「しみじみと心に沁みます」TOKYOタクシー クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
しみじみと心に沁みます
こんなに東京ってキレイでしたっけ? もちろん裏のダーティだって当然ありましょうが、美しいところも当然ある。その良きところだけを東京観光風に愛でて、ハートウォーミングにしてくれる。映画って本当にいいですね。
素晴らしい佳作です、ほっこりと心温まり、観て本当によかったと。昨年の今頃の撮影のようで、この晩秋にこそ観る価値絶大です。初日の鑑賞でしたが、随分と観客が入ってまして、山田洋次ブランドの威力を感じました。原作がフランス映画「パリタクシー」2023年 だとか、流れるクレジットを見て初めて知った次第。残念ながら私は観ておらず、ですが本の映画化と同じく、リメイクだろうと原作本(映画)との比較はさして意味がありません。一緒に観た多くの観客にとっても山田洋次の脚本・監督作として観ているわけで、原作をどう料理しようが構わない。ただ、お洒落なファンタジーの要素が非日本的に感じたのは確かでした。
御年94歳ですよ!日本の至宝監督の新作がこうして観られるなんて、有難い限り。実際、次は?次は?でここまで来ましたが、必ず「その時」は来るのですから覚悟は必要でしょう。だからと言って慰労の意味合いで本作を甘やかすのは失礼にあたります。シンプルな小品ですが、しみじみと心の温かさは確かなものです。
タクシーの運転手と客である老婦人の2人っきりの会話劇。基調は映画「ドライビング Miss デイジー」1989年 がヒントと思われます。当然に老婦人が主軸であって、倍賞千恵子が当然のようにキャスティングですが、「男はつらいよ」の印象からして庶民的な化粧っ気のない役から一転バッチリメイク、指先ネイルのテンコ盛りデコレーションのマダム風情に驚きましたが、まるで違和感ありません。ちょいと江戸っ子らしいストレートな物言いを演じ、小気味よい。ほぼ役と同年で殆ど座ったままの演技ってのも、配慮がなされれ、良く練られたものです。
対する運転手役の木村拓哉もいい味わいの役者になったもので。何を演じても「木村拓哉」と言われた時期もありましたが、苦節を感じさせ、老婦人への思い遣りを徐々に解き放つ優しさが秀逸です。音大付属高校への推薦入学とは、金が否応なくかかりますが、「娘があれ程喜んでいるのだから、やるっきゃないでしょ」のセリフは親心全開で、同時にラストに繋がる本作のベクトルとなるわけで。
老婦人の過去が少しずつ語られ、その都度フラッシュバックで描かれます。すっかり監督に気に入られた蒼井優が若き日のすみれに扮しますが、昭和っぽさが妙に似合います。夫役の迫田孝也は本当にクズ男の役が多く、イケメンなのにお気の毒としか言いようがありません。あそこに熱した油を掛けられたら、どんな表情になるのが、演ずる上で相当に悩まれたと思いますね。ただ、この「仕打ち」は浮気三昧のような馬鹿旦那に対する発想行為で、このシチュエーションには少々違和感を感じます。そもそも大陸的な大胆過ぎる行為で、間違えば逆・阿部定ですからね。だから翻訳ものなんだと納得してしまいます。
東京大空襲に始まり、北朝鮮帰国事業、家庭内暴力、男尊女卑など、「昭和」そのものを総括したようなエピソードに、山田監督御自身の総括のようにも感じてしまいました。柴又を出発点とし神奈川の葉山まで、10時間以上に渡るタクシーの料金ってのを聞いてみたかったのに、サッとそこをスルーしてしまうのであれ? でしたがそれを伏線にして1週間後の幻の再会に繋がる作劇が巧妙。都区内の土地と家を売るとなれば、あのくらいの金額は当然でしょうが、妻役の優香が驚き崩れるのもわかります。
監督のインタビュー記事によりますと、巨大で精緻なLEDスクリーンを背景に車内シーンをスタジオで撮影されたとか。まるで違和感なく、アングル替えても自由自在でリアルな撮影が出来るって凄いことです。監督も主演も高齢であればこんなのもアリでしょうね。もっともっとこのタクシーに乗っていたいと思いました。
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