スーパーマンのレビュー・感想・評価
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スーパーマンの父…
ネタバレ多数あります。観てない人は読まないで。
パンクな世界。マーベルはカオス。DCもカオス。仕切り直しで新たに始めるDCUその序章。
レックス・ルーサー役に、Mマックス・怒りのデスロードのニュークことニコラス・ホルト。
このルーサーが天才的すぎるのだ。
スーパーマンを抑えるための秘策を複数用意した。
まず「ポケットユニバース」という異次元空間に幽閉施設を建設した。この危険すぎる施設が引き金となって現実の地上に割れ目が出現する。しかもなぜだか、アメリカのマンハッタンが真っ二つというでたらめな展開なのだが、ストーリーに引き込まれている私はなんの違和感もなく受け入れ、そしてまたもとに閉じた世界に安堵した。(少しぐらいズレていてもそれを言ってはいけない)なぜか宮崎駿の「君たちはどう生きるのか」を思い出した。異次元空間から助けられる人々のイメージかも。
メタモルフォという超人(たぶん異星人)をここに幽閉している。かれら親子が攫われる経緯も十分一本の映画になりそうだ。(クリプトナイトも太陽も作れるんだぜ(°_°))
スーパーマンの南極秘密基地にも難なく侵入して、基地を荒らし、相棒のスーパードッグのクリプトンを誘拐する。さらには、過去の父と母の映像を解析してデータを復元してしまうのだ。スーパーマンの執事ロボットたちもできなかったことをいとも容易く可能にするルーサーの一味。
犬と、遺言データの復元。
さらに、「ウルトラマン」というスーパーマンの能力に匹敵する謎の戦闘員と、遺言データを復元もできるルーサーの片腕のミュータント女性。この二人のほかにも空飛ぶ軍団もいる。
さらに、スーパーマンが闘う姿を捉え映像でルーサーの本部に送る目玉型のドローンと、ルーサーがそれを見て指示を瞬時に送る双方向の命令システム。まさに現代的なゲーム感覚だが、リアルだと常に後手ごてに回るはずなのに的確な打撃を与えられるルーサーの天才的な戦闘判断力。
さらに、スーパーマンを待ち侘びているシャルハンプールの民衆とボラビアの軍隊の実力行使寸前の切迫詰まった状況。
なので、結果的にスーパーマンは、ルーサーと互角以下で闘うしかなくなる。
ネットで悪評を拡散するのにモンキー(小猿)を使うとか、あきらかに「毒」らしい表現も見受けられるが、基本はコテンパンにやられまくるスーパーマンがいかにして再生するかの物語になっている。
ルーサーの近くにいた自撮り女が、見事にスパイになっていたのは驚いた。
ほかにも、メディアに踊らされている民衆の気持ちとか、じつは結構、毒は多い。ただ、ジェームズ・ガンは、スーパーマンをまだ若くて政治に疎いごく普通の若者として描くことで第一作の始まりとしたのではないかと思います。
公開から二週間待ってようやく観ましたが、130分ほぼ飽きずに楽しめました。皆様のレビューを参考にしました。「スーパーガール」「グリーンランタン」非常に楽しみです。あの子がクリプトンの本当の飼い主なのか‼️笑
ジェームズガンの毒っ気がない
ないというか、足りない。ジェームズガンはハミダシ者を描く天才だから、スーパーマンみたいなド真ん中ストレート男を描くのはちょっと苦手だったのかもしれない。スーパーマンをスーパーに描き過ぎないということには成功していたものの、それが主人公の魅力には繋がらなかった。
ただし、マンオブスティールよりかは良い。陰鬱まじめ男を3時間観るのは苦痛以外のなにものでもなかったから。そういう意味で次作には期待できそう。
追記
キャプテンアメリカもそうなんだが、アメリカを象徴するヒーロー達はプロパガンダ映画としての側面をどうしても持ってしまう。アメリカは世界の警察だ的なヤツ。今回もそれがあって微妙に嫌な気持ちになった。ただ、ジェームズガンが「スーパーマンは米国の物語だ。よそから来てアメリカに住んだ、1人の移民の話。私にとってはごく普通の人間の優しさに価値があること、私たちがそれを失ってしまったことを伝える物語だ」と答えていたのを見て、なるほどなぁと思った。スーパーマンはたまたま幼少期にアメリカに墜落しただけで、もしもアメリカじゃなかったとしても人助けをしていたっていうことなんだろう。
このインタビュー記事を事前に読んでたら、作品の評価も変わっていたかもなぁー。
ばか犬大活躍!
そして、ミスター・テリフィックも! スーパーマンよりかっこいい。
DCに通じている前提で作られており、初見には不親切。
異世界人がわらわらいるけど、どんな世界設定なのか分からないし、ガーディアンズなんちゃらって知らないし。
チープでゆる~い、ニンゲンなスーパーマン、脱力しつつ観ました。しかし弱いよ、やられすぎです。
一番面白かったシーンは、エンドロール後の「ちょっとズレてる」、スーパーマン地雷踏みがち、だから敵ができるんだよ、とツッこんでしまいました。
クリプトン星の実両親のメッセージがどうあれ、愛情を注いで今のスーパーマンに育て上げたのは、ケント夫妻。スーパーマンが癒される「両親」の映像が、実両親ではなくケント夫妻だったのは良かった。
スーパーマンって、桃太郎みたい。
どんぶらこどんぶらこ、とクリプトン星からやってきて、おじいさん、おばあさんに拾われてかわいがられて育った強い男の子!犬、子分だし。(多分犬はスーパーマンが子分だと思ってる)
悪役が「ウルトラマン」を名のっているのがちょっと許せません。
市街地に大怪獣が出現して、日本の着ぐるみ特撮ものを彷彿とさせましたが、でっかい怪獣の死骸の処理が大変なんじゃないかと心配しました。スーパーマンがしゅわっち、って海の真ん中に捨ててきてくれるから大丈夫か。
ジョン・ウィリアムズの壮大なテーマ曲が聞きたかったです。
いい時のMCUと同じようなことをしてどうすんの?
看板に偽り(少し)あり
Mr.Terrificが強すぎる。キャラとしての個性が強く、途中で出しゃばるシーンで「こいつ死ぬんじゃないか」と思ったがしっかり無双。GotG無印のYonduを見ているようだった。タイトル、というかサブタイトルにでも「Justice Gang」を入れた方が良かったのでは、と考えたが一つの意外性として良い。惜しむべくは、スーパーマン本人の最終決戦がクローンのウルトラマンとの闘いで終わってしまったこと。彼の力でひっくり返すところも見たかったのでほんの少し減点。それにしても良かった。リスを助けるシーンから、人間に限らずどんな小さな命も救う彼の姿勢を感じられたし、新しいヒーロー像のスーパーマンが上手く表現されていたと思う。ガン監督がクロスオーバーを描くのが楽しみで仕方ない。
令和のスーパーマンはエゴサーチして凹む今どきの方
人々を守るヒーローのスーパーマンは、
普段は新聞記者クラーク・ケントとして働き、
その正体を隠している。
ピンチに颯爽と駆け付け、超人的な力で人々を救うスーパーマンの姿は、
誰もが憧れを抱くものだった。
しかし、時に国境をも越えて行われるヒーロー活動は、
次第に問題視されるようになる。
恋人でありスーパーマンの正体を知るロイス・レインからも、
その活動の是非を問われたスーパーマンは、
「人々を救う」という使命に対して心が揺らぎはじめる。
一方、スーパーマンを世界にとって脅威とみなす天才科学者で大富豪の
レックス・ルーサーは、世界を巻き込む巨大な計画を密かに進行。
やがて、ルーサーと彼の手下である超巨大生物KAIJUが
スーパーマンの前に立ちはだかる。
世界中から非難され、戦いの中で傷つきながらも、
スーパーマンは再び立ち上がっていく。
といったあらすじ。
子供のころに見たスーパーマン、たぶん40年以上経っている笑
サブタイトルもないし、リメイクかと思いきや、令和版スーパーマン。
普段は新聞記者、という設定は一緒だけど、SNSで叩かれ、心が揺らぎ、
まさにいまどきの若者でした笑
これが現代だよな、何が正しいのかわからない、多様性の一言で
片づけてよいのか、と思ってしまいました笑
それにしても、スーパードッグ、クリプト。
こいつ、頭がいいのか、悪いのか、よくわからん犬だな、と思っていたら、
飼い主=スーパーウーマンに似たのか笑
ラスボスは、イーロン・マスクがモデルか?笑
憎たらしい笑
そう言えばパーマン2号はチンパンジーだったよなとふと思い出したスーパーマン初心者によるレビュー
実は私、スーパーマン映画を劇場で観るのはこれが初めてのスーパーマン初心者です。子供の頃にTVで見た、黒ぶちのメガネをかけた男が公衆電話ボックスでメガネをはずしてスーパーマンに変身するというTVシリーズのシーンがかすかに記憶に残っているぐらい。バットマンのほうはおそらくはティム•バートンやクリストファー•ノーランのおかげでかなり観てきているんですけどね。ペンギンやジョーカーに代表されるヴィランの個性やダーク•ファンタジー風味から大人の鑑賞に耐え得る(というか、大人向き)と考えられるバットマンと違って、スーパーマンはあのコスチュームもあいまってなんだか子供向きと思って敬遠しておりました。
そんな初心者が観た今回のスーパーマン、なんだか当世風でけっこう楽しめました。正義の味方の重要な条件「強きをくじき弱きを助ける」を実践していて、なおかつ、本人もそんなには強くないところがいい。彼は基本的に人命優先で利他的に行動します。あと、スーパー犬 クリプトの暴れっぷりはなかなかよかったです。
でもやっぱり初心者にはわからないところもありました。あの助けに来た人たちは誰? とか、思っています。皆さんのレビューを読んでちょっとなじんでゆこうかな。
あと、スーパーマンて異星人なんですね。今回はそのことが移民のメタファーのように使われています。スーパーマンが地球にいるのは侵略が目的ではなく地球人と共生することだというメッセージは受け取ることができました。
なんとなく続篇を匂わせるような終わり方をしていましたが、続篇が出てきたら、観に行きたい思わせるには十分のデキだとは思いました。
こんな程度かと思わせた作品だった。
私が子供だった頃(小学校低学年)、テレビ映画シリーズの「スーパーマン」を見て育った。1960年代の始め。のちにスーパーマンの原作が漫画だと知ったが、私にとっては、主演のジョージ・リーブスがスーパーマンだった。
後年、クリストファー・リーブ主演で映画化された時、嬉しくてたまらず、1日に2回も観てしまった。50年前の映画館は席の入れ替えがなく、何度でも観れた。
スーパーマンはそれから何度か映画化されている。割りと観ている方だと思うが、関心は年々薄れている。
もともと漫画で人間界で超能力を持ったらどうなるか、という滑稽無稽な物語がスクリーンに展開してゆく。CG技術を駆使して何でも映像化出来てしまう。高層ビル群が破壊されていくのを見ても、何の感慨も起こらない。スーパーマンに感情移入出来ない。
レックス・ルーサーはスーパーマン以上に超人だ。異次元まで操ることが出来、話についていけない。破壊や戦闘場面を除外したスーパーマンの内面を取り扱う映画が作られるべきだろう。スーパーマンの本当の敵は誰か。たぶん、神か己自身だろう。クローンではなく。そんな映画が製作されても良いと思う。だか、客は入らない。鑑賞後、そんな事を考えていた。
典型的で薄味
うーんと言ったところ。
面白いかと聞かれると面白いと答えますが、人に勧める気にはならないかな。
中盤から終盤にかけてどんでん返し的なものがるのかと思いましたが、何もありませんでしたし。
あとディープキスが長い笑、
典型的だ近年見られるアメコミ映画って感じたと思います。
キャラはSFチックでかっこいいのですが、肝心のストーリーの単調さが評価を下げているも思います。
「正義」とは?「ヒーロー」とは?
ジェームズ・ガン版『スーパーマン』、最高だったなー。
こんなに真っ直ぐで、純粋なヒーロー映画は久々。
ちょっと角度は違うけど、サム・ライミ版『スパイダーマン1』を観たときの感覚に近い。
これこそ、王道ヒーローの再定義。
小難しい理屈じゃなく、「ヒーローってこういうもんだよ」って胸を張って教えてくれる感じ。
だからこそ、今を生きる現代っ子たちにこそ観てほしい。
人を救うことを第一に考える戦闘スタイルが、とにかくシンプルにカッコいい。
…まあ、今作の“推し”はグリーン・ランタンなんですけどね!
こういうキャラをずっと待ってた!
キャラで言えば、
これまでのDCコミック映画ってヴィランがあまり魅力的じゃない印象だったんだけど、
今回のニコラス・ホルト演じるルーサーは「言動がわかりやすい頭の良いクソ野郎」で良かった。
戦闘能力ゼロなのにスーパーマンとやり合う胆力。あれはもう感心レベル。
※ちなみに、DCヴィランで別格なのはダークナイトのジョーカー。ホアキンのジョーカーも近い。あとマーゴット版ハーレイ・クインもわりと好き。
戦闘シーンがもう少し多ければ…という欲はあるけど、
「これぞハリウッド大作だ!」と言いたくなるような、アクションの作り込みは本当に良かった。
やっぱ王道ハリウッド映画って、良いなあ。
没入感はあるんだが…
ストーリーがシンプルなのは仕方ないとして、ラスボスは自分自身で、倒し方はブラックホールに吸い込ませるって…何十年前のネタ?
敵役のアイデンティティをもっと深堀りしてもよかつた気もします。
地球外生命に地球を守られること自体に憤りを感じているのかと思っていたのに、単なる嫉妬で終わってしまうとは。
テーマ曲を遠慮せずに使用してほしかった。
「マン・オブ・スティール」から始まった
DCエクステンデッド・ユニバース
をずっと追いかけていた観客としては、
強制終了的な戦略をよいと思っていない事と
予告映像に登場した犬にそれほどワクワクしなかったので
あまり期待せず、
「スーパーマン」吹替版を鑑賞。
以下ネタバレ
ジャスティスギャングというメタヒューマンチームがいる設定と
ジャスティスギャングのアクションは
予想外の展開だつたため
面白く鑑賞でき、
昼間のビル街で巨大怪獣の暴れる様子を描いている作劇は
好感がもてました。
しかし
「スーパーマン」の
もう知っている設定の説明シーンは退屈だったことと、
「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズや
「ザ・スーサイド・スクワッド "極"悪党、集結」
と比べると、
それほど面白い映画でもないなと思いました。
ジョン・ウィリアムズのテーマ曲を
もっと堂々と使用し、
「シン・ゴジラ」や「ジークアクス」のように
オリジナル音源を遠慮なしで使っていれば
もっとテンションあがったかも・・と思いました。
「マン・オブ・スティール」の
実写版ドラゴンボール風な戦闘シーンを見ていなければ
今回の「スーパーマン」を
素直に楽しめ・・た・・かも・・と思いました。
そのほか
何回か見たことがあるようなシーンの
庭先で父親がスーパーマンに語りかける声が
ささきいさお氏だったので
声質が感慨深く、
説得力ある声だなと思いました。
ドナーだ!スナイダーだ!いや、ジェームズ・ガンだ!! 現代社会を鋭く風刺したシン・DCユニバース第1作。
DCコミックスのスーパーヒーローが一堂に会するアメコミアクション映画「DCユニバース(DCU)」の劇場版第1作。
大都会メトロポリスを拠点に、地球の平和を守るために奮闘するヒーロー、「スーパーマン」は惑星クリプトンの遺児として地球にやって来た異星人で、超人的なパワーを有している。
ある時、東欧の国家ボラビアが隣国ジャルハンプルへの侵攻を開始。スーパーマンは住民の虐殺を防ぐためそれに介入するのだが、その行いがアメリカ国内で予期せぬ反発を生み出してしまう…。
監督/脚本/製作はジェームズ・ガン。
打倒スーパーマンに執着するテック・ビリオネア、レックス・ルーサーを演じるのは『X-MEN』シリーズや『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のニコラス・ホルト。
クラーク・ケント/スーパーマンの実父、ジョー=エルを演じるのは『ハングオーバー!』シリーズや「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」のブラッドリー・クーパー。
空を見ろ!鳥だ!飛行機だ!いや、スーパーマンだ!!
…という事で、新生『スーパーマン』であります。一体何度目の実写化なのかわからない程、何度も何度も擦られ続ける永遠の鉄板ネタ、いや“ネタ・オブ・スティール“、それがスーパーマン。作品を観た事がなくとも、その名前を知らない人は流石にいないだろう。大ネタ中の大ネタっすね。
本作はザック・スナイダー版『スーパーマン』こと『マン・オブ・スティール』(2013)に端を発する一連のシリーズ、所謂「DCエクステンデッド・ユニバース(DCEU)」に属する1作…ではない。
興行的不振やメインキャストの不祥事などでグズグズになってしまったシリーズを立て直すべく、キャストや世界観を一新して作り直されたリブート版「DCユニバース(DCU)」の記念すべき第1作なのである(正確には配信アニメ『クリーチャー・コマンドーズ』(2024)が1作目にあたるらしいのだが、こんなん観ている人殆どいないよね)。
ただ、このユニバースって正直言ってまだよくわかっていなくって、本作にもチラッと登場しているアンチヒーロー、ピースメイカーは改編前の「DCEU」から存在しているキャラクターで、ジョン・シナが引き続き演じている。彼が主人公を務めるドラマ『ピースメイカー』(2022)は現在シーズン2の公開が控えているが、調べた所によるとこのドラマのシーズン1は「DCEU」に、シーズン2は「DCU」に属する事になるらしい。もう何が何やらさっぱりや…😵💫
正直な所、今後の方向性や前シリーズとの関係性などは製作陣もまだはっきりとは決めかねているのだと思う。過去作との関連とか難しい事は考えず、とりあえずしばらくは目の前に供されたものを素直に楽しむのが吉か。
本作の指揮を執るのはDCEU第10作『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』(2021)の監督、ジェームズ・ガンちゃん。過去のTwitterを掘り返された結果ディズニーから追い出された彼は、ライバル会社であるワーナーへと移籍。あれよあれよと言う間にワーナーの子会社「DCスタジオ」の共同会長兼共同CEOという地位にまで登り詰める。そうして全ての指揮権を掌握した彼が打倒MCUを誓って(いるのかどうかは知らんが)制作しているのがこの『スーパーマン』、ひいてはDCUというフランチャイズな訳です。
ザック・スナイダーとは真逆と言って良いほど、2人の作家性は違う。重厚でダークでシリアスな作劇を望むザック。それに対してガンちゃんは軽快でポップでコメディな作劇を好む。2人の嗜好の違いはカラーグレーディングにも表れており、ザック版スーパーマンは「グレー」、ガン版スーパーマンは「レインボー」と言った具合に、画面の色調が大きく異なっている。
「暗」のザックと「明」のガンちゃん。繰り返すがこれは単に作家性の違いであり、どちらが良いとか悪いとか、そういう話ではない。ただ、『スーパーマン』というライトサイドの極致の様な存在を扱う映画である以上、やはり「明」の方が作品のカラーとして適切だと言わざるを得ない。同じコミック映画でも『300〈スリーハンドレッド〉』(2006)の様な血みどろな作品なら「暗」で良いんだけどね。
前任者ザックの亡霊を振り払うが如く、本作ではDCEU時代のスーパーマン像からの脱却を徹底的に行っている。「敵を倒す」ことよりもまずは「人(リス)命救助」、「自分の悩み」よりも「世界平和」を優先、「超越者」である以前に「人間」など、前作との対比は隅々にまで及んでいる。
一方で、70年代〜80年代にかけて人気を博したクリストファー・リーヴ版『スーパーマン』(1978-1987)への回帰もまた露骨なまでに行っている。巨匠ジョン・ウィリアムズが作曲したあの「スーパーマンのテーマ」を再び使用しているだけでなく、ストーリーの展開やキャラクターの配置など、至る所にこのシリーズへのオマージュが読み取れるのである。
例えば都市を地割れが襲う、イヴというおバカなブロンド美女がルーサーの側にひっついているというのは『Ⅰ』(1978)からだし、孤独の要塞内部での乱闘は『Ⅱ』(1981)、スーパーコンピュータが敵、市民によるスーパーマンへの非難、スーパーマンによる一人二役でのバトルは『Ⅲ』(1983)、スーパーマンが世界平和実現のため国際情勢に介入、ルーサーがスーパーマンのクローンを作るという点は『Ⅳ』(1987)からのリファレンスか。スーパーガールの見た目も『スーパーガール』(1984)のヘレン・スレイターに寄せてたしね。
事程左様に、本作が目指すのはDCEUからの脱却と原点回帰(リーヴ版を原点と言って良いのかはわからないが、少なくともひとつのメルクマールである事は間違いないでしょう)。ダークでシリアスな路線から、スーパーマン本来の明るく楽しい路線へと変更する。この試みは、ある程度は成功したと言えるだろう。
もう一点、本作の特徴を挙げるとするならばそれは大胆なほどに現代の世相や国際情勢を物語に盛り込んでいる事。
現実世界の政治家や企業家、国家の名前を出している訳ではないが、この映画に登場する「悪」は明らかに「あの人」や「あの国」のメタファー。また、SNSによる誹謗中傷や権力者による印象操作、さらには難民や移民へのヘイトなど、社会を蝕む病巣をアメコミ映画という形をとって描き出した寓話的な作品である。
陽性な作劇を得意とするガンちゃんだが、その裏側にはいつも権力に対する風刺的な視線が隠されている。彼の出世作『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズ(2014-2023)にもその傾向が見られたが、今作では遂にその作風が爆発。企業のトップに位置する人間が、率先して現政権へ“NO“を突きつける様な映画を作り上げる。リスクしか無いにも拘らずこういう映画を撮ってしまうその反骨精神には、心からの賛辞を贈りたい。
過去作からの引用が多い作品だが、本作独自のひねりのある展開には驚かされた。それはジョー=エル夫妻が息子カル=エルに遺したメッセージである。これまで、傲慢なクリプトン人の中にいる数少ない聖人として描かれてきたエル夫妻だが、今作ではまさかの選民思想バリバリのクソッタレとして登場。「ま、どうせルーサーが改ざんしたフェイク映像でしょ」なんて高を括っていたら、まさかの…。
このツイストは今までの『スーパーマン』には無い(と思う。歴史が長すぎるため断言は出来ないが…)。ただ、よくよく考えるとこれと似た展開を我々は知っている様な…。
そう、それは皆んな大好き『DRAGON BALL』(1984-1995)である。世界的な人気を誇るこの漫画、実は『スーパーマン』のパロディになっている。武術の達人・孫悟飯に拾われた赤子・孫悟空は冒険と戦いを繰り返して真っ直ぐな青年へと成長するが、実は彼は惑星ベジータの遺児として地球に送られたエイリアンであった事が中盤で発覚。しかもその目的とは地球を侵略して更地に戻し宇宙の帝王フリーザに売り飛ばしてしまうというもので、満月を見ると凶暴な大猿になってしまうという彼の能力は、その為に備わっているサイヤ人の特性だったのである!
今作のスーパーマンの設定は衝撃的なものだったが、実は『DRAGON BALL』からの引用であるというのが自分の見解。『スーパーマン』から『DRAGON BALL』、そしてまた『スーパーマン』へと、パロられた本家が直々にパロり返した結果なんじゃないだろうか。
ダークで重厚な神話からライトで人間的な寓話へと舵を切った本作。一からオリジンを描くのではなく、もう既にあるものとしてドラマを始めてしまうというのは、歴史の積み重ねがあるご長寿シリーズだからこそ出来るスタートの切り方である。
ただこれも良し悪しで、ここからDC映画を見始めた観客が今回の物語について来られたのかは正直疑問。というのも、1本の映画にしてはあまりにも情報が多く詰め込まれすぎていたから。
先述した様に、本作は『スーパーマンⅠ』〜『Ⅳ』+『スーパーガール』をごっちゃにしたかの様なストーリーで、それだけでもやり過ぎだと思うのにそこに更に「ジャスティス・ギャング」なるヒーローチームや「クリプト」というスーパードッグまで登場する。登場キャラがやたらと多く、DC作品に触れている観客でもピンとくるかどうか微妙な人たち(デイリー・プラネットのセクシーお姉さんは一体誰っ!?)が「お馴染みのメンバー」面して出て来るというのは、ちょっとやり過ぎな気がしないでも無い。
本来なら本作の内容は三部作くらいの尺を使ってじっくりと描くべきもののはず。『1』でロイスとのロマンスとボラビアへの介入、『2』でルーサー&ウルトラマンと対立、そして敗北、『3』でジャスティス・ギャングとの共闘、そしてヒーローとしての矜持を取り戻してルーサーに勝利、の様に時間をかけてじっくりとシリーズを構築していくというのが常套手段。あえてそこから外れる事によって既存作品にはないボリューム感とスピード感は生まれているものの、結果としてライト層には優しくない映画になってしまった。相当なオタクじゃ無いとこれは十全には楽しめ無いかも。壮大なユニバース計画の第1歩がこれで、この先大丈夫か…?
今作にはガン監督の「今の混沌とした政治状況について一家言あるんだ俺はっ!」というはっきりとした姿勢が表れている。責任ある立場の大人としてそれは当たり前の事だと思うし作品にその想いを込めるのも結構なのだが、お話が重くなってしまう事を避ける為か本人の性格か、シリアスな場面でもギャグが挟み込まれ、そのせいで全体のトーンのチューニングがかなり狂ってしまっている。ロシアンルーレットで罪なき市民を撃ち殺した極悪人に対する罰がワンちゃんにしばき回されるだけで良いのか?
ジェームズ・ガンは愛犬家らしく、クリプトの造詣には「オズ」という自身の飼い犬が大きく影響を及ぼしているのだという。自分も動物は好きだが、はっきり言って今作で繰り返し描かれている駄犬ギャグはあんまり面白く無い。シリアスになり過ぎないよう、ここでワンちゃんをひとつまみ…なんて考えたのかも知れないが、そういう小手先の笑いじゃない手段で映画を賑わせて欲しかった。
も一つ言うと、今回スーパーマンよりもワンカットで雑魚キャラたちを薙ぎ倒すミスター・テリフィックや、ファックポーズ🖕で戦車をぶっ飛ばすグリーン・ランタン、絶叫しながらメイスを振り回すホークガールといったジャスティス・ギャングの面々の方が生き生きとしていた。
やはりガン監督は正義超人すぎて型を崩す事が出来ないスーパーマンよりも、ジャンク感のある2流ヒーローの方が上手く扱えている。彼の資質は、そういう日の当たらない存在を扱う時にこそ光るよね。
まぁ何はともあれ、シン・DCユニバースは無事動き出した。
次回作は『スーパーガール』という事なのだが、これもガンが監督するのかな?いずれにせよ、スーパーガールの単独映画は久しぶりなので今からとても楽しみ〜☆✨
これは傑作!映画ファンは走って観にいくべし!
とりあえず上映時間を2時間6分に抑えたのは偉い!
オリジンを全部端折って、スーパーマンが負けたところから始めるのは英断。
近年のアメコミ映画は2時間半越えで冗長なものも多かったから、他の映画も見習ってほしい。
78年版が2時間半越えだったのとは対照的(長いけど全然悪くない。時間の流れのゆったりさが伝わる)。
レックス•ルーサーが天才過ぎ(+クッソムカつく最高w)。最期クリプトにボコボコにされてたのは最高。
ジャスティスギャングの面々も皆嫌な奴っぽいけど、終盤きちんと駆けつけてくれて良かった。
キャラも立ってるし次作でも登場してほしいね。
あと、直近のヒーロー映画の中ではかなり映像の快感があった!
正直全面グリーンバックのVFXソーンは食傷気味なんだけど、今回の画面上下にビュンビュン飛ぶシーンは観ていて気持ちよかった!
これはIMAXで観た方が絶対迫力がある!
怪獣バトルとビルの倒壊シーンも良かった。
いいとこもめちゃくちゃあったが、良くも悪くもジェームズ•ガン映画のヒーローっぽいな〜感はある。
(今回はそういう話では無いんでしょうが)スーパーマンが全能のヒーローでは無くなってしまった。
が、一人の人間としての新しいスーパーマン像を生み出した今作、個人的にはかなり傑作だと思う。
今回超楽しめたので、自作以降も期待!
これって続編?前作があって予習しとかんとアカンやつ?
副題はないの?
ここまでする?
「オズ」って、そっちかよ!
冒頭から何の説明もなしに(一応開始30秒くらいで一気に怒涛の説明文...
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