愛されなくても別にのレビュー・感想・評価
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重苦しいテーマだったけど😒
現代社会の問題点をこれでもかっていうくらいに鋭く、そしてリアリティにも富んでいるから、最後まで飽きることなく、観ることができました☺️
この作品を観ていると、少子化、少子化と叫ばれる昨今ではありますが、経済的な理由や子供が嫌いな大人、子育てに向いていない大人が無理して子供を作っても、親子共々不幸になるだけだから、やめれってつくづく思います😌
まだ、本人かどうか確定ではないみたいですが、自宅から死体が発見された某女優さんもある意味、毒親の犠牲者だし、ホントにつくづくそう思います😌
まあ、そうすると、未来がジジババだけの世の中になってしまって、若者が疲弊する一方ですし、それを避ける意味でも、自分も含めて、子孫がいない大人は、誰にも迷惑かけることなく、自分が希望した時に安らかに旅立てる世の中が早く来てほしいと切に願わずにはいられません😞
それにしても、南沙良のお母さん役の女優さんは「あんのこと」でも河合優実のお母さん役を演じていて、いよいよ毒親の女王の地位を確立しつつあるなと思いました😁
かなりストレートな物語
三者三様の毒親からの解放
同じ大学に通う宮田(南沙良さん)、江永(馬場ふみかさん)、木村(本田望結さん)。それぞれタイプは異なれど、毒親のもとで育った共通点がある。この三人の出会いと衝突、交流を通じて毒親からの自立が描かれていく。
宮田は毎日コンビニで夜勤し家計を支えている。母親は恋人を連れ込んで昼間から飲み、臆面もなく情事に励む。まるで映画「あんのこと」だが、宮田はストレスがたまると薬物ではなくトイレの芳香剤に依存している。母親の世話や家事から逃れられない堅気さを象徴しているようだ。
そんな宮田は同じコンビニのバイトで江永に出会う。江永の親は交通事故で死者を出し、江永はその遺族から命を狙われている。父に性的に虐待され、母に買春を勧められた江永の不幸度合いは宮田の比ではない。
二人が互いの境遇を分かち合うなか、登場するのが木村だ。過保護の親から逃れるため新興宗教にはまる木村のことが気になり、宮田と江永は一緒に教祖様に会いに行く。
宮田にとって木村は、「恵まれた大学生」の代表のように映るのだろう、その程度の不幸で宗教にはまっている場合ではないと感情を爆発させる。しかし木村が「不幸の大きさを比べないで」と言い返すのも正論だ。江永も、実は不幸自慢に陥っている宮田を静かに諭す。
宮田が木村を気にするもう一つの理由は、「内心では疑っているのに宗教(母親)にすがりついている」のは同じだから。この衝突を通じて、宮田がひそかに抱えている母親への呪縛が解かれていく。
三者三様の不幸が互いに照らしあう中で、江永が抱える虚無や、その反面での達観した境地、包容力は魅力的だ。「生まれたときからクソな人生」とうそぶく江永の横に座り、たたえる宮田。江永はわりと月並みな褒め言葉に飢えているのだ。
終盤、夏の暑そうな江永の家で、交互に映される二人の飾り気のない寝顔。素の状態を見せ合えるようになった二人の関係を表しているようだ。
前半は、宮田のヤングケアラーぶりの描き方があまりに生真面目で、映画になかなか入り込めなかった。閉塞感を描くためでもあるのだろうか。中盤以降はやはり宗教の話がよいアクセントとなり物語が動き出した。
教祖宅の呼び鈴を鳴らし「73番、木村です」とあいさつするのに対し、江永が「刑務所かよ」と茶々を入れる。このように、人物が自然に動き出すような「遊び」がもう少し欲しかった気がする。
愛されなくても“別に”
愛についての作品でありながら、別に。で締めてるのがリアルでいいなと思った。
共依存からの独立と受け取りました。
宮田、江永、木村。
3人それぞれの経験をコンプリートしてしまっている自分は映画作品に対しての純粋な感想としてこれを投稿できない。
それは申し訳なくも思う。
そして、この3人の苦悩が理解しづらい人たちの評価はある意味正しいのだと思う。
わからない人たちにそれを十分に伝えることが出来ていないということだから。
宮田の芳香剤のくだりはリアルに表現したらリスカ、アムカになっただろうなとか、映像作品にするために表現を変えているであろう部分も見受けられた。
(本当に芳香剤で安心する人もいるだろうけど)
木村の苦しさは分かりづらい人が多いかもしれない。
外の世界での飛び方を教われずに、それどころか挑戦を何度も邪魔されては鳥籠の中に戻され、大切に(笑)育てられたペットのようなもん、なんだと思う。
遊んでる最中に親が出張ってくる子に友達なんかできるわけないし、友達もできなくて親に囲われてたら社会性なんてなんも育たないんだよな。この手の親はそもそも親本人に友達がいないからずれているし。
社会動物として致命的な欠陥だからこそ、コスモ様に縋ってしまったのだろう。
過干渉の猛毒はこういうところにある。いわゆる無敵の人の親に多い。
題材的にはこの作品が評価されてしまうことが悲しくもある。一定の共感を生んでしまっている社会であるということだと思うから。
しかしながら各俳優の演技もよかったと思うし、題材だけで評価されているとも思わない。
最初は堀口って必要か?モブでよくないか?と思っていたけど、舞台装置として機能していたようにも思う。
自分はこの作品が好きです。
見てよかった。
「愛されること」を、否定したいのか肯定したいのかがよく分からない
毒親に虐げられてきた女子大生たちの物語なのだが、母親の復讐のために登場人物の1人を殺そうとする男が出てきたり、愛されることの大切さを説く新興宗教の教祖様が出てきたりと、どうにも話が散漫で、なかなか焦点が定まらない。
台詞の中には、「愛されることは呪い」だとか、「不幸比べをしていると自ら不幸になる」だとか、「愛されなくても幸せに暮らせればいい」だとかの印象的なフレーズがあるものの、どれも表面をなぞるだけで、深みが感じられないのは残念としか言いようがない。
母親から金銭的に搾取されている主人公や、過干渉の母親によって支配されている同級生については、「確かに、こんなことで苦労している若者はいるのだろうな」と思えるのだが、父親が飲酒ひき逃げ犯で、母親に売春を強いられたことのある友人の境遇は別格で、彼女の両親だけが画面上に姿を現さなかったこともあり、リアリティを感じることが難しかった。しかも、そんな彼女が、働きもせずに、1人で大学に通っているという設定は、果たして必要だったのだろうかという疑問も残る。
タイトルや、物語の経緯からは、「愛されなければならないという強迫観念から解放されよう」みたいなことがテーマなのかとも思ったが、その割には、深い愛情で結ばれた主人公と友人のバディムービーになっていて、「人は一人では生きられない」みたいなメッセージが感じられるラストからも、結局、「愛されること」を、否定したいのか肯定したいのかが、よく分からなかった。
【”不幸中毒。けれど毒親に育てられても生きているだけで偉い。”今作は毒親に育てられたが故に死んだように生きていた女子大生二人が偶々出会った事で自分らしく生きる道を見つける希望溢れる再生の物語である。】
■遊ぶ時間も遊ぶ金もない。毒母(河井青葉)のために学費のため、家に月8万を入れるため、日夜バイトに明け暮れる大学生・宮田陽彩(南沙良)。
浪費家で昼間から酒をかっくらい、男を連れ込む母を抱え、友達もおらず、ただひたすら笑顔無くバイトシフトをギリギリまで入れて生きる陽彩。
そんな彼女の日常は、彼女よりも遥かに悲惨な毒親による人生を送っていた同級生・江永雅(馬場ふみか)と出会ったことで徐々に変化して行くのであった。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・序盤の展開は観ていてキツイ。宮田陽彩はいつ寝ているのか分からないくらいに働き、大学に行く笑顔無き生活を送っている。
そして、浪費家で昼間から酒をかっくらい、男を連れ込む母に対し、毎月8万円を入れているのである。
ー 毒母を演じている河井若葉さんは、「あんのこと」でも同様の毒母を演じていたが、実はとても心優しき女性であるらしい。今作でも後半、宮田陽彩に”ゴメンね”と言う姿が説得力があるのだな。
序に言うと、先天的に子供に対し毒を吐いてしまう親がいる事も事実らしい。あんまり、信じたくはないけどね。-
・陽彩が母と別れた父が養育費を毎月入れていた事を知る雨の日のシーン。男としては妻と別れたとはいえもっとしっかり管理しろよ!と思いたくなるのだが、ラスト近くでの父から20歳の誕生日を迎えた陽彩に送られたラインの”生れて来てくれて有難う”と言うメッセージは、チョイ救われたな。
■今作では江永雅を演じた馬場ふみかさんの演技が図抜けていたと思うな。酔っ払い運転で、人を轢き殺して逃げている父、その為に彼女は被害者の息子から二度殺されそうになるし、学内では”殺人犯の子”というレッテルを貼られて生きている。
そして、父と別れた母からは身体を売れと言われていた事も凄い。だが、彼女は生きているのである。例え、水族館の水槽の前で一人閉館時間まで佇み、涙を流していても。
・陽彩と雅の出会いのきっかけとなった、過干渉な母親から逃げるために、新興宗教に嵌る同じく友達のいない木村さん(本田望結)が、観ていて”一番危うい”と私は思ったかな。
今作で新興宗教団体に陽彩と雅を連れて行くシーン。陽彩は、女性教祖様の言葉にぐらつくのだが、雅は決然と教祖様に対し、悪態を付くシーンは爽快だったな。雅が地獄を見て、経験して育って来た事が良く分かるシーンであり、逆に劇中でも言われるように、母親から学費、住居費全てを送って貰っている木村さんが一番危ういと思ったのである。
九州から乗り込んできた母により、木村さんを連れて陽彩と雅は、木村さんの母が運転する車で教団を逃げ出すのだが、木村さんは途中でその車を降りてしまうシーン。彼女は教団に戻ったのだろうな。新興宗教団体って、ご存じのように心に空虚を抱える人が、嵌るモノだが、木村さんは嵌り、陽彩も嵌りそうになるが雅のお陰で、嵌らないのである。
雅の強さを表したシーンでもある。
<そして、陽彩と雅は長年の友人の様に、アパートの一室で同居生活を続けるのである。最早親友の様にね。
陽彩の20歳の誕生日のシーンも良かったな。二人はアルバイト先のコンビニで、酒を買い、明るい同僚の男性から笑顔で”年齢確認をお願いします。”と二人がそれまで何度もお客さんに言っていた言葉を言われ,確認ボタンを押して二人で仲良く夜の道を帰るのである。
そこに入った父からのラインメッセージ”生れて来てくれて有難う”は、娘を持つ男としては実は、チョイ沁みたシーンでありました。
今作は、毒親に育てられながら、死んだように生きていた女子大生二人が出会った事で、自分らしく生きる道を見つける、希望溢れる再生の物語なのである。>
夏にコタツ
愛されなくても、自分の足で立てば生きて行ける
毒親3人、相違点と言えば、そういう事だと。
にしてもですよ。あー南沙良ちゃん、またまた、と言うか久し振りに自転車二人乗りだよーw
「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」は、自分の中では青春映画の「基準」みたいなもんになってます。クライマックスの南沙良の絶叫自己主張ですよ。あれで、南沙良ちゃんにノックアウトされました。この子は凄いと。
誰にも愛されなくとも生きて行ける
と言う自己防衛の強がり。似たもの同士の女子を演じる、もう一人が馬場ふみかです。何か一皮剥けてる。知らないうちにw
主役二人の芝居が、とにかく良くって。色んな場面、セリフが刺さってしまう映画でした。
井樫彩監督は結構好きな監督さん。ギリ・レズ表現もお手の物でしょうか。
南沙良・山田孝之共演作があるらしいけど、広島には未だ来てません。見たいです。
思ったのは。
只今上映中のあれ、二番煎感しかないアレをカンヌに持ってくくらいなら、井樫彩監督作品の方が、全然良くね???
良かった。
結構。
祝二十歳の誕生日!
原作未読
「女子高生に殺されたい」の真帆さん「恋は光」の宿木嬢に「きさらぎ駅Re」の明日香さん出演で「あの娘は知らない」の井樫監督ということで観ました
細かいところで気になったことはありますが期待した以上に良かったです
(3人の女子大生)
宮田さんは毒親(母)に騙され搾取され生活費を月8万円渡すためバイトに明け暮れている
母が男を自宅に連れ込むの見てきたため?か人に触れることができず何故かトイレの芳香剤が手放せない
宮田さんと江永さんはコンビニのバイトの同僚ですが親しくはありません
このコンビニには堀口さんという男性の同僚がいるのですがこの物語で一番まともないい人なんです
江永さんは毒親(父)から性被害を受け父は飲酒で轢き逃げし逃げています
また毒親(母)からは生活のため体を売るように言われた過去があります
江永さんの過去は映像にはなく本人が話します
既に江永さんは毒親を捨てています
木村さんは過保護の毒親(母)から逃げるため親元を離れ結果的にあやしい教祖にハマっています
(物語の簡単な流れ)
宮田さんが講義のノートを写真に撮らせて欲しいと木村さんに声をかける
そこで江永さんの父が人殺しという噂を知る
宮田さんが江永さんに直接確認したことで2人は仲良くなっていく
江永さんは宮田さんの毒親のことを心配する
宮田さんは久しぶりに会った父(毒親?)の話をきっかけに母が養育費も奨学金も使い込んでいたことを知り家出する
江永さんは同棲していた男と別れた直後に知り合った男にホテルで絞殺されそうに
そこへ行く宛のない宮田さんから電話があり何とか逃げる
この男は江永父の轢き逃げの被害者の息子
逃げた直後に江永さんが宮田さんにコールバックして一緒に住むことになる
宮田さんは木村さんにバイトの紹介を頼まれコンビニを紹介して同僚となる
堀口さんから木村さんが怪しい教祖にハマっていることを聞く
宮田さんは木村さんから親に会って欲しいと頼まれ会って話を合わせる
宮田さんと何故か江永さんも木村さんの紹介で教祖様に会いに行く
そこへ木村さんの母が乱入して連れ戻す
木村さんは宮田さんに悪態をついて泣き崩れる
木村さんとその母の関係はその後分からないままとなる
部屋で江永さんがあの男に再び絞殺されかけたが宮田さんが何とか助ける
宮田さんはキッパリ面と向かって母と縁を切る
もはや宮田さんには芳香剤は必要なし
宮田さんの20歳の誕生日バイト先のコンビニ
レジには堀口さん
日が変わると同時に2人はお酒などを買う
コンビニを出て歩き出す2人の後ろ姿でエンド
以上あまりにベタ過ぎて笑える場面もあるのですがキツイお話ではあります
映画の雰囲気としては「ベイビーわるきゅーれ」や最近だと「ネムルバカ」と同じような爽快感もあります
ラストの2人にもう1人いてもいいじゃない
フィクションなんだから
ハードボイルドな主役2人は満点。でも脚色が…
「響け! ユーフォニアム」の作者、武田綾乃さんの原作既読。
原作は、20歳になるかならないかの
メイン2人のキャラが、めっちゃいい。
2人とも、半端ない過去を背負ってるんだけれど、
その受け止め方が、ハードボイルド。
そう、これは2人の女子のハードボイルド小説なのである。
だから映画の公開を、楽しみに待ってた。
* * *
原作モノって、うまいこと時間内におさめようとして切り貼りするのは難しい。
江永が売るのをやめたキッカケと、父親の起こした事件の被害者を安易に合体させたら、おかしな事になった。
他にも、原作を改変したところが、大概上手くない。
おそらく、原作で念入りに検討して作られた世界を上手く改変するには、時間あるいは能力が足りなかったんだろう。
それから、水に入れときゃいい、みたいな安易な演出も、減点。
あと、陽彩の母親が、ミスキャスト。
しっかりしたお母さんが無理して演じてるようにしか見えない。
* * *
でも、
主役の2人はとってもよくって、
原作の世界を体現してたので、
なんだかんだ言っても概ね満足。
重いテーマを軽やかなタッチで
子離れできない(しない)親の諸相
南沙良がかっこよすぎる!
加害者にならないために、愛の正体を知っておいた方が良いかもしれません
2025.7.4 イオンシネマ京都桂川
2025年の日本映画(109分、G)
原作は
武田綾乃の同名小説(講談社)
毒親に苦しめられる三人の女子大生を描いたヒューマンドラマ
監督&脚本は井樫彩
物語の舞台は、関東圏のどこか
大学に通う宮田陽彩(南沙良)は、金遣いが荒く奔放に生きる母・愛(河井青葉)に悩まされていた
年頃の娘のいる家に恋人(遊屋慎太郎)を連れ込んでは情事に耽り、家事はロクにせずに、大学の費用と生活費は自分で稼げと言う始末だった
彼女は水族館とコンビニでアルバイトをしていて、コンビニには軽いノリの堀口(基俊介)がいたが、それよりも寡黙で何も話さない江永(馬場ふみか)のことが気になっていた
彼女は時折水族館を訪れて魚を眺めていて、数人の男と関係を持っているようだった
ある日のこと、バイトで授業に出られなかった陽彩は、レジメをもらいに教授(金延宏明)のところに行った
だが、正式な休みでないものには渡さないと言われ、仕方なく真面目そうなゼミ生の木村(本田望結)に声を掛けた
彼女は「私に何の得がある?」と言い、めんどくさくなった陽彩は、「別の人に頼む」と言う
だが、「誰もいないから私に声をかけたんでしょう」と言い、陽彩は咄嗟に江永の名前を出してしまった
木村は「彼女はダメだ」と言い、交換条件を提示して、レジメを写させてもらう事になった
木村の交換条件は「バイト先を紹介する」と言うもので、仕方なく「江永もいるけど」と前置きをした上で、自分の働いているコンビニを紹介することになったのである
映画は、陽彩の父(永岡佑)と再会し、そこで養育費の話が出たところから動き出す
月に8万ほど送っていたが、新しい家族ができたから送るのは無理だと言う
陽彩はそんな金があることを知らず、家をしらみつぶしに探して通帳を見つけた
そこには、自分が預けたお金を貯金するでもなく、養育費も全て使い込んでいたことが記されていた
母親と鉢合わせた陽彩は包丁を手にし、「このままではお母さんを殺してしまう」と言って、家を出ることになった
一方その頃、江永はナンパしてきた男・大山(伊島空)と性的な関係を結ぼうとしていたが、大山は「俺のことがわからないか」と言い、突然江永の首を絞めてきた
そこに陽彩からの電話が入り、江永は男から逃げることができた
そうして、陽彩は江永の部屋に転がり込む事になり、奇妙な同居生活が始まるのである
物語は、毒親に苦しめられる女子大生を描いていて、搾取される陽彩、事故の責任を押し付けられる江永が共同生活を行い、そこに母親(池津祥子)の過保護に悩まされる木村が加わってくる
木村は親のいない場所を求めて、宙の会と言うカルトに行きつき、そこで宇宙様(今藤洋子)たちの活動に参加していた
明らかにカルトで胡散臭いことがわかり、陽彩はつい深入りしてしまう
陽彩を危険な目に合わせたくない江永は、保険をかけて、宇宙様との会合に参加することになった
親との関係に悩む人向けの作品だが、普通の親子関係ではない人の究極を見せつけられている印象があった
愛していると表面だけ繕って搾取し続ける母親
愛どころか人として終わっている両親を持つ江永
愛されているけど息苦しさを感じる木村
この三者三様の親との関係と言うのは身に覚えのない人の方が多いと思う
だが、ここまで行きつかなくても、親の愛というものを息苦しく感じている若者は多く、それが価値観の変遷であるとは思わない
家族の在り方は随分と変わり、個人主義の方が中心となっていて、その変化にいち早く対応したのが親世代であると思う
それは言葉ではなく行動から始まっていて、言っていることとやっていることが違うという違和感が発祥となっている
子どもはそう言った部分に敏感で、果たして親の言う愛は本物なのかを疑い始めていく
そうしたものが積もり積もったのが現代であり、その究極を描いているのが本作であると思う
絶縁しなければならない関係と言うものは確かにあって、自分の人生を生きるために切り離さなければならない時もある
そう言ったものにしがみついているうちは、それを見透かされて取り込まれるとも言え、それが親なのかカルトなのかはわからない
逆に言えば、愛が呪いであると確信している人からすれば、それは聞こえの良いコントロールのための暴言に聞こえるので、ある意味では真っ当な思考を持っていると言える
個人的な考え方として、「感謝はするけど、尊敬はしない」というものがある
世間では「産んでくれた事に対する感謝をしろ」という一方で、親としてどうなのという存在を甘んじて受け入れて耐えろという風潮がある
だが、親が感謝される生き方をしているかとか、尊敬される生き方をしているかというのは別問題であり、そこを混同して「愛」だと宣う人もいる
これが昨今の家庭問題の根幹にあると考えているので、関係性を見直す上でも「双方が」感謝され得る存在であるか、尊敬され得る関係であるかを見直さなければならないのではないだろうか
いずれにせよ、ここまでの毒親というものに苦しめられたことはないので想像の範囲になるが、やはり手放しで受け入れられないものもあると思う
ある種の思考停止に陥らせるための装置が愛という言葉であり、それが何かを救うと思う方がエゴであると言える
愛されることも愛することも、その根元には「人としての尊敬」がベースとなっていて、それはただあるものではなく、努力して身につける後天的なものであると思う
愛も尊敬も「相手が決めるもの」であり、その判断となるのは「行動」でしかない
陽彩の母は愛されるに足る行動をしているのかとか、江永の両親は彼女に何を与えたのかとか、さらに言えば木村の母は彼女を人間として認めているのかなど、多くの問題点が描かれている
そして、このような不可思議な事に対して、理解できない人が愛を語るというのが社会でもあると思うので、やはり「自分の人生は自分で考えて判断して生きる」以外に方法はないし、そのような考えを共有できる人と一緒にいることで、幸せへの第一歩というものが現れるのではないか、と感じた
重い内容であるのは否定できない
6月8日の完成披露舞台挨拶のイベントにて一足先に鑑賞。重い内容であるのはやはりどうしても否定できなかった。が、ひいろとえながの関係性が、この作品で描かれたその先の未来で、2人はきっと今より良い人生を切り開いていけそうな描き方がされていたのが救いであった。とはいえ話を戻してしまうが、現実世界で彼女らと似た境遇にある人がこの映画を見たら、辛すぎて最後まで鑑賞するのは耐え難いのではと思った。2人と関わりの生じた木村については、残念ながら希望の道筋が見えないままエンディングを迎えてしまった。いったん宗教にはまってから抜け出すストーリーを構築するのはフィクション作品でも困難で、現実世界であったら人生の軌道修正はまず不可能、という警告のメッセージのように感じた。えなががひいろを力ずくで踏みとどまらせてくれて本当に良かった。
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