「95点/☆4.5」TOKYOタクシー 映画感想ドリーチャンネルさんの映画レビュー(感想・評価)
95点/☆4.5
2022年のフランス映画「パリタクシー」を原作に、巨匠・山田洋次監督が男はつらいよシリーズで長年連れ添った倍賞千恵子と木村拓哉を主演に、東京・柴又から神奈川・葉山の高齢者施設への、たった一日のタクシーの旅を人生の縮図のように紡ぎ出すロードムービー。
3回涙した。素晴らしい。感動で胸が熱い。
オリジナルのフランス版は元々評価が高く、それを日本版としてリメイクした形だが、日本版を先に観た。
余韻に浸りたくアマプラ見放題にあったオリジナルを観ると、山田洋次が何を付け加えたかが痛いほど浮かび上がる。
倍賞千恵子でしか言えない言葉を、木村拓哉でしか受け止められない言葉を、それは必然だった。改めて日本版への感動が湧き上がってきた。
個人タクシーの自由と不規則な生活、家族と擦れ違う夜勤、無機質になっていく運転手の感情。それらが日本版では物語の厚みとしてしっかり息をしている。
明石家さんま・大竹しのぶという山田組ならではのゲスト出演も効いている。
倍賞千恵子の凄み。それは最初に会ったときの距離感。
「裕福そうだけど気難しそう」と思わせておいて、話し出した瞬間に明るくチャーミングに変わる。
その絶妙な温度差が、彼女の80年分の光と影を一瞬で説明してしまう。
それが出来る女優は少ない。倍賞千恵子に託した理由が分かる。
何気ない会話から彼女の波乱の人生が明るみになり始め、最初はお金のためと面倒くさそうに運転していただけの宇佐美が、次第に自分の身の回りの事のように彼女の身に起きた哀しみへ怒りを滲ませる。
何気ない会話から徐々に明かされる彼女の波乱。
戦争で奪われた父との別れ。思い合いながらも時代に阻まれた初恋。
シングルマザーとして生きる苦しさ。経済的な理由で選んだ結婚。声を上げられなかった時代の壁。そして、その選択が息子を苦しめてしまったという悔い。
フランス版では息子との再会が叶うが日本版では再会すらなく、息子の亡骸とも会えぬまま刑務所で歳を重ねる。
「会おうと思えば会えたのに会わなかった」という懺悔が、より痛烈に描かれた。
息子を失い、生きる支えを失った彼女に刑務所は「死ぬことすら許さない場所」だったという日本版独自の視点は、胸の奥を深く突き刺す。
東京の名所、整った並木道、懐かしさと都市の現代性が混在する風景──そこから離れていく旅路は、まるで彼女の人生の縮図だった。
一方で運転手・宇佐美の生活も丁寧に積み上げられる。
娘の進学費用、家族を幸せにできているのかという不安、初恋のマドンナへの卑屈さ。
その卑下する気持ちに彼女は突然怒り出すが、後にその理由が腑に落ちる構造も日本版らしい。
木村拓哉のキャスティングは説得力そのもの。
人生の終盤に訪れた、最後の予期せぬ恋。
彼女が最後に見せた行動も、不意に腑に落ちる。
惚れてしまったのだ。彼に。彼と過ごした、あの一日に。
「あなた、その時何してたの?」
「まだ生まれてません」
「……あ、拝んじゃった」
「お願い、あのホテルに連れてって」
日本版ならではの柔らかなユーモアと、彼女が女性としての時間を取り戻していく喜びが溢れている。
食後に後部座席ではなく助手席に座る仕草すら、デートを楽しむ少女のようで愛おしい。
施設に着いてからの別れのシーンは、日本版独自の痛みと温度がある。
ドアの機械音や職員の無機質さが、まるで彼女が再び収容されるようで、心がひりつく。
「こんな素敵な一日を、こんな終わり方で終わらせたくない」彼女の心の声が、画面の外まで滲む。
他人に大金を渡す展開は一見無理に見えるし、見たことのある展開かもしれない。
だが誰にも見送られず、誰にも面会に来ず、ひっそり消えていくはずだった人生に「温かい最期」をくれたのは宇佐美だった。
月が浮かぶ暗い夜を美しいと思えたのも、あなたと過ごした時間があったから。
息子が亡くなった歳は、宇佐美の娘と同じ。
生きられなかった息子の分まで娘を大切にしてほしいという願いが、言葉にされないままそっと響く。
「あなたは、思っているよりずっと素敵よ。笑うともっといい男」
彼女の想いは、ただの感謝ではなく最期の恋の告白だった。
歌手でもあった倍賞千恵子の透き通る声で歌われる歌。
日本版独自の余韻を残すエンドロールの並べ方。
たった一度の出逢い。
たった一度の旅。
それでも、片時も忘れられない時間は存在する。
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