「とても素敵な出会いだから」TOKYOタクシー 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
とても素敵な出会いだから
山田洋次監督。御年94歳、91本目の作品。
子供の頃から映画作ってんのかい!…とさえ思う本数と変わらぬペースと精力さには頭が下がるより恐れ入る。
番宣なんかでTVに出てもしっかりとした言動。映画を作り続けているから衰えないんだね。骨の髄まで映画人。
日本と日本人の心、安定の人情作風を保ち続けているが、今回は豪勢。
山田洋次×倍賞千恵子×木村拓哉…!
寅さん、『武士の一分』、『ハウルの動く城』…。各々が組んだ事のある気心知れた関係性。
そんなビッグトリオで贈る最新作は…
中年タクシー運転手が一人の老女客を乗せる。
自宅を引き払って高齢者施設に向かう前に、思い出の場所巡りをしたいと。
お喋りな老女に当初はうんざりしていたが、次第に交流を深めていく。
タクシー運転手も人生の悩みを抱えていたが、老女も壮絶な人生を歩んでいた…。
2023年に日本でもスマッシュヒットしたフランス映画『パリタクシー』。
その年のベストの一つにも選び、是非この日本版にも乗車してみたいなぁ…と思っていたら、本当に日本リメイク。しかも、この豪華トリオで。
そもそもが邦画にも通じる人情ストーリーなので、フランスから日本へ“改造”しても何ら違和感ナシ。
それでいて、しっかりと山田作品にもなっている。
すみれと浩二の出会いが一期一会だったように、山田洋次と『パリタクシー』の出会いも一期一会だった。
乗せたのは葛飾柴又。帝釈天前。
山田作品でここと言ったら、もう!
何だか故郷でもないのに懐かしさが込み上げてきた。ついつい人ごみの中にあの四角い顔や帝釈天に源ちゃんを探しちゃったよ。あの曲も聞こえてきそうだった。
ファンにとっても山田洋次監督にとっても柴又は“聖地”。柴又にはずっと、寅さんの温もりが在り続けている。
倍賞千恵子が自宅から出てくるシーンなんて“諏訪家”と思った。名前は“さくら”から“すみれ”へ。美しい花の名前は同じだ。
浩二が妻と電話で会話。「女の人? 綺麗?」「綺麗だよ」。仰る通り! さくらの頃から倍賞さんのお美しさは変わらない。
薔薇のように上品だけど、チクチク刺がある。
浩二も当初は面倒そう。まあ、無理もないわな。勝手に一人でお喋り。パリでタクシーに乗った時も思ったけど、ばあさんの初恋の話なんぞ聞きたかねぇよ。
浩二の無愛想はプライベートの悩み事もあって。パリのシャルルは一日の仕事の忙しさで家族とぎくしゃくだったが、こちらはお金。
私立の音大に推薦で決まった娘の学費。娘の為に何とかしてやりたいけど、今の貯金じゃどうしようもない金額。
その他、家や車検でどうして?…ってくらい出費がかさむ。くたくたになって家に帰っても、妻はお金の話ばかり。妻は断腸の思いで信州の実家を売りに出すとまで。
唯一の家族旅行は妻の故郷の信州。思い出がある家を手離したくはないが…、そうも言ってられない。
俺が何とかする…と言ったけど、気が休まらない。
せめてその足しに。葛飾柴又から神奈川の葉山までの長距離移動。
稼ぎの為にお喋りやわがままに付き合う。…と思っていたけど、東京の思い出の場所巡りしたいなんて言い出したから!
葛飾柴又~浅草~スカイツリー~東京タワー~秋葉原…。東京各所から、ちょっと先に行ってしまうが夜の横浜。
各所の映像が本当に美しい。元がフランス映画だからかお洒落な雰囲気さえ感じた。
今年結局行けなかった東京旅行。一時でもそんな気分に浸らせてくれた。
すみれの若い頃と今とじゃ東京は別の町ってくらい大きく変わった。
東京も色々あった。85歳のすみれは戦争体験者。
まだ5歳だったが、はっきり覚えている。
東京大空襲。町が火に包まれ、逃げようとした人々で密集した言問橋。そこでお父ちゃんが…。
戦後80年。山田洋次は本作でも戦争の悲劇を伝える。
東京も色々あったように、すみれの人生も想像以上のものだった…。
若い頃のすみれも魅力的だった。恋もたくさんしてきた。
忘れられないのは、初恋相手の在日朝鮮人男性。
彼との短い日々は幸せだった。結ばれなかった。北朝鮮へ帰還。つまり、それは…。
しかし、遺したものが。彼との間に育まれた“生命”。
男の子を出産。勇と名付け、母が営む食堂を手伝いながら、育てる。
すみれはまた新たに恋をする。結婚したその相手・小川は真面目な男性かと思ったが…。
小川の亭主関白さが徐々に。暴力も振るう。自分だけだったら堪えていたが、暴力は勇にまで…。
許せないすみれは、睡眠薬で小川を寝かし、熱湯を小川のアソコに…!
フランス版を踏襲しているが、家庭内暴力や強引な濡れ場など山田洋次作品にしては珍しい。暗い映像もあって、一瞬これが山田作品である事を忘れたほど。
半世紀前、フランスも日本も男尊女卑や家庭内暴力は同じだった。
日本女性の美しさだけじゃなく、これまでにも女性の自立や芯の強さを描いてきた山田作品。
それを体現した近年の常連・蒼井優がさすがに巧い。(ついでに迫田サンの憎たらしさも!)
絶対に実現しては欲しくないけど、もし寅さんがリメイクされたら、さくら役は是非蒼井優で! それくらい、今=倍賞千恵子、昔=蒼井優のキャスティングもしっくり来た。
すみれは殺人未遂で有罪。懲役9年。
その間、勇が事故で…。
何て受難ばかりの人生…。死んでしまおうと思った事もあった。
しかし死んでしまったら、その後の人生やこの出会いもなかった。
ネイルに目を付け、それを学ぶ為に単身アメリカへ。ノウハウを身に付け帰国し、ネイル業で大成功。
実はお金持ちマダムのすみれ。まあ、身に付けてるものを見れば分かるけど。
谷あり山あり、服役から大成功。凄い人生…!
二生分のようなすみれの人生だけど、本人は心の底から幸せだったのか…?
息子の事もあったし、あれ以来お一人様のようだし…。
そんな時、この無愛想なタクシー運転手との出会い…。
最初は面倒臭ェって感じや話も上の空だったけど、いつしかすみれの話に聞く耳を立てる。
我々もこのタクシーの“3人目の乗客”として聞き入っていた。
浩二も次第に笑顔を見せるようになる。
ちょっとした毒舌、何気ないやり取り、ナチュラルな掛け合い…。倍賞千恵子とキムタクのケミストリー!
すみれから話で色々受けた浩二が今度はすみれにお返し。
二人でディナー、腕を組んで夜の街を歩く…いや、はっきりデート。嬉しそうなすみれに対し、ちょっと照れ臭そうな浩二が二人の性格や関係性を表している。
“無愛想”から“紳士”へ。倍賞千恵子をエスコートするキムタクは、まんまリアル・ハウル!
いつものキムタク・オーラは抑え、名匠と名女優の下で、初めてとも言える受け身の平凡な中年男を演じたキムタクが実にいい。
仕事くたくたで帰ってきて、ソファでくつろぐ姿には序盤こそ違和感あったけど、段々それも薄れて馴染んでくる。
娘に優しい父親、口では素っ気ない事言うけど奥さんを大事にする夫、ファミリーマンの姿は素…?
それでいてしっかりスター性や魅力も。ラストシーンの涙が美しい。この為のキャスティングだったんだと。
思ってた以上にフランス版を踏襲しているので、オチも分かっていた。
まさか…。突然過ぎる…。
妻を連れてまた会いに来ると約束したのに…。
分かっていても、ここはやはりしんみり。
そんな悲しみから、サプライズ過ぎるサプライズ!
フランス版通りとは言え、出来過ぎでもある。
しかし、それ以上のものがある。
知人はたくさんいるだろうが、親しい友人は居なさそうなすみれ。身内も…。
裕福成功者に見えて、壮絶な人生を歩んできた面倒臭いこんなばあさんに優しくしてくれた運転手さん。
あなたはどうして俺なんかに?…って思うだろうけど、それがその人にとって欠けがえのないものになる事だってある。
世の中にはある筈。一時の出会いがその後の人生に多大な影響与えたり、生涯忘れられなかったり。
それを、一期一会って言うんだよ。
大切な大切な、一期一会のあなたへ。
コロナや当初予定していた主演の死去でキャリアで最も苦労したであろう『キネマの神様』。
山田節全開ながら、ちょっと締まらなかった『こんにちは、母さん』。
直近の作品も悪くはないが、間違いなく直近の作品ではベスト。
94歳でまだまだ魅せてくれる!
年齢的にいつ遺作になってもおかしくないが、それでも次を乗車したくなってしまうのだ。
共感ありがとうございます!
自分はパリタク未鑑賞なんですが、山田洋次オリジナル作品だと自分に言い聞かせて鑑賞して良かったと思います。
帝釈天が出発地点というのが粋ですが、欲を言えば老人ホームは金沢八景の太田屋近辺に設定して欲しかったです。地元横浜の元町をロケ地に選んでもらって、子供の頃家族で買い物に出かけた懐かしい思い出がよみがえりました。
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