「血と理性の狭間で「他者」を描くことのリスク」プレデター バッドランド こひくきさんの映画レビュー(感想・評価)
血と理性の狭間で「他者」を描くことのリスク
『プレデター:バッドランド』──血と理性の狭間で「他者」を描くことのリスク
ダン・トラクテンバーグ監督は、シリーズの中で最も挑戦的で、同時に最も危うい試みを実行した。本作は、狩る者と狩られる者という直線的構図の再構築ではなく、「理性と本能のあいだで生きる存在たち」を通して、文明そのものを問い直すで。
主人公デクは、弱いというだけで父から命を奪われかけ、兄の犠牲により群れ(?)から離脱した若きプレデター。彼は名誉という文明的制度を剥奪され、ただ生きるために砂塵の惑星で孤独な闘いを続ける。その中で出会うのが、感情を持たぬはずのアンドロイド・ティアと、幼体の怪獣カリウク=バドである。この三者の邂逅によって、シリーズは“狩りの物語”から“共生の物語”へと転化していく。
興味深いのは、「血の繋がりを持つ兄弟」デクとレグルが掟によって断絶される一方、「血の繋がりを持たない姉妹」ティアとシア(記憶上の姉)が感情で結ばれているという、対称的構造。さらに、幼体バドがデクに臭いを付ける=マーキングすることで、プレデターと獣のあいだにも“血を超えた家族”が成立する。掟の外で交わる者たちの絆。それはまるで、戦争と孤立の果てに生まれた“異文化の相互承認”を描く物語。
プレデターという種族は、かつて「理不尽で理解不能な捕食者」だった。しかし、本作では、彼らが「感じ、悩み、守る」側へとシフトしている。観客はもはや彼らを恐怖の対象としてではなく、“共感すべき他者”として見ることになる。その結果、シリーズを支えてきた“異質性の神話”は解体され、代わりに「異種間の共感」という普遍的主題が前面に出る。ここに、プレデターという存在の神秘性の喪失と人間的深化が同時に進行するという、二重の構造が生まれる。
さらに、ティアの設定は明確に『エイリアン』シリーズを踏襲している。Weyland-Yutani社製のアンドロイドとして登場し、上半身と下半身が分離して戦う場面は、AIが人間性を獲得する瞬間を視覚的に象徴する。プレデターが原始的な本能を抱え、ティアが人工知性として“感情”を学ぶ──その対比こそ、文明と野蛮、理性と本能の共鳴だ。トラクテンバーグ監督はこの共鳴を「恐怖」ではなく「赦し」として描いた。この選択は賛否両論を呼ぶが、確かにプレデターという神話を次の段階へ押し上げている。
ただし、ここには明確なリスクがある。プレデターを“理解できる存在”にしてしまった瞬間、プレデターはもはやプレデターではなくなる。本来、彼らは人類の理解を超えた理不尽の象徴であり、暴力の純粋形であった。その「理解不能さ」こそが、シリーズのホラー的魅力だった。ところが本作では、理不尽は理性に変わり、暴力は情へと昇華されてしまう。この“神話の人間化”は、作品を叙情的にする一方で、恐怖の根を抜き取る。
それでもなお、『バッドランド』が単なる裏切り作で終わらないのは、監督が最後まで「孤独な生」の美学を手放していないからだ。マーキングされたデクが、己の血をもってバドに印を返す終盤、そこには“狩り合う宇宙”の中で初めて訪れた静かな共存の瞬間がある。掟でも名誉でもなく、本能と感情の交差点にだけ生まれる“理解”──それがこの映画の最も人間的な場面であり、最もプレデター的な瞬間でもある。
神話を解体し、他者を描こうとする勇気。それがこの作品の最大の功績であり、同時にシリーズの最大の禁忌でもある。“狩る者”が“共感する者”になった今、プレデターという存在はどこへ行くのか。この問いを投げかけた時点で、『バッドランド』は単なる続編を超え、“理解と孤独の臨界点”を描いたSF寓話として記憶されるだろう。
いいねコメントありがとうございました。理不尽で理解不能な捕食者が 色んな意味で昇華してますね。
貴殿の精緻な文体 勉強になります。
でも プレデターに 共生とか要らない 気もします。ありがとうございました😊😊
プレデターはプレデターで 凶悪であって欲しい と切に願います。
こんばんは
とても難解ですが、引き込まれました。
私は「エイリアン」は全て観ていて、「プロメテウス」や
「コヴェナント」」「エイリアン:ロムルス」も観ていますが、
「プレデター」は一作目だけしか観てません。
だから孤高というか、
〉理不尽で、神話的な侵略者・・・であったのが、
〉神秘性を喪失して、人間的に進化(深化)したら、
〉プレデターでは、もはやない・・・
〉狩る者が、共感するものとなった今、
〉プレデターはどこへ行くのか?
成る程です。
もはや今までのプレデターとは別モノ(?)
との違和感ですか?
シェイクスピアの悲劇みたいな思考をする
人間みたいなデクですものね。
非常に単純でミーハーな私は、馬鹿みたいに喜んで
楽しみました。
貴重な意見、当初からのプレデターファンの方にとっては
複雑な気持ちになる改変だったのですね。
とても勉強になりました。
長々とすみませんでした。
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