「幽霊の視点から物語を追うという斬新なワンアイデア勝負」プレゼンス 存在 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
幽霊の視点から物語を追うという斬新なワンアイデア勝負
【イントロダクション】
幽霊屋敷に引っ越してきた一家を襲う怪現象の数々を、全編「幽霊の視点」で描くホラー作品。監督は『オーシャンズ』シリーズのスティーヴン・ソダーバーグ。脚本は『ジュラシック・パーク』(1993)、『ミッション:インポッシブル』(1996)のデヴィッド・コープ。
【ストーリー】
アメリカ郊外にある一軒家。そこに内見に訪れたペイン一家は、すぐにこの家への転居を決意する。家族思いの心優しい父・クリス、仕事人間で息子を溺愛する母・レベッカ、水泳選手として将来有望な長男・タイラー、友人を事故で亡くしたばかりの長女・クロエの4人家族。転居してすぐ、クロエはそれの“存在”を感じ取る。クロエの様子を気にかけるクリスは、レベッカに相談する。しかし、レベッカは「あの子には時間が必要」として積極的に関わろうとはせず、息子のタイラーに愛情を注ぐ。
クロエは、友人2人をドラッグの過剰摂取によるオーバードーズ(OD)で亡くしたばかりで傷心中の身だった。ある日、タイラーが連れてきた学校の友人ライアンと秘密の恋に落ちたクロエは、彼と肉体関係を持つようになる。
しかし、ライアンはクロエの隙を突いて、飲み物に謎の薬物を投入する。間一髪の所で、“存在”によるポルターガイストにより、クロエは飲み物を口にせず済んだのだが…。
【感想】
全編「幽霊」視点でストーリーが展開されるという非常に実験的な作りで、製作費も僅か200万ドルという超低予算。その為、物語的な起伏や派手さこそ無いが、このワンアイデア勝負で87分を乗り切ってしまうのはある意味凄い。
そのアイデアを活かした独特なカメラワークは、最初こそ目が疲れるが、慣れてしまえば、共に家族の生活や秘密の一面を覗き見る共犯者のような感覚を覚える。クロエがライアンとセックスする際、幽霊が堪らずクローゼットの陰に隠れる演出に、幽霊に対する愛着が湧く。姿の見えない存在に愛着が湧くというのは、何とも不思議な感覚だった。
こういった超常現象を扱った作品の場合、唯一幽霊の存在を認識出来るクロエだけが周囲から信じてもらえず、次第に孤立していくのがセオリーだが、本作では割と早い段階で一家全員がポルターガイストに遭遇し、それの存在を認知する。また、クリスが常にクロエの事を気にかけ、味方でいてくれたのは見ていて安心した。
そんなクリスは、妻であるレベッカが抱える仕事上のトラブル(恐らくは違法性のある)も察知しており、彼女を手助けしようとするが、こちらはどういった事情があったのか、問題が解決したのかは定かではない。
意外だったのは、ライアンがクロエの友人の死に関わるシリアルキラーだった点だ。飲み物に混ぜていた薬物は、てっきり媚薬なのだと思ったが、実際には相手の意識を混濁させ、四肢の自由を奪うという危険極まりないものだった。ラップで相手の顔を覆い、窒息死する姿を見つめるという殺害方法も残忍。タイラーの話によれば、ライアンは学校内のカースト上位組らしいが、一体何が彼を凶行に走らせたのだろうか。家庭環境に何かしらの問題を抱えていそうではあるが、詳しい事は分からない。
クロエ役のカリーナ・リャンは中々の体当たり演技だったように思う。見えない“存在”に対する恐怖心と、それに亡くなった友人の可能性を感じる際の心の揺れ動きの表情や演技が良かった。
【考察】
幽霊の正体が何なのか、誰なのかという事は、最後まで明かされない。
多少の地震やポルターガイストこそ起こせるが、ライアンに襲われるクロエを救える程の直接的な干渉は出来ない様子で、タイラーの意識を覚醒させて救けに行かせる。結果として、2人とも亡くなってしまったわけだが、ラストでレベッカは鏡に映るタイラーの姿を見た。もしかすると、冒頭から家に居る“存在”は、1人分の存在ではないのではないだろうか。不動産屋の話によれば、あの家は長い歴史を持つ様子だった。だとすると、あの家に棲む“存在”は、複数の残留思念の集合体なのではないかと思った。
そして、霊能者が語ったように、幽霊は自身の存在理由を把握出来ていない。何故、“存在”するのか。それもまた、複数の残留思念が長い歴史の中で統合された故のものかもしれない。
とはいえ、本作は様々な点において「分からない」事の多い作品だ。「考えるな、感じろ」というか、幽霊視点というワンアイデアの面白さに全振りされた雰囲気作品の側面が強いので。
ラスト、視点が上昇し、家の全容からその先にある景色まで見えてくる。もしかすると、あの瞬間の視点は、亡くなったタイラーのものであり、家族に最後の別れを告げて去っていく瞬間だったのかも知れない。