「やっぱり驚異の映画だった」アブラハム渓谷 完全版 ONIさんの映画レビュー(感想・評価)
やっぱり驚異の映画だった
どの辺が完全になったのかわからないのだけど、15〜16分くらい増えてるのか。
初公開の時、それよりちょっと前に東京国際映画祭で上映されて公開された『クーリンチェ少年殺人事件』に次ぐ衝撃を受けた作品。この90年代は世界にはこんなものがあるんだという衝撃をたくさん受けた。
正直クーリンチェもそうだけど、完全版でなくとも稀にみる傑作で、どっちでもいいんだけど、これもひょっとしたらあまりの密度ゆえに短いほうが脳が対応可能な範囲で終わるのかもしれない。クーリンチェも4時間版観た時に「前のでもよかった」とは思ったもんな。マジで傑作は完全でなくても傑作という事実を知った。
しかし久しぶりに観ても前半部はかなり覚えていた脅威の悪魔的映画。ポルトガルの陽光、色彩、風土も混じってではあるが、死人がでるほどの美人をそんな田舎に置いとくとどうなるか。小悪魔から悪魔になった辺りが妖しく、また、恐ろしい。まさに高貴な猫のような佇まいでヤバいんです。
文学的ナレーションが絶え間なく流れ、絶えず客観的に主人公エマの人生を追いかけていくのだけど、この土地ならではの歴史のうえにまた飲み込まれるエマの人生を追体験してるみたいで途中から独特な感慨が襲う。
ベートーベンの月光とドビュッシーの月の光、バッハのG線上のアリアという超ポピュラークラッシックがこんなにドーンと使われてたんだ、とか思った。そしてエマの足が悪いからこその移動範囲の狭さに反して、ボートを正面から捉えた渓谷の疾走と、最後の果実の実った木の下をトラックバックしていくところのエマの表情と後ろに流れていく背景の美しさが儚く失神しそうになる。
なんだかこういうのを観ると、そのままタビアーニ兄弟とか、アラン、タネールとか、フレディMムーラーとか観てみたくなった。
1993年制作というと、ほぼ同世代の黒澤明が遺作『まあだだよ』撮ってる頃。資質が違うのだけど、やっぱりこれは衝撃だとしか言いようがない。