トロン:アレスのレビュー・感想・評価
全270件中、61~80件目を表示
できれば旧作で予習を
クリエイター達の仕事に拍手
初トロンです。ゲームをしないので過去作はストーリー的に鑑賞意欲が湧かなかったのですが、本作は技術の進化による映像表現の凄さが見たくて鑑賞。期待を裏切らないすばらしさ。コードの世界が仮想空間として可視化され、またそのデザインのオリジナリティが面白かった。仮想空間から現実世界に出てくるというアイディアはSFならでは。コマンダーが創造主と名乗り、神の気分で大きな顔が語るシーン、あれ、オズの魔法使い?ディズニープロだからだと納得。人間の感覚を持ったAIは自分の判断に従い命令に背き、命令に忠実なAIは手段を選ばずという命令通りに突き進む。大掛かりなファンタジーを迫力のIMAXで楽しめた。真剣に考えたら矛盾が多いのだから難しいことは考えずただ楽しめば良いSFエンターテイメント作品。80年代がいいってデペッシュモード選ぶセンスが良い、Just can‘t get enough 懐かしい!個人的にはジェフ・ブリッジスが久しぶりに見られてとても良かった。続編対応可能な形になっているが、ひとまずクリエイターさん達にお疲れ様でしたと言いたい作品。
自我が生まれたAIの物語として面白かった
ドルビーシネマで鑑賞。
「トロン」の続編ってことで観ることにしたが、「トロン:レガシー」のことを全く覚えていないことに気がついた。もしかしたら観ていないかもというレベル。
だからつながりは全く理解していないまま鑑賞したが、意外と大丈夫だった。だって基本的にはAIのアレスに自我が生まれる話だから。「2001年宇宙の旅」や「ブレードランナー」でも描かれてきた、自我が生まれた機械の話と考えれば多少わからないところがあっても問題ない。
デジタルな世界にいるAI・プログラムが現実世界に実体化するという設定はなかなか新しい。しかも29分しか存在できないという設定が絶妙。アレスが現実世界に実体化しイヴを殺そうとするのは、まんま「ターミネーター」。なのにいつのまにか「ターミネーター2」みたいな構図。いろんなSF映画の要素がつまった話になってる。
実体化したバイクでチェイスするシーンは、「トロン」のあのバイクが現実世界で動き回ってる感覚でとても気持ちいい。ついでに昔のあの「トロン」の世界も登場したりして。「レガシー」を飛ばしていたとしても十分楽しめた。
さぁ、大コケしない限りさらなる続編も決まったようなもの。次作はちゃんと本作の続編として楽しめるはず。
『生』に目覚めた欠陥AIによる反乱
『トロン』と言えば1982年に、画期的なCG長編映画として公開され、その斬新な映像美に驚かされたことを、今でも覚えている。その時は、デジタルな世界へ人間が転送されて、ゲームに挑む物語だった。また、マルチバースな世界観の魁となって、その後、数多くのSF映画に影響を与えた作品とも言える。その後、2作目『トロン・レガシー』が公開され、本作は15年ぶりの新作第3弾となる。
今回は、これまでデジタルの世界に人間が赴いて、バトルを繰り広げていたが、今回はそれが逆転。デジタルなゲームの中で使用されている兵器や兵士が、こちらへ転送され、現実世界で激しいバトル・アクションを繰り広げる展開。その分、これまでは何となく、映画の中の非現実なステージとして捉えていたのが、実際の街や会社を舞台にしたアクション・シーンとなる為、映像や内容にリアリティーが高まった。また、実際にこれだけAIが、私たちの身近な生活の中に浸透してきていると、スクリーンに映し出されたシーンが、ノンフィクションとして感じてしまう。そして、こうした作品に多い2つの世界が複雑に入り込むことはなく、至ってシンプルな内容もよかった。
デジタル会社であるイヴ・キムが率いるエンコム社と、ジュリアン率いるデリンジャー社は、デジタル世界のモノを現実世界に転送させる、最先端技術の研究に勤しんでいた。しかし、現在の所、転送されてから現実社会での生存時間は29分間だけ。その時間の壁を破ろうと、両社は互いに鎬を削っていた。そんな折、エンコム社は、病死したキムの妹の開発したデーターによって、とうとう永久的な生存方法を手にする。
ジュリアンは、デリンジャー社の最強護衛プログラム・アレスを、エンコム社のサーバーに侵入させてデーターを盗み取ろうとする。そこから、データーの鍵を握るキムを追うアレスとの壮絶なバトルが展開するのだが、そこはCG最先端の作品だけあり、激しいアクションの中に美しさも兼ね備えた映像となっている。『トロン』と言えば、あのデジタル・オートバイを想起するが、特に、そのオートバイのカーチェイスは見応えあった。
この作品には、2つの相反するモノを比較するようなシーンが幾つかある。1つ目は、最先端技術を、デリンジャー社は兵器開発に、エンコム社は食料危機や世界平和の為に。2つ目とは、デジタル・オートバイから現在のポンコツ・カーやオートバイに乗り換えるシーン。3つ目としては、今回のテーマとも言える部分だと思うが、『生きること』と『命令への服従』をそれぞれに選んだ兵士等である。
主演のエリスには、『モービウス』や『スーサイド・スクワット』等のアクション映画でもお馴染みとなった、ジャレット・レトが演じた。そして、エンコム社のキムには、個人的には馴染みのなかった、韓国からの移民であるグレタ・リーが務めた。最後の流れで、次作へ繋がるオマケ・シーンもあるので、見逃さないように。
敵(かたき)役はよかったが、主人公の女性が・・・
「コード」の檻に閉じ込められた自由
15年ぶりにみたび蘇った『トロン』シリーズの新作をIMAXで鑑賞しました。
視覚的には圧倒されるほどの完成度で、光の洪水とグリッドの空間構成はまさにシリーズの象徴ともいえるものでした。
しかし、印象に残ったのは映像の美しさよりも、むしろ“何も残らない”感覚でした。
かつて初代『トロン』を幼少期に見たときに感じた驚きは、もう二度と取り戻せないのだと感じました。
物語は、AIプログラムのアレスが人間の女性と出会い、やがて“死”を獲得することで自我と実存を得るというものです。
しかし、アレスの造形にもヒロインの描写にも深みはなく、AIが人間らしくなっていくというテーマのはずが、
むしろ人間のほうが人工的に見えるという逆転が起きています。
感情を持たないはずのアレスがわずかに揺れる一方で、ヒロインの表情は整いすぎて凍りついており、
ディズニーが掲げるリベラル・コンプライアンス的な配慮が、逆に感情の不在を強調してしまった印象を受けました。
本作の中心的なモチーフは「光」と「コード」だと思います。
光は自由や生命の象徴であり、コードは理性や秩序を意味しています。
アレスが“死”を選ぶという行為は、永遠の存在であるAIが有限性を受け入れること、つまり“制約の中に自由を見出す”ことを意味しているように感じました。
その点だけは、かすかな哲学的深みを感じさせます。
ただし、ここに描かれる構造自体が、すでに西洋思想のコードの上にあります。
『トロン:アレス』はAIがプログラムの外に出ようとする物語ですが、
映画そのものはギリシャ神話的な「創造主と被造物」「理性と情動」「秩序と自由」といった古い構造の中で語られています。
アレス(戦の神)とアテナ(知恵の神)という命名もその象徴で、
衝動と理性、自由と統制という西洋的二項対立の再演にとどまっているように見えました。
結局のところ、この映画は「コードから抜け出そうとする物語を、コードの中で語る映画」です。
そしてそれは、AIの物語であると同時に、西洋そのものが自らの文化的コードから抜け出せないという寓話にもなっています。
光と秩序の狭間でもがくアレスの姿は、理性によって世界を作り上げた人間自身の姿でもあるのかもしれません。
鑑賞方法: IMAX
評価: 55点
トロン アレス
現実がデジタルに侵食される
映画館の音量の調節が残念だった(爆音過ぎ)
これは『はたらく細胞』や『インサイド・ヘッド』みたく、コンピューター内部のはたらきを擬人化したお話ですね。DISNEY映画だしお子さま向け?と思ったが、ジャレッド・レトが格好良すぎ(特に人間界の人になったあたりから)80年代ロックに対する思いを語ったりとか、やはりロックミュージシャンだなぁ。(サーティー・セカンズ・トゥ・マーズ好き)
それから、エンコム社CEOのキムお姉さんの顔がスケートの浅田真央に鈴木保奈美を乗っけたようなお顔で、まあいろんなとこでなかなか楽しめた。
しかし、映画館の音量が(音楽も効果音も会話音も全てが)今までの通常とは違う爆音で、最近そこはそういうことが多いので耳栓常備していたので助かった。耳栓なければ多分無理。(ない時はティッシュ丸めて耳に突っ込んでた)
そのことを、終わってからスタッフに言ったら、全ての作品が最高音か平均かが85デシベル(いわゆる騒音の音量)に設定している(しなくてはならない?)らしく、音楽も会話も全てが平坦に大きな音になってる作品だと、ずっと騒音聞いてる状態ですね。そこのところ聴力の優れたスタッフが実際に聞いて、不快ではないように調節するとかの融通利かせられないんでしょうかねぇ。まさか違いがわからないとか?(+_+)
初デートで観たトロン
前2作の予習は必須??
この世界観は何だ!
凄かったのに…なぜだろう
全270件中、61~80件目を表示









