劇場公開日 2025年4月25日

「すべてを捧げ芸を極める姿勢は狂信の域へ」JOIKA 美と狂気のバレリーナ 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0すべてを捧げ芸を極める姿勢は狂信の域へ

2025年4月26日
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鑑賞方法:試写会

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バレエファンを除き日本での知名度は低いと思われるが、アメリカ人バレリーナであるジョイ・ウーマックの比較的最近の実話。世界3大バレエ団と称されるロシアのボリショイ・バレエ団で伝統的に外国人には困難なプリマになるべく、人生のすべてを捧げて挑む姿を描く。

ジョイ本人は2009年に15歳で単身ロシアに渡り、ボリショイ・バレエの養成学校であるアカデミーに入学。それからの激動の約10年間がまず2020年のドキュメンタリー映画「Joy Womack: The White Swan」で紹介される。これを観たニュージーランド出身のジェームス・ネイピア・ロバートソン監督が劇映画化を決意し、本人への粘り強い交渉の末に映画化権を獲得。それだけでなく、脚本開発への協力、振付、さらにタリア・ライダーが演じる主人公のダンスシーンのダブルとしてもジョイ本人が参加することに。ダンスダブルに関しては、2022年の撮影時に彼女が20代後半で現役トップダンサーであることも有利に働いたはずで、イギリス・ニュージーランド合作の本作が実現するまでのスピード感に驚かされる。

ジョイ本人が一部のシーンでダンスダブルを務めたものの、2002年生まれの主演タリア・ライダーも長くコンテンポラリーダンスのトレーニングを積んだ才能豊かな演者だ。3歳の時からずっと踊り続けてきたと語る彼女は、12歳でブロードウェイミュージカルのオーディションに受かり舞台女優としてのキャリアをスタート。短編映画1本を経て、「17歳の瞳に映る世界」で長編映画デビューを果たす。望まぬ妊娠をした従妹を助けてニューヨークまで一緒に旅する準主役で、2019年の撮影時は16歳。その歳であの強い意志を秘めつつも醒めた眼差し、達観したような表情を見せていたのだと思うと改めて早熟ぶりに驚嘆する。スティーヴン・スピルバーグ監督作「ウエスト・サイド・ストーリー」でも、ダンス演技があるジェッツのメンバー役をオーディションで射止めた。

ライダーは「JOIKA 美と狂気のバレリーナ」の主演が決まってから、1年かけてクラシックバレエをジョイ本人を含むトップダンサーたちから学んだ。また、ボリショイ・アカデミーで教師ヴォルコワを演じるダイアン・クルーガーも、少女時代にバレリーナを夢見て英ロイヤル・バレエ・スクールに合格したが、怪我で断念し演技の道に転向した経験を持つ。トップを目指すジョイと指導するヴォルコワ、それぞれを演じるライダーとクルーガーによる迫真のパフォーマンスも映画の大きな見所だ。

過酷なレッスンと絶え間ない怪我、激痛に耐えながら高みを目指す主人公の姿は、同じくバレエの世界を題材にした「ブラック・スワン」を容易に想起させるが、鬼のように厳しい指導者に執念で食らいついていく主人公という点ではデイミアン・チャゼル監督作「セッション」も思い出す。ジョイ本人はインタビューで、バレエは神に与えられた天職であり宗教に近いところがあると語っていた。芸能であれスポーツであれ、超一流になるために人生のすべてを捧げ、自らの心身を削ってでも技や芸を極めようとする姿勢は、一般人の感覚からするともはや“狂信”の域のように思えるし、そうした高みに届いたアーティストやアスリートの非凡なパフォーマンスを目撃するとき、私たちは聖者が起こす奇跡のように感動するのだろう。

タリア・ライダーは現在22歳。今後の飛躍がますます楽しみな若手スターだ。

高森 郁哉