太陽(ティダ)の運命のレビュー・感想・評価
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問われているのは我々の民主主義、地方自治である。
RBC琉球放送とTBSの制作による優れたドキュメンタリー映画である。129分という長尺ではあるがしっかりと細部まで練り込まれ山根基世さんのナレーションも安定感がある。
タイトルの「太陽(ティーダ)」は沖縄ではリーダーの意味もあるようで本土返還後の知事たちの姿を描く。とはいえ普天間基地問題が主題となるので前半は4代目知事の大田昌秀、後半は7代目知事の翁長雄志の姿が中心となる。(8人の知事のなかでは最も実務家であったと思われる稲嶺恵一がたびたび登場して客観的なコメントを述べるところが面白い)
大田と翁長は政敵というべき関係であったが、最終的には辺野古基地の建設反対という共通の立場にたっていく。これはもちろん艦砲射撃、地上戦という戦争体験が原点にあり、土地の強制収用、米軍による後を絶たない事故や犯罪、環境汚染などを受けた県民の民意を反映したものである。
映画を観ていて感じたのは、大田が知事だった1990年代と、翁長が知事だった2010年代では明らかに国政も本土の世論も変容しているということである。劣化しているといって良い。
国政でいえば、大田の時代の橋本総理や野中官房長官は現実をみつめ沖縄の気持ちを汲んで妥協点を見いだそうと努力をしていたが、翁長の時代の国政担当者たちは「辺野古は唯一の解決策」との見解を機械的に繰り返し埋め立てを「粛々と」進めるだけであり話し合い自体が成り立っていない印象が強い。また沖縄を除く世論もSNSを中心に辺野古埋め立てに反対するものは極左、反日であるとの言説が目立つようになってきている。そこまでいかないにしても沖縄県による工事差し止めの手段が全て封じられてしまった今、既に終わった問題として捉えている者もいる。
沖縄は日本である。沖縄の民意が損なわれている、そして沖縄の地方自治が顧みられないということは、日本の民主主義ないしは主権が損なわれていることになる。これは現在もなんら問題としては変わっておらず存在している。自明の事実ではあるがこの映画はそこを徹底的に見せてくれた。
「基地か経済か」の選択の中で闘う姿を見せ続けた二人の知事の軌跡
心が揺さぶられる映画。もう一度見ようと思う映画。
沖縄県の基地問題や辺野古移設に至る経緯について、関係者の言葉が紡がれることによって、事実だけに留まらず、そこにある想いがヒシヒシと伝わってくる。
そして、何が起きているのか、何が問題なのか、分かりやすい。
冒頭は大田元知事の言葉から始まる。
「日本人は醜い ー沖縄に関して、私はこう断言することができる」
国の安全保障という言葉のもと、沖縄に基地の負担を押し付けている。(国土面積の0.6%の沖縄に在日米軍専用施設の70%が集中)
一方で県は民意として国に対して基地の県外移設を訴えつつも、産業振興においては国の力も不可欠である。歴代の知事はこの選択の間で常に揺さぶられていた。その中でも第4代知事大田昌秀さんと第7代知事翁長雄志さんは、基地関連の方策について国と法廷で争ったお二人だった。
複雑に絡み合った問題で「泥沼のよう」とも表現されていたこの問題に取り組み、闘う姿を見せ続けたお二人を見て、同じ日本人としてどう考えるか問われていると感じた。
沖縄は日本なのでしょうか
はい、故大田知事と、制作陣の問に対して私はそう答えます。沖縄は日本の縮図だと、住んでいた当時感じました。今日この映画を観て、もっと良い言葉をまさか彼の方からいただくことになろうとは、オナガ県知事へ投票した当初は、思いもしなかったのですが。
「沖縄は日本のカナリアです。真っ先に傷つき、殺されます」
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