「デジタルから現実へ、AIが見た生の世界」トロン:アレス 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
デジタルから現実へ、AIが見た生の世界
前作から15年、1作目からは43年。日本では奇しくも昭和~平成~令和にそれぞれ公開。こんなにも長いスパンを置いて新作が作られるシリーズもなかなかない。
それだけに当時最先端の技術が伴われ、その時代その時代の映像と技術の進化を見る作品でもある。
映画で初めて本格導入されたCG技術と電脳世界に驚愕した。
さらにアップデートした技術と映像に驚愕した。
しかし今や、CG使用やデジタル世界など当たり前。さらに現実世界は進み、人工知能さえも私たちの生活に浸透しつつある。
時代が追い付いてきたどころか、並走するほどに。
現実世界がリアルに映画で見たような近未来世界になるなんて、誰が予想出来ただろうか。
それは果てしない可能性でもあるが、同時に脅威でもある。映画で古今東西何度も描かれてきた事。
技術へ、未来へ、夢と先見と警鐘を鳴らす為に、我々はまた『トロン』にインストールする。
技術・映像・音響・音楽が一体となったデジタル世界体験は今回も。
技術はまた進歩。お馴染みのライトサイクル・チェイスはシリーズ屈指のものに。
アクションも勿論、今回赤を強調した映像表現が印象的。
前作『~レガシー』はダフト・パンクの音楽もクールだったが、今回音楽担当は、ナイン・インチ・ネイルズ。オスカー作曲賞受賞経験もあるトレント・レズナー&アッティカス・ロスのバンド名義。
映像も音響も是非、設備のいい劇場で。これぞ大スクリーン映えする作品。
しかし人の見る目は厳しいもので、約30年ぶりの続編の『~レガシー』の技術と映像の進化は驚愕するほど目を見張るものがあったが、前作から15年。その分野の人から見れば雲泥の差が分かるのだろうが、素人目から見ればそこまでの大差は分からない。
アイデンティティ・ディスク・バトルやジャンプ中にガジェット変形~装備は興奮するものの、ズバリ言ってしまうと『~レガシー』と同じ。
『トロン』にはついつい、何か目新しいものを…と求めてしまう。
今回それは話の面で。
これまでは人間がデジタル世界へ足を踏み入れたが、今回はデジタル世界から現実の世界へ。
ディリンジャー社の現CEOで孫に当たるジュリアンは、驚くべきAI兵士を開発する。
名は“アレス”。兵器利用も可ほどの戦闘能力と高度な知能を備え、何度でも再生可能。
現実世界へ転送して実体化にも成功したが、その活動期限は僅か29分。
それを永続化出来るコードを、エンコム社の現CEO、イヴ・キムが握っていた。
ジュリアンはコードを手に入れるようアレスに命じる。手段は厭わない。必要とあらばイヴを殺してでも…。
アレスはイヴを追う。その過程でアレスの中で何か変化が生じ…。
アレスがイヴを追う街中で繰り広げられるライトサイクル・チェイスが圧巻。ライトサイクルが走った跡に赤い光が残り、それが夜の黒に映え、赤と黒のコントラストが視覚的にも効果てきめん。
飛行ユニットで空を飛び、現実世界に転送された巨大浮遊物はインパクト。
技術面や映像面や様々なガジェットでも魅せるビジュアル・アクション。
現実世界とデジタル世界を行き来するが、極め付けはクライマックス。80年代のグリッドの中へ。第1作目のあのコンピュータ世界をしっかり再現。懐かしいと共に、“想像主”のアノ人も登場。
シリーズのこれまでの継承やオマージュ、新しさもまた魅せてくれる。
映画の中でAIは人類への脅威として描かれる事が多いが、本作ではAIにも芽生えた個の感情や葛藤を持たせている。AIを主人公としてそれを描くのは目新しい。
自分はプログラム。主の命令に従うのが自分の存在意義なのに、主の命令に反した行動の意味は…?
この時抱いたものは何なのか…?
現実世界では僅か29分。タイムオーバーになれば消滅し、あちらの世界で再生し、命令あらばこちらの世界へ再び転送。その繰り返し。
それが自分の任務だが、消滅する間際の苦悶と恐怖の表情は忘れられない。
AIだから感情など無い。いや、明らかに違う。彼らも恐怖し、苦悩し、葛藤している。
AIのプログラムが高度であればあるほど、それは人間にも等しくなっていく。
そんな事あり得ない、と思う方もいるだろう。でもかつて、嘲笑した事が現実になっている。
テクノロジーに於いて、あり得ないはないかもしれない。それを我々は『トロン』を通じて見てきた。
しかし、変わらぬものもある。人間の傲慢。
劇中ではAI(アレス)の自我の目覚めと共に、AI(アテナ)の暴走も描く。
AIの進化は可能性と脅威の紙一重。結局それは、扱う人間次第なのである。
アテナの暴走を増長させたジュリアンは人間の愚かさ。
アレスとイヴの交流は来る人間とAIの在り方。
私たち現実世界はどちらへ向かう…?
自我の目覚めは即ち、命の誕生でもある。
AIやデジタル世界の中で、本作は命も謳う。イヴも大切な人を亡くし、命と対峙する。
プログラムとして消滅と再生を繰り返してきた。
が、永続コードを手に入れ、一度だけ。
永続コードとは永遠の命ではなく、人間と等しく命が宿され、命もその生もたった一度だけ。
それを受け入れられるか…?
現実世界に生き、デジタル世界とは比べ物にならぬほど美しい現実世界へ旅立つアレスの姿に、迷いは無かった。
AIプログラムから命を宿した人間へ。ジャレッド・レトの巧演あってこそ。
AIが現実世界へ。人間がデジタル世界へ。
全ての悪事がバレたジュリアンはデジタル世界へ逃げる。
その対比も印象的だが、ジュリアンはそこで…。
これは次作への伏線かな…?
ジュリアンの動向、アレスが探すある人物…。これらは次作に期待。
早く見たいが、また長いスパンを置いて作られてもいい。
その時、私たちの世界は、AIやデジタル世界やテクノロジーは、何処まで進化しているか…?
また『トロン』を通じて描いてくれるだろう。
『トロン』は時代を映す鏡だ。
