「命の花」ナイトフラワー yuki*さんの映画レビュー(感想・評価)
命の花
「くだくだ文句言ってねえで、生きて生きて生ききって見ろや!!」と語りかけてくるような、主演二人(北川景子・森田望智)と娘のまなざしがよい。
あんな目で見られたら、つまらないことでクヨクヨしてられなくなる。
そんな映画。
特に、格闘技の女子選手を演じる森田望智が、格上の元チャンピオンの選手にどんなに殴られても、絶対に目を瞑らず、あきらめず、こちらを凝視する目つきはこの映画のハイライトだと思う。
この社会のあらゆる理不尽を一身にその身に受ける人々の、そして女たちの、生の魂のこもった目だ。
主人公たちは一度も、生きることをあきらめなかった。
犯罪に手を染めることは、決してよいことではない。だが、主人公がシングルマザーの母親として、二重三重の借金を背負わされながら2人の子どもを育てるには、それしかなかったのだということが、しっかり描かれている。「これが私の全財産です、助けてください」と、彼女が財布の中身の数百円を投げ出したとき、行政は何もしなかった。だが、同じ金額を投げ出したとき、犯罪組織は彼女を助けたのだ。
行政も、教育も、親も社会も誰ひとり助けてくれない、法律も何一つ守ってくれない、そんな人間を助ける(そして利用する)のが犯罪組織であることは、もう我々の現実の摂理になってしまっている。
この世界には「悪人」がたくさん出てくる。彼女らを利用する犯罪組織、娘の貧しさを見下して危害を加えるいじめっ子、妻を道具扱いする冷酷な金持ちの男、主人公にモラハラとセクハラを長期間繰り返す上司、殺人幇助する探偵、役所の窓口で泣きながら訴える主人公を勝手な偏見で罵る老人⋯⋯。
しかし大悪人の存在を忘れてはならない。彼女たちから搾取するだけ搾取して、好き放題に逃げ延びている三人の大悪人。
一人は、主人公の夫である。借金を作れるだけ作って、全て妻に押し付け、自分はさっさと高飛びして、一銭の養育費も払わない。彼女の不幸の根源であり、犯罪に走らせた根本原因だ。
二人目は、森田演じるバディのジムのオーナー。彼女が昼は格闘技、夜はデリヘルで稼ぎ続けているのは、全て、ジムを潰したくないと思ってオーナーに渡すため。それを全て知らんぷりで搾取し続け、挙句にギャンブルで失敗したら高飛び。彼女を破滅させる原因は、コイツに間違いない。
三人目、というより三つ目は⋯⋯こんな状況の人たちを助けることもできない、歪んだ現実を持つ社会である。社会は人の総体だから、私たちもそれぞれ「人を傷つけても家族を守りたい悪人」なのだ。
また、悪人ではないが、2人とは対極の人物の弱い人間として描かれるのが、金持ちの妻。彼女にはおそらく学歴もあり、金もあっただろう。本当にやろうと思えば、道具扱いする夫から脱出できたはずだ。なのに、運命を甘受して諦め、冷酷な夫のロボットに成り下がり、自ら生きる意思も抵抗する意思も捨て、起こったことは人のせいにして逆恨みをする。どうしょうもない人である。
この映画のラストが気に入った。
この手の悲劇というのは、物の筋として、主人公が犯した「罪」には「罰」が下らないといけない。違法薬物を売りさばいた「罰」は、「逮捕」または「死」しかない。子どもをただただ守りたかっただけの彼女には、「逮捕」は罰として重すぎる。だから「死」しかなかった。子どもたちだけ生き残らせる死、が最も軽い罰であったはずだ。が、残念ながらそうはならない。
ラストは解釈が分かれるように上手く作ってある。誰も殺される場面は描かれていないが、ハッピーエンドに見えるラストは、不自然にカットが分かれており、変な画面切り替えが一瞬見えるようになっている。そして窓の外には、夜しか咲かないはずの花が咲いている。そして「行き先は楽園」「楽園には何でもあるねん」というセリフ。このカットが現実ではないということを示すように作られている。
だが、待てよ。途中で、主人公は「懺悔」していた。売り物の薬物を幼い子どもが誤飲しそうになるシーンを経て、「ごめんな、お母さん、あほやった、こんなこと、するんやなかった」と後悔し、懺悔している。それから「みんなで遠くへ旅行に行こう」と言っているから、売人を辞めて逃亡しようとしているととれる。犯罪組織がそう簡単に足を洗わせてくれるわけがないので、逃亡しかないはずなのだ。
悪行を「後悔」し、「懺悔」した人間には、許される機会が与えられるべきではないか?
あの場面は――「昼間は咲かないはずの花が咲いている」という、ありえないはずのことが起きているラストの場面は、何千何百もの破滅の中で、「許し」が認められた唯一の世界線だったのかもしれない。少なくとも自分は、主人公を許したいと思った。そういう想いが集まって生まれた可能世界だったのかもしれない。「3つの質問」をした犯罪組織のリーダーが、殺さず見逃す選択をし、金持ちの女は引き金を引く前に目が覚めて、人殺しを諦める。おそらく何百、何千分の一でしかない可能性を収縮させ、やっと彼女たちを逃がしてやれたのではないか。楽園へ。この世の何処かにある楽園へ。
なお、「武士は食わねど高楊枝」みたいな価値観を手放せなさそうな人には、向かない作品である。
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