プレデター バッドランドのレビュー・感想・評価
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これぞアメリカのスケールよ!
まあ…ビックリばっかり。自分はノーマルで観ましたけど4Dとか3Dで観たらまぁ大変な映像ですやろねぇ。あまりのアメリカと日本のスケールの差よ。そら大戦で日本がアメリカと戦うやなんて話になりませんやろよ。話の内容はなんやら解らなかったけどもあのメイクあの頭に被ってるバケモンの顔、あの吹っ飛びそぅな音響よ。エイリアンの親戚ですやん。初めて観ました、プレデター。優しいオネェちゃんとかは遠慮したほーがいぃかもですね。いやはや…ウケましたわ〰️。
Gキャメロン✖️小島秀夫=痛快SFアクション活劇!
プレデターであり、エイリアン2であり、ターミネーターであり、そしてメタルギアであり、デスストランディングであり!
エンタメ要素てんこ盛りの痛快SFアクション活劇でした!
プレデター デク(役名)が主役!
はまってました。特に人間語をしゃべらさないで、字幕にしたのが正解!寡黙な戦士のキャラが際立ってました!
そしてツンデレ。完全なツンデレ。アクション抜群のツンデレ。なのに、孤高の戦士からバディを得て、さらにチームになっていくプロセスはエモい!チームで救出に向かうシーンは往年の香港ノワールを彷彿とさせるエモさでした!チームの一員が、デク以外は、上半身だけアンドロイド、謎の子猿風モンスター、蛇モンスターと、個性派揃いですけれど。蛇モンスターがデクをかばって、、、も香港ノワールっぽい!蛇に漢気を見ました!
かつデクが、何かと見えを切る!爆発の炎を背に見えを切る!これも香港ノワールの傑作、男たちの挽歌2が入ってますよね? 歌舞伎要素も入ってました。
しかし、デクで最弱というプレデター軍団はどれだけ強いの?デクが戦いを積み重ねて強くなる話かと思いきや、デクさん、初めからかなり強いじゃん!プラズマブレードで向かってきた敵の推進力を利用して真っ二つは、見たいシーンの実写化でした!
ヒロイン役のエルファニングが凄く良い!
小島秀夫監督のゲーム デスストランディング2のトゥモロー役の思い入れが強いのですが、本役もとても可愛いく、そして、カッコ良い!
ネタバレですが、二役であり(善と悪)、一人で二人力であり!!!上半身と下半身のタッグアクションは、RRRの肩車アクションと同様、鮮烈でした!
また、バッドランドをデクとバディ行するシーンは、まさにデスストランディングで見たあの風景でした!バディを背負うシーンもまさにデスストランディング!エルファニングが、ウェイランドユタニ製ということは、エイリアンワールドとのコネクトも将来有り?楽しみです!
そして溢れ出るGキャメロン&小島秀夫監督風味!
メカは完全にキャメロン仕立て。ターミネーターに出てた飛行艇が本作にも出てましたよね。また、再生する不死身の敵の倒し方が、凍らせてから粉々に、はまさにターミネーター2ですよね!ラストのパワーローダーもエイリアン2のパワーローダーの巨大化ですよね!
かつ、パワーローダーの造形は、メタルギア要素もかなり入ってました。
ということで、110分にコンパクトにまとめつつも、見たいシーンを全部見せてくれた、トラクテンバーグ監督の手腕は素晴らしく、とても楽しめました。是非続編を作って頂きたいです!
かわいいリュック持ってるやん
プレデターなんかゴニョゴニョ言ってたけど英語じゃないよね何語?
吹き替え版だから全部日本語にしてほしいかな
読むのめんどいです
あと見た目が不快でなんか汚いです
最初から最後までオール半身汚人でした
全体的にこ汚い映画嫌いじゃないよ
ストーリーがめっちゃ良かったちょっと感動
次々に大型の化け物に襲われて迫力ありです
次は4DXで見たいけどずうーっとくっさい臭いなんかしないよね
挑戦的な試み
人間達の物語に謎のイレギュラーが乱入するサスペンス性が最大の魅力だった初代から時は流れて、エイリアンシリーズとのクロスオーバーの企画の際に人間が登場しない脚本案が愚作と一蹴され、無難又はナニコレな形で世に出た2作。原点回帰の雰囲気を纏った正統続編と、それを台無しにした大馬鹿一つ。黒人脇汗熱血デカの「2」以後迷走気味な本シリーズが賭けに出た。
冒頭、何とプレデター達が未知の言語で会話…しながらチャンバラを繰り広げる様はまんまスター・ウォーズで事前情報が希薄だった自分はやっちまったかと期待値が下がる。が、話が進んでいくとこれは初代の内容とエイリアンシリーズを踏襲しつつ新しい物語を作ろうとする挑戦的な試みである事が分かってくる。マニアック過ぎる愚作案を幅広い層に届ける為に、アイデアを練ってギリギリを攻めた本作は、正に弱肉強食以外の強さを知った若き戦士である主人公の様。旧シリーズファンは思う所大アリな人も多いだろうが自分は本作と本作のスタッフを称賛したい。
かわいい
エルファニングのヒール?クールな悪役も堪能できます
二倍以上たのしめる、なんてお得!
かわいいのは、バドとエイリアン的なアシッド攻撃のウナギみたいなのが、旅の仲間というか
戦友ー家族になるなんてプレデターものとしては新鮮!!!
ウナギがやられた時の怒り心頭が伝わってきて、こっからしっかりデクに移入しましたねー
今年のベストです
プレデターのfamily affair
プレデターを使ったSFヒーロー映画
少年漫画のような王道SF冒険活劇
未熟なプレデターが危険なエイリアンだらけの惑星で経験を積みラスボス討伐を目指すというシンプルなシナリオ。シンプルだがアクションに対する引き出しの多さが良く、ラストまで全くだれることなく走り切った。
シリーズ初のプレデターが主役という本作。冒頭からスターウォーズ感漂っていて「これプレデターでやる必要あった?」とは思ったが後半から過去作のオマージュやプレデターらしい戦闘スタイルで戦っているのを見て満足!
過去作と比べてジャンルを大幅に変更し、間口を広げて新規ファンを増やそうとしていたが、今作でプレデター好きになったお子さんたちが過去作を鑑賞すると、グロさゆえに度肝抜かれそう。それぐらい、ライトな仕上がりになっており一種のヒーロー映画のような作品だった。元々少年心くすぐるSF武器を駆使して戦うキャラゆえ、本作は主人公視点でたっぷりと戦闘シーンを拝めたのが非常に贅沢な時間だった。
脚本も起承転結がしっかり出来ており、間違えの無い作り。今後シリーズ化させる気満々の気合いのこもった一作目に仕上がっていたと思う。
プレデターシリーズは1(というか無印か)と2は観てるけど、他はちゃ...
プレデターシリーズは1(というか無印か)と2は観てるけど、他はちゃんと観てないし最近のは評判は良いけど配信のみでDisney+入ってないから観られないので、今作も劇場で予告編流れ初めてもそんなに関心はありませんでした。
しかし何回目かの予告編をよく見てみると下半身がないエル・ファニングを背負うプレデターて、もしかしたら『阿修羅 ミラクル・カンフー』のオマージュなのかそんなのハリウッドでやるやつなんているのか、しかもタイトルからテレンス・マリック味を感じるし、1本の映画で『阿修羅 ミラクル・カンフー』とテレンス・マリックにオマージュ捧げてるとしたら相当アタマのおかしいヤツに違いないと俄然興味が湧いてきました(ちなみに監督の前作『プレデター:ザ・プレイ』のビジュアルはテレンス・マリック味があるという評はみかけました)。
結果としては特に合体攻撃をしたりするわけでもないし、テレンス・マリック風味も今作はほとんど無しということで期待してた要素はあまりありませんでしたが(ただビジュアル的には『阿修羅 ミラクル・カンフー』知らないとは言わせない)、こういうのでいいんだよの典型の楽しい映画でした。従来のプレデターマニア達には人間味がありすぎるとか不満もあるらしいですがまあいいんじゃないでしょうか。
アメコミ風プレデター
シリーズの歴史に新たな1ページを刻む《最高傑作》!!
《IMAXレーザー、先行上映》にて鑑賞。
【イントロダクション】
シリーズ初、プレデター視点で描かれる新章。ヤウージャ族の落ちこぼれ戦士・デクが、最悪の惑星で究極の狩り〈ハント〉に挑む姿を描く。彼とパートナーを組むアンドロイド・ティア役に、『マレフィセント』(2014)、『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』(2024)のエル・ファニング。
監督・脚本は『プレデター:ザ・プレイ』(2022)、『プレデター:最凶頂上決戦』(2025)に引き続き、3度目のシリーズ監督となるダン・トラクテンバーグ。
【ストーリー】
プレデターこと“ヤウージャ”の母星。一族の若き戦士である“デク(演:ディミトリアス・シュスター=コローマタンギ)”は、兄のクウェイと共に一人前の戦士となるべく修行の日々を過ごしていた。小柄で戦闘技術も未熟なデクは、一族から「落ちこぼれ」として扱われ、クウェイだけが彼の良き理解者であり良き師でもあった。
デクは、一族の掟を重んじる厳格で冷徹な父・ニョールに認められる為、一族に伝わる“成人の儀”の舞台として、父すらも恐れる危険な生命体“カリスク”の生息する惑星ゲンナへ赴こうと考える。しかし、クウェイはデクの身を案じて反対する。そんな最中、2人の元にニョールがやって来る。彼はデクを「一族の恥さらし」として唾棄し、クウェイにデクを始末するよう命じる。しかし、クウェイは命令に背いて父と交戦。デクを宇宙船に幽閉し、自らの命を犠牲にして彼を惑星ゲンナへと向かわせる。
惑星ゲンナのジャングルに不時着したデクは、早々にこの星の過酷な生態系を目の当たりにする。十分な装備もなく、辛うじて持ち込んだスピアや弓矢といった武器も失ってしまう。彼に残された武器は、プラズマ・ブレードと僅かな装備のみ。
あらゆる動植物が過酷な環境で凶悪に進化したこの星で、デクは翼竜ヴァルチャーの狩場に迷い込んでしまう。すると、ヴァルチャーの巣に捕獲されていたウェイランド・ユタニ社製のアンドロイド“ティア(エル・ファニング)”が、彼に助言する事を条件に、共に旅をする事を申し出る。しかし、ヤウージャは他人と協力せず、一人で獲物を狩る孤高の戦士であり、デクはティアの申し出を一度は断る。すると、機転を効かしたティアは、「私はアンドロイドだから道具だ」としてデクを納得させ、下半身を失って歩行が出来ない自身を彼に背負われながら、仲間のアンドロイドであるテッサ(エル・ファニング)達の元へ連れて行ってもらう事にする。
やがて、旅の途中で猿を思わせる不思議な生命体“バド”も加わり、カリスク狩りの過酷な旅が始まる。
【感想】
『プレデター』シリーズは、今年で38周年。『エイリアン』とのクロスオーバー作品2作を含め、全7作品が製作されてきた。そんなシリーズが積み重ねてきた“歴史”があるからこそ出せる“新しい味”というのがある。本作は、それを存分に堪能する事が出来る一作だ。個人的には、シリーズ第1作(1987)に匹敵、いや凌駕する程のシリーズ最高傑作と言っても過言ではないと思う。
監督・脚本のダン・トラクテンバーグは、配信リリースとなったシリーズ7作目『ザ・プレイ』でもその手腕を発揮しており、私としては「この監督が満を持して劇場公開作を手掛けるならば、期待出来る!」と、本作の公開を心待ちにしていた。
本作を極端に言い表すなら、「最弱のプレデターが、最強のプレデターになる話」だ。
しかし、本作はそれだけに留まらない。デクとティアの「バディロードムービー」としても最高であるし、失った者達が1つのコミュニティを形成する「擬似家族ムービー」としても最高である。兄弟愛や友情、父親という壁を克服する「少年漫画的ムービー」としても最高である。本作は、そうしたあらゆるヒット要素を内包した、非常に完成度の高い作品なのだ。
そして、本作はディズニー傘下となった21世紀スタジオ(旧20世紀フォックス)だからこそ作れた作品とも言える。この“ディズニー臭”に嫌悪感を示す人もいるかもしれない。しかし、『スターウォーズ』シリーズの「ルーカス・フィルム」や、『アベンジャーズ』シリーズを始めとしたMARVELスタジオを買収し、世界的人気コンテンツを使い潰してファンを失望させ続けてきた昨今のディズニーが、これほどまでに「らしさ」を前面に出しつつも、非常に優れた一作を世に放ったのは驚異的であり、シリーズファンとしては素直に喜ばしい事だと考える。
勿論、それには何よりもダン・トラクテンバーグ監督はじめ、素晴らしいキャストやスタッフの力によるものであるのだが。
メインウェポンをこれまでのリスト・ブレイドやスピアから新登場のプラズマ・ブレードに持ち替えたデクの姿は、さながら少年漫画やファンタジーRPGの主人公。
代名詞とも言えるショルダー・プラズマ・キャノンは、まさかの敵役であるテッサが用い、ガントレットの小型核爆弾は作中誰も使用しない。
そんな新しい武器を手に活躍するデクの戦闘スタイルも、これまでのシリーズにない斬新さと面白味に溢れている。特に、クライマックスでウェイランド社に潜入する際の、惑星ゲンナで知り得た知識や出会った生物を駆使して独自の装備を構築する姿は本作の白眉だろう。
アンドロイド兵に囲まれた際の落ち着いた佇まいは、侍らしさも感じさせる。
カリスク、ティア、ニョールと、物語の進行に合わせて様々なボスキャラが登場し、それぞれで最高の戦闘を繰り広げてくれるサービス精神には敬服する他ない。特に、ラストでニョールと対決する姿は、「あんなに面白いものを沢山見せてくれたのに、まだ見せて・魅せてくれるの?」と驚嘆した。
ニュージーランドで行われたロケーションも素晴らしく、危険極まりない異星でありながらも、荘厳な自然の風景には思わず目を奪われてしまう。実際に現地に赴き、現地の民族と交流しながら紡ぎ出されたこの世界観も、本作の外せない魅力なのだ。
そして、それだけの密度を誇る本作を107分の尺に収めてしまうのだ。SFエンターテインメント作品ながら、最早、芸術の域に達している。
トラクテンバーグ監督は、きっと面白いプレデターを撮る為に生まれてきたのだ。
【ヴィランをヒーローに。視点を変えた事で開かれた“新たなる道”】
これまで、プレデターは「強者を求める宇宙の戦闘民族」として“悪役”の立場で描かれてきた。番外編的作品である『エイリアンvs.プレデター』(2004)で“成人の儀”に挑む若いプレデター達や、続く『エイリアンズvs.プレデター2』(2007)にてエイリアンの駆除を目的に地球に飛来した“ザ・クリーナー”は、ギリ悪役とは言えない立場(それ以上の悪役をエイリアンが務めていたので)だが、少なくとも善玉ポジションではなかった。
本作では、大胆にもデクを完全な“ヒーロー”としてのポジションに置き、逆境に立たされた主人公の成長譚として描いている。これまでと立ち位置を変えた事で、こんなにも新しい景色を見せてくれるものなのかと、正直驚嘆した。
デクは「一族の恥」とまで言われている程の落ちこぼれであり、身長も兄であるクウェイと比較するだけでも小柄である事が分かる。しかし、先ほど「最弱のプレデター」と銘打ったが、厳密に言えばそれは違う。あくまで、「そういう立ち位置に置かれている」のであって、兄・クウェイによる修行の甲斐もあって、身体能力や戦闘能力は決して低くない。それは、惑星ゲンナでのサバイバル描写や、カリスクを仕留めて見せた点からも伺える。言わば、「基礎は出来ている」状態なのだ。
ドゥニ・ヴィルヌーヴ版『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021)を彷彿とさせる読経風の音楽と相まって映し出される、荒涼とした荒野の広がるヤウージャの母星。そこで修行に明け暮れるデクとクウェイ。戦士としてはまだ未熟ながら、兄との間にある確かな「家族」としての繋がり。
そんな彼を「始末しろ」と命じる厳格で冷酷な父・ニョールと、弟を救う為に命を賭けたクウェイ。そこにあるのは確かな「兄弟愛」と、かつてデクに救われたクウェイの恩返し。そして、デクはクウェイの計らいで狩りの惑星へ。このテンポ良い冒頭の掴みからして既に完璧。デクへの感情移入を自然に促し、以降の惑星ゲンナでのサバイバルを共に体験する事が出来る。
ティアから聞かされたオオカミの習性に倣い、星で得た全ての知識や生物を活用・味方に付け、決戦に挑む姿は、シリーズ第1作の『プレデター』(1987)にて、アーノルド・シュワルツェネッガーことシュワちゃん演じるダッチが決戦前に装備を整えていた姿を彷彿とさせる。
また、ウェイランド社のユニットの燃料に点火し、ブレードを天に掲げて咆哮してカリスクを呼び寄せる姿は、かつてダッチがプレデターとの決戦に挑んだ光景まんまであり、ファンならば思わずニヤリとしてしまう。
【旅を通じて描かれる“擬似家族”構築の道】
彼とバディを組む事になるアンドロイドのティアのキャラクターも非常に魅力的。仏頂面で彼女をあくまで「道具」として運ぶデクとは対照的に、ティアは絶えず会話し続け、デクについても興味津々。カリスクに襲われて切断され失った下半身とのコンビネーションも面白く、脚だけがウェイランド社の基地をてくてく歩いて行く姿はシュール。
そんな彼女を演じたエル・ファニングの1人2役の演技も素晴らしく、ティアとしての陽気で心優しいアンドロイドと、テッサとしての冷徹で任務遂行を最優先とする恐ろしさの演じ分けも見事だった。
旅の途中で出会うバドの可愛らしさは、ディズニーらしいマスコットキャラへの愛着を促す点は気になりつつも、やはりその愛らしさから自然と好きになっていく。
その正体がカリスクの子供という事が判明するのも見事で、カミソリ刃の草原でのティアの「あの子ただものじゃないかも」という台詞から既に伏線が張られている。ラストでは少しばかり成長して母親の姿に近付いているが、あの驚異の再生能力はどの時点から獲得されるのだろう。
物語中盤まで、デクとティアの最優先事項となるカリスクの存在感も良い。最強の生命体として恐れられるだけの巨躯と高い身体能力もさる事ながら、真に恐ろしいのは首を刎ねて尚も再生する驚異的な再生能力。この能力設定が上手く、デクに一応の勝利を収めさせ、彼の株を落とす事なく、更なる展開へと繋げていく。デクは言わば「試合に勝って、勝負に負けた」状態となるのだ。そして、彼女もまた子を思う母親なのだとクライマックスで共感させられる。
ラストでは、それぞれが兄や姉妹機、母親を失いつつ、互いに支えて合う真の「家族」として再出発する。擬似家族はハリウッド脚本の十八番だが、本作はその魅力を十分に引き出していた。
【“あのシリーズ”の要素は、もしかしてクロスオーバーへの布石?】
本作で敵役となる組織ウェイランド・ユタニ社。その目的は、宇宙に存在する凶暴で強靭な種を捕獲して、生物兵器として利用する事。ファンには言わずもがな、この会社は『エイリアン』シリーズに登場する巨大企業である。
クライマックスでテッサが搭乗するパワーローダーも『エイリアン2』(1986)を彷彿とさせる。
他にも、本作には酸を吐くウナギのような生命体やテッサ達の報告を受ける“マザー”等、『エイリアン』を彷彿とさせる要素が多く散りばめられている。
とすると、同じ21世紀スタジオ作品である以上、今後シリーズが続けば、ディズニー傘下後初の『エイリアンvs.プレデター』が実現するかもしれない。少なくとも、私は鑑賞後にそうした展望があるのだろうと考えた。
【総評】
これまでのヴィランとしてのプレデターを、ヒーローとして新たな視点で描き、超一級のエンターテインメントとして成立させたダン・トラクテンバーグ監督の手腕、お見事でした。
ミッドクレジットで描かれたデクの母親の宇宙船の登場は勿論、『エイリアン』シリーズの要素を多く含んだ本作が、今後どのような展開を見せるのか楽しみで仕方ない。
祝 迷走期脱出
始まりは1987年のジャングルからだったが、紆余曲折あり、ダン・トラクテンバーグ監督に落ち着いたのだろうか。ディズニープラスで配信された前作、「プレデター:ザ・プレイ」が好評だった事を受け、ディズニー側はすっかり監督に頼ったのだろう…
スピンオフを除いて2010年の「プレデターズ」、2018年の「ザ・プレデター」は興行的には芳しく無く、一方で共演済みの「エイリアン」の方が壮大なSFに生まれ変わり、そして「エイリアン:ロムルス」と心機一転生まれ変わったばかりであった。それに比べると寂しいものがあったが、ようやく壮大で見応えたっぷりの作品になってくれた。面白いとかつまらないとかの前に、映画プロジェクトから外されるのではと心配だったこのシリーズに新たな命を吹きかけてくれたのである。
今回は、“プレデターが主人公"という初めての試みである。あの化け物にどうやって感情移入すれば良いのだと思うが、過去作よりも表情が豊かであり、なんせ"喋る"という初のタイプで来るではないか。
冒頭の彼らの母星で描かれる胸熱な展開から、ドラマパート、アクションパートと満遍なく触れ、107分という最近のSFにしてはやや短めな本編であっという間に見せてくれた印象である。新しい試みというのはシリーズものでは吉と出るか凶と出るか分からないところがあるが、良くぞここまで振り切ったと拍手を送りたい。後半に生きてくる新キャラの存在や、エル・ファニング演じるアンドロイド、ティアが陽気なキャラクターである事など、大衆向けのエンターテイメントになっており、グロくし過ぎて子どもが観れなかった「ザ・プレデター」とは明らかに作風が違う。喋らない事が敵として不気味で、かつ崇高な狩人としての格好良さが感じられたのがプレデターだが、主人公のテグは半人前で家族からも見放された、“落ちこぼれ"であり、身の上話をティアに話す辺りから完全に感情移入してしまった。一方でティアも唯一“感情"も持つアンドロイドであり、その感情を持つ理由が明かされた時は、忘れていたが製造元であるあのウェイランド・ユタニ社がつくづく凶悪ブラック企業である事が改めて分かった。「エイリアン」シリーズには欠かせないアンドロイドだが、やはり命令に忠実、無感情、という“いかにも"なアンドロイドにどれだけの人が振り回されて来たか…「エイリアン:コヴェナント」ではとうとう神の領域に足を踏み入れてしまったが、本作でも感情の有無での行動の違いがはっきりと描かれている。まさかプレデターも巻き込む事になるとは…ウェイランド・ユタニ社よりウォルト・ディズニーの方が怖いかも知れない。
本シリーズにウェイランド・ユタニ社が出てくるという事は「エイリアン」シリーズとのクロスオーバーも実現間近だという事だが、本作ではウェイランド社とユタニ社の合併後が描かれているという事は第1作目「エイリアン」と、現在配信中のドラマ、「エイリアン:アース」の後、「エイリアン2」とほぼ同時期か後という時系列になる。そうすれば「エイリアン:ロムルス」との辻褄合わせも問題なさそうだが、果たしてどの様に実現するのか。期待大で待ちたいと思う。
プレデターを応援していたI found myself cheering for the Predator.
一族の宿痾を背負った
恵まれない体躯の若者(プレデター)が主人公。
観始めてほどなく、
予告編の映像が払底する。
しばらくは、
これはハズレか?
と思ってたが、
生き残るのも大変な弱肉強食の惑星で
様々な出会いを経て、
物語はある意味大団円を迎える。
気が付けば、
体躯に恵まれない
若いプレデターは、
一族の抱える宿痾を
跳ね飛ばす戦士へと変貌を遂げる。
最後には
【頑張れ】と応援する心持ちになっていた事に
少々驚くとともに、
少しも嫌な感じはしなかった。
強敵と書いて【友(とも)】と呼ぶ
週刊少年ジャンプ的な展開は
どうも熱くなる様だ。
熱くなる映画です。
見た目が怖いプレデターが
不思議と好きになる、
そんな映画です。
The protagonist is a young Predator—physically small and burdened with the hereditary curse of his clan.
Not long after I started watching, I realized the trailer had already shown most of the flashy scenes.
For a while, I thought, Is this one of those duds?
But as the story unfolded—on a brutal planet where survival itself is a struggle—the encounters he experiences gradually lead to an unexpected, almost grand ending.
Before I knew it, that physically frail young Predator had transformed into a warrior capable of breaking free from his clan’s curse.
By the end, I was genuinely rooting for him—and was a bit surprised to find that it didn’t feel strange at all.
In the classic Weekly Shonen Jump sense of the phrase, “a formidable foe is also a friend,” the story hits that same fiery note.
It’s a movie that stirs your blood.
A film that somehow makes you grow fond of a creature who looks terrifying.
新しいプレデター
血と理性の狭間で「他者」を描くことのリスク
『プレデター:バッドランド』──血と理性の狭間で「他者」を描くことのリスク
ダン・トラクテンバーグ監督は、シリーズの中で最も挑戦的で、同時に最も危うい試みを実行した。本作は、狩る者と狩られる者という直線的構図の再構築ではなく、「理性と本能のあいだで生きる存在たち」を通して、文明そのものを問い直すで。
主人公デクは、弱いというだけで父から命を奪われかけ、兄の犠牲により群れ(?)から離脱した若きプレデター。彼は名誉という文明的制度を剥奪され、ただ生きるために砂塵の惑星で孤独な闘いを続ける。その中で出会うのが、感情を持たぬはずのアンドロイド・ティアと、幼体の怪獣カリウク=バドである。この三者の邂逅によって、シリーズは“狩りの物語”から“共生の物語”へと転化していく。
興味深いのは、「血の繋がりを持つ兄弟」デクとレグルが掟によって断絶される一方、「血の繋がりを持たない姉妹」ティアとシア(記憶上の姉)が感情で結ばれているという、対称的構造。さらに、幼体バドがデクに臭いを付ける=マーキングすることで、プレデターと獣のあいだにも“血を超えた家族”が成立する。掟の外で交わる者たちの絆。それはまるで、戦争と孤立の果てに生まれた“異文化の相互承認”を描く物語。
プレデターという種族は、かつて「理不尽で理解不能な捕食者」だった。しかし、本作では、彼らが「感じ、悩み、守る」側へとシフトしている。観客はもはや彼らを恐怖の対象としてではなく、“共感すべき他者”として見ることになる。その結果、シリーズを支えてきた“異質性の神話”は解体され、代わりに「異種間の共感」という普遍的主題が前面に出る。ここに、プレデターという存在の神秘性の喪失と人間的深化が同時に進行するという、二重の構造が生まれる。
さらに、ティアの設定は明確に『エイリアン』シリーズを踏襲している。Weyland-Yutani社製のアンドロイドとして登場し、上半身と下半身が分離して戦う場面は、AIが人間性を獲得する瞬間を視覚的に象徴する。プレデターが原始的な本能を抱え、ティアが人工知性として“感情”を学ぶ──その対比こそ、文明と野蛮、理性と本能の共鳴だ。トラクテンバーグ監督はこの共鳴を「恐怖」ではなく「赦し」として描いた。この選択は賛否両論を呼ぶが、確かにプレデターという神話を次の段階へ押し上げている。
ただし、ここには明確なリスクがある。プレデターを“理解できる存在”にしてしまった瞬間、プレデターはもはやプレデターではなくなる。本来、彼らは人類の理解を超えた理不尽の象徴であり、暴力の純粋形であった。その「理解不能さ」こそが、シリーズのホラー的魅力だった。ところが本作では、理不尽は理性に変わり、暴力は情へと昇華されてしまう。この“神話の人間化”は、作品を叙情的にする一方で、恐怖の根を抜き取る。
それでもなお、『バッドランド』が単なる裏切り作で終わらないのは、監督が最後まで「孤独な生」の美学を手放していないからだ。マーキングされたデクが、己の血をもってバドに印を返す終盤、そこには“狩り合う宇宙”の中で初めて訪れた静かな共存の瞬間がある。掟でも名誉でもなく、本能と感情の交差点にだけ生まれる“理解”──それがこの映画の最も人間的な場面であり、最もプレデター的な瞬間でもある。
神話を解体し、他者を描こうとする勇気。それがこの作品の最大の功績であり、同時にシリーズの最大の禁忌でもある。“狩る者”が“共感する者”になった今、プレデターという存在はどこへ行くのか。この問いを投げかけた時点で、『バッドランド』は単なる続編を超え、“理解と孤独の臨界点”を描いたSF寓話として記憶されるだろう。
王道物語にプレデターを当て嵌めた映画。
落ちぶれた主人公が新しい出会いを通して心身共に強くなる王道話の主人公をプレデターにした話。
やたらお喋りだったり家族思いだったりと主人公にする関係上のプレデターのこれまでとは違うキャラ描写をどう思うかで好き嫌いが別れそう。
なお吹き替えは日本声優の参加はたった五人で知ってるキャストは早見沙織、中村悠一、遠藤綾の三人でデクは終始字幕だから無理に見なくてもいいかも。
兄貴と約束したんだ……!
世界一のプレデターになるってな……!!
(※言ってません)
プレデターシリーズ完全未視聴での挑戦的観覧。しかし特に予備知識みたいなのが要らない内容だったのはありがたい。(成人の儀みたいなノリでハイテク狩猟をやってるのは何となく知ってる)
ストーリーもアクションも全体的に過不足なくしっかりまとまった優等生的な一作。
冒頭、落ちこぼれプレデターだった主人公デクを唯一気にかけてくれていた兄上の死から
神が深夜のノリで考えたようなデンジャラス動植物の楽園バッドランドへの上陸。
クソかわお喋りアンドロイド(5割引)のティアとの出会い、猿のようで猿じゃないマスコット野獣バドとの触れ合いで本当の「家族」というものを理解していく……と
悪く言えばテンプレ、しかし押さえるべきところをしっかり押さえた堅実な話運びで
ちゃんと味方陣営の3人を好きになれる観てて心地のいい画面だった。
そしてあのラスト。分かりきってはいたけどデクがはっきり"家族"という言葉を使ってくれたのは素直に嬉しかったし、「こいつらのこの先の冒頭をもっと見たい」とも思えた。
そこまで考えてから気付く。
「これプレデターでやる必要あんのか……?」と。
まあそれはいいとしよう。
シリーズ未視聴の奴が語ることじゃないし
単体作品としてしっかりした佳作ということで。
全334件中、161~180件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。











