「勘違いしたまま観ていて、“未知との遭遇”に驚喜」サスカッチ・サンセット 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
勘違いしたまま観ていて、“未知との遭遇”に驚喜
自分のぼんやりっぷりを白状するようで恥ずかしくもあるが、同じ体験をする人もいるかもしれない。次の段落から本作のある設定に言及するが、それを事前に知らずに観るかどうかで鑑賞体験が変わるポイントでもある。未見の段階でこのネタバレありのレビューを開く人はほとんどいないとは思うものの、もしそうなら、できれば観たあとで再訪していただけるとありがたい。ちょっと変わったコメディが好きなら、予備知識を仕入れずに本編を鑑賞すると結果オーライになる可能性は大いにある。
私のぼんやりというのは、映画冒頭で登場する毛むくじゃらの4人(4頭)が、現代人の祖先のような存在で、太古の森の中で暮らしていると勘違いしてしまったのだ。ちょうど「2001年宇宙の旅」の序盤でホモサピエンスの祖先が道具を使い始めて進化したように、この映画も「はじめ人間」的な彼らが、食う、寝る、交尾の牧歌的な生活の中で、少しずつ文明や文化を獲得していく話かなと、勝手に思い込んで前半を眺めていた。
だが、ちょうど本編の真ん中あたりで、太い立ち木の幹に真っ赤な「X」の印、明らかにスプレーか何かで描かれたその印を彼らが目にするとき、あれ、自分が思い込んでいた前提が間違っていたかもという疑念が。次に彼らが森を分断する道路に遭遇して驚愕するシーンで、疑念は確信に変わる。そうか、彼らが暮らすのは太古の世界ではなくて、現代の人里離れた山奥にある森だったんだと。
思えば、タイトルに含まれる「サスカッチ」がビッグフットや獣人の別称でも知られるUMAの呼び名であることを認識していたら、あるいは最初から現代の話として観ていたかもしれない。だが思い違いをしたことで、怪我の功名というか、思い込んでいた世界がまるで違うものだったと悟ったときの驚きは、鮮やかにだまされたと気づいたときの快感にも似た喜びだった。過去作でたとえるなら、M・ナイト・シャマラン監督作「ヴィレッジ」やジェラルド・ブッシュ&クリストファー・レンツ監督作「アンテベラム」に仕込まれたサプライズに近い効果があったというか。
ここからは日本の配給や宣伝への苦言になってしまうが、映画の公式サイトや予告編、それに当サイトの作品ページの上部に表示されるキービジュアルでも、サスカッチがラジカセを持っている、つまり現代の話であることを明示しているけれど、これは本作の楽しみを少なからず損なっているのではないか。比較のため英語版の予告編をチェックしたら案の定、時代設定は巧妙に伏せられている。現代の設定とは知らずに、サスカッチに同化して大自然の中で生きている感覚を素朴に楽しんでいたほうが、現代人の文明に遭遇したときの驚きも一緒に味わえる気がするのだけれど。
もちろん配給や宣伝の方々も実績のあるプロの集まりだし、洋画興行が厳しい昨今、作品の鍵となる設定やあらすじのかなりの部分を前宣伝で開示しないと興味を持ってもらえない、といったデータや経験則のようなものがあるのだろうと推測する。ましてや本作は、ジェシー・アイゼンバーグやライリー・キーオといったスターが出演しているにも関わらず、特殊メイクで全編ずっと識別不可能なままだし、売り込みも相当苦労しているのではなかろうか。
あまり本筋に触れないままのレビューになってしまったが、ほのぼのとしたユーモア、穏やかな人間風刺、そして作り手の並々ならぬサスカッチ愛が詰まった本作、私は大好き。“変”の方向性は若干違うが、ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート(通称:ダニエルズ)の初長編監督作「スイス・アーミー・マン」に近い、「久々に変な映画を観たなあ」という感動があった。
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