「不幸の定義は人それぞれ」愛されなくても別に 米粉さんの映画レビュー(感想・評価)
不幸の定義は人それぞれ
宮田・江永も家庭トラブルを抱えてるにも関わらず木村は「不幸じゃない」と定義し親に宗教のことをバラシ親のもとに連れ戻すのは理解できなかった。木村にとって宗教は唯一の救いだったのにそれから切り離すのは本当に本人のため?よくない稼ぎ方をしてるならまだしもコンビニバイトで賄えるくらいしか宗教に貢いでないってことだよね。それなら推し活してる人と変わらないのでは。
江永が宮田に「私とやれる?」って聞いて「男とか女とかじゃなくて人間が無理」って答えて「宮田の人間扱いしてくれるとこ好き」って言ったのなんとなく分かるなあ。江永は初対面の人ともホテル行くくらい貞操観念が低くて身体にしか価値がないって思ってたんだろうな。でも江永は体を売る仕事はしたことなかったのかな?宮田に「体を売ること考えなかったの?」「そういう稼ぎ方してる人もたくさんいるよ」って言ってたのは何だったんだろう。自分が母親に言われたこと?
あの首締め男が捕まらなかったのだけモヤモヤする。確かに親が殺されて辛いのは分かるけどその娘を殺そうとするのは違うでしょ。江永の父親は娘が死んでも悲しまないだろうし。「彼も被害者だから」で警察呼ばなかったの、自分はそれでいいかもしれないけど殺人未遂男がそのへんに歩いてるとしたら怖いし。
コスモ様に「親は大事にね」って言われて中指立てる江永がよかった。あそこで家庭環境悪いのを察知して「親と縁を切ってもいいのよ。あなたはあなたの人生」的なセリフを言えば信者獲得できたかもしれないのにそこは自分の思想を押し付けるのね。でもそれを木村には言わなかっなのかな?木村はコスモ様に救われたって言ってたけど、だとしたらコスモ様は木村に「親は大事にね」とは真逆のことを言ったってことだよね。