夏の砂の上のレビュー・感想・評価
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遅く生まれすぎた、不幸な作品。
松田正隆の戯曲を映画化。『愛』についての様々なホームドラマ的設定でのアプローチが静かに語られ、交錯して熟す。
オダギリジョーが製作もかんで、相当に入れ込んでいる映画のようだが、最もその映画内での佇まいに違和感を覚え続けたのがオダギリジョーだった。彼の持つ雰囲気というかオーラが、本作の主人公にマッチしていたのかという点だ。で、映画を観ているあいだに「この役は誰がにあうのだろうか」と想像し続けてしまった。原田芳雄?ショーケン?藤竜也?菅原文太?渥美清?。。。それぞれがこの役柄で個性を爆発させそうな役者をイメージしていた。藤竜也以外は故人ばかりで、比較してはいけないが、この作品が昭和で作られたら、より舞台が「長崎」であることの意味も残滓的にリアルに描かれていくのだろう。という「遅く生まれ過ぎた作品」への同情を持って、この作品を<感じた>。
長崎の街を主役に据えて
高低差が激しい街を貫く川と海は、時に命や生活を奪い、時に恵みの雨を齎すという、諸刃の剣のような「水」 が印象的な作品だった。
エンドロールまで観て、黒い雨のような歴史も一瞬頭をよぎった。(祐子の台詞で少し触れられている程度だが)
家族を喪う、断水で水不足になる等、水で苦しめられる描写がずっと続き、小さな界隈の息が詰まるような人間関係がどん詰まる中で、ラストの雨のシーンはもはや喜びや祝祭感すら感じてしまった。
高低差のある地理的条件の中で、ひたすら歩くしかなく、階段を上がって来る訪問者・下がって去っていく者という縦の描写も印象的。
その中で階段の上がり下がりを繰り返し彷徨う主人公の、まるで「糸の切れた凧」みたいな寄る辺無さみたいなものを表すのに、オダギリジョー氏はとても合っていたし、
更にタイプの違う空虚さのような、「空気が抜けていく風船」みたいな髙石あかりさんも良かった。
(個人的には松さん満島さんの共演は胸熱だった…カルテット以来ですからね)
私は舞台版を拝見しておらず、舞台を拝見した方からは、家のセットしか無かった舞台から物理的な広がりが出て、長崎の景色が実際に観られたのは良かったという話も聞きつつ、
なんとなく映画を観ていてもこれは戯曲原作である、舞台向きな作品だなとも感じて、おそらく舞台と映画それぞれの良さを活かした実写化になっているのではないかと思う。
ただ雨のシーンはやっぱり映像の方がリアルで良いんじゃないかな、と思いつつ、舞台化されることがあれば観てみたくなった。
また、原摩利彦さんの音楽が静かに寄り添っていて良かった。
特に映画の始まり方、ジリジリと灼けつく暑さと渇き、蝉が事切れている命の儚さ、長崎の街並みをゆったりじっくりと映しながらタイトルが出るまで、音楽と共に流れるように本作のテーマがきちんと提示されていて、こういう良質な日本映画がこれからも作られてほしいと思わず考えた。
う〜ん😒
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