劇場公開日 2025年11月21日

「令和から見る昭和の価値観が見どころ」TOKYOタクシー アラ古希さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0 令和から見る昭和の価値観が見どころ

2025年11月21日
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鑑賞方法:映画館

原作となった 2022 年のフランス映画「パリ タクシー」は未視聴であるが、この映画を見て俄然見たくなった。東京の名所なら、先日徘徊して来たばかりなので、東京駅や皇居周辺、国会議事堂など、リアルに感じられた。タクシーの運転手宇佐美浩二役がキムタクで、乗客の高野めぐみ役が倍賞千恵子というのは、21 年前の「ハウルの動く城」を彷彿とさせる組み合わせである。

柴又の帝釈天で映画が始まるのは、山田洋次ならではのパロディであろう。帝釈天から神奈川の葉山までだと、高速を使えば2時間ほどだと思うが、あちこち寄り道しながら一般道を通っているので、10 時間ほどもかかっている。その間、車の中で交わされる二人の会話が大きな見どころになっている。

すみれの語る身の上話は昭和感が満載であるが、それはむしろ昭和の生きづらさや男尊女卑の空気が強く残った思い出話で、必ずしも嬉しさを伴うような懐かしく思い出される話ではない。亭主とも子供とも縁の薄い人生を送って来た人物で、聞いていると深く同情を感じさせられるところが多く、令和の常識では理解し難い人生である。

宇佐美の方も個人タクシーでの生活は厳しく、中学生の娘は音大附属高校への推薦受験が認められているらしいが、出費が大きくて夫婦は頭を抱えていいて、信州にある妻の実家を売却しなければならないのではという切羽詰まった状況にある。

車内での会話は示唆に富んでいて、特に宇佐美が奥さんについて語る話をすみれが叱責する部分は、普段私が娘から注意されている内容で、非常に身につまされたが、昭和の男にはまず絶対に歩み寄れない部分であると思う。私は幸いにも意識の高い平成生まれの娘の薫陶を受けて、そういう価値観を理解できる珍しい昭和の男になっているので、こうした視点に注意が向けられる山田洋次は流石だと思わされた。

DV という言葉もない時代に、卑劣な男に復讐するすみれの気持ちはよく分かるが、行った行為は重罪である。事件が世間を騒がせたことで息子の生活にも大きな影響があったことは疑いない。多くの人が犯罪に手を染めることなく踏みとどまるのは、その行為によって自分ばかりではなく家族にも辛い思いをさせることが分かっているからであるが、彼女は我が子可愛さに踏み越えてしまったのだろう。ただし、その気持ちは、我が子には残念ながら伝わらなかったようである。

一時停止違反を巡回の警察官に見咎められた場面では、宇佐美がすみれの機転で救われており、このドライブでは宇佐美が一方的に世話を受ける立場になっている。宇佐美が真剣にすみれの話を聞いて同情してくれたのは確かであるが、例えば心臓発作を起こしたすみれを病院に運ぶとかの、すみれを助ける側のエピソードがあった方が良かったのではないかと思う。

人生において、自分の努力よりも大きく作用するのは、誰と出会うかであると思う。すみれが若い頃に宇佐美のような男性と会えていれば、きっと違った人生が送れたに違いない。すみれが最後に言った我が儘を宇佐美が厳しくたしなめたことが、宇佐美には決して消せない後悔として残ったはずである。その負い目を感じながらあんな手紙を読まされたら、心が震わされるに違いない。

明石家さんまと大竹しのぶが両方チョイ役で(さんまは声だけだったが)出て来たのと、小林稔侍がカメオ出演しているのにも驚かされた。それにしても、笹野高史が演じた司法書士が善良な人で良かった。彼が自分の懐に入れていたら最悪の結果になっていたところである。エンディングの歌は衰えを感じさせない倍賞千恵子の見事な歌唱が大変な聴きものであった。
(映像5+脚本5+役者5+音楽4+演出5)×4= 96 点。

アラ古希
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