが死ぬか、あるいは死を予感させるような曖昧なラストの方が、より強い余韻を残したのではないかと感じました。

実存の深みを予感させながら、あくまで現代的エンターテインメントとしての着地を選んだ本作は、映像技術と哲学的主題のバランスを絶妙にとっているように思います。完全な答えではなく、「問い続けることの尊さ」にふれた作品として、印象に残りました。

IMAXで鑑賞

82点

neonrg