「歳を取るって、こういうことなんだな」TOKYOタクシー マルホランドさんの映画レビュー(感想・評価)
歳を取るって、こういうことなんだな
個人タクシーを経営している運転手の宇佐美は、85歳にもなる高野まゆみというお客を東京・柴又から神奈川の葉山にある老人介護施設まで送迎するという仕事をこなすことに。
神奈川に出発する前に東京のいろんな箇所を見ておきたいと告げた彼女の案内で、言われた通り車を走らせる宇佐美。車内で思い出話を始める高野の話を聞くうちに彼女の過去が次第に明らかになっていく。
タクシーでの旅を見ていくうちに分かることは、「場所には記憶が宿る」ということだ。
普段何気なく通っている橋も、80年前は戦争で炎に包まれ、そこから飛び降りる人がいたり、昔住んでいたアパートには、当時好きだった人と一緒に暮らしていて、「ああ、こんな時もあったんだな」と若い時の自分を振り返ることができる。
そんな思い入れのある場所に足を運ぶと、当時の記憶がふと蘇るのはさながらちょっとしたタイムスリップを経験できる。
街の風景は数年経てばだいぶ様変わりするし、建物も姿かたちを変えて生まれ変わる。ましてやその土地から離れて何十年もたてば、一見そこがどこだかわからなくなる。
しかし、久しぶりに訪れてもそうした記憶が呼び起こされるのは、生き物の中でも人間特有の能力でもあり、素晴らしいことだ。また、時系列がバラバラではなく、年齢ごとに体験した順番だったのも記憶をたどりやすく見ることができて良い。
一方で、柴又から神奈川の老人介護施設までの思い出の地を巡っていく旅は、自らの半生を振り返る過程なのだと分かる。
車での旅の途中、高野の思わぬ出来事に動揺を隠せないでいる宇佐美だが、あそこまで重い出来事はそう軽々と口にはできないと思うし、彼女が自分の病気はとても重いものなのだとわかっているからこそ誰かに聞いてほしかったと思う。
高野は自分の半生を振り返っていくうちに、彼女が自分の気持ちをはっきりしなかったゆえの後悔というものを感じた。韓国人の彼に対する想い、夫に暴力を振るわれていたときの悔しさ。
人間は暮らしていく中で、ふと何気ない言葉を言ってしまいがちだが、謝ることも大事だし、言わないと後悔してしまうんだな、と今更ながら実感した。
介護施設についたときに「あれもやりたいこれもやりたい」と必死に伝えるが、宇佐美は断固拒否する。
死ぬ間際にやりたいことを思いついても、死という運命からは逃れられない。高野は宇佐美に対して「自分の口で思いを伝えなきゃダメだ」としつこく言うところも、悔いは残すなという助言だと感じる。
木村さんと倍賞さんの両者の演技もいい。宇佐美は最初、高野に対して「はいはい」と聞いていたけれど、高野の思い過去を告白してからの2人の関係性が近づいていく描き方がとても丁寧かつ、繊細だ。不思議なことに彼らがまるで親子のように感じられる。いや、祖母と孫かな?
とても自然だし、全くぎこちなくないし、堅苦しくもない。そして無理やり感もない。だからこそすごく癒やされる。
非常に限られたスペースで織りなす話だけれど、だからこそじっくり見れる一本だと思った。
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