劇場公開日 2025年11月21日

「 人は誰もがほんのひととき、この世界に間借りをして直ぐに立ち去って...」TOKYOタクシー 白田八十一さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0  人は誰もがほんのひととき、この世界に間借りをして直ぐに立ち去って...

2025年12月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 人は誰もがほんのひととき、この世界に間借りをして直ぐに立ち去って行く存在であるにも関わらず、時に、不思議なことに、現実の住処を買ったり借りたりするために、超人的な労働をしなければならないこともある。それが度を越せば社会的な異議申し立てになるし、一方、状況を喜劇に転化し、共感の笑いにして一息つくこともできる。そして、それはどちらも「夢」であることは同じである。
 今回、この柴又から始まる物語は、「さくら」が心の奥底では、ほんとうは憧れていた放浪の旅を、ほんの数時間だけ実行する映画だったのではないか。タクシーの車窓に揺れる風景は、私たち個々人のその場所に対するそれぞれの記憶も喚起するし、何より、いくつもの山田映画のそれも想起する旅にもなる。蒼井優が出てきた時点で『おとうと』だし、横浜のあの観覧車の風景は『東京家族』である。誕生日を寿がれる小林稔侍は『学校Ⅲ』で、東京タワーには最近私が観返した野村芳太郎の『鬼畜』を、その他いくつもの記憶のなかの景色が立ち現れては消えてゆく。
 そして前作の『こんにちは母さん』でもあったように、主人公の高野すみれがタクシー運転手に、「言問橋の東京大空襲のとき、あなたは何処にいたのか」と尋ねる場面が繰り返された。当然運転手は「僕はまだ生まれていませんよ」と答えるけれど、このシーンを普通に考えれば、話しているうちに時を逆行してしまった、すみれの勘違いともとれるが、実際には木村拓哉も観客の我々も、その場所に違う姿で存在していたのではないか、と思えてくる。

 山田監督は映画の撮影前に、出演者とスタッフ全員の気持ちを共有するために、内容が似ている、ということだけではなく選ばれた映画の参考試写をすることがあるそうだ。『東京家族』の時は『ニーチェの馬』で、今回私が想像したのは、車窓風景の撮影班と共有したのは、『Paris, Texas,』だったのではないか、ということだ。私は原作の『パリタクシー』をまだ未見なのでそれも観たいし、もういちど『TOKYOタクシー』も観に行きたい。ただ、入場料が二千二百円とまた値上がりしていたところが、唯一の考え所である(笑)。

 最近私は『学校』シリーズをDVDで観返していて、それは『学校』(夜間中学)、『学校2』(高等養護学校)、『学校3』(職業訓練校)、『学校4』(不登校と屋久島への旅)と、それぞれに、何度観ても “emotional” な映画である。このDVDには特典映像が付いていて、監督の2005年のインタビューでは、『学校5』として、数学の授業、それも平面幾何の授業だけの異色の映画も構想されたことがあるそうだ。そういう映画もまた観てみたい気がしてしまう。

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白田八十一
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