ケナは韓国が嫌いでのレビュー・感想・評価
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人生における幸せとは何なのかという問いを突きつけられる
主人公のケナに明確な夢や目標があるわけではありませんが、韓国では生きていられないといういら立ちがスクリーンからひしひしと伝わってきます。そんな人生に葛藤する女性を等身大で演じているのがコ・アソンです。
ポン・ジュノ監督の傑作「グエムル 漢江の怪物」(2006)でソン・ガンホ演じる主人公の中学生の娘役を演じた天才子役で、怪物に連れ去られたあの彼女が成長して、現代に生きていると仮定して見ると、また違った趣も加味されるでしょう。
観客はコ・アソン演じるケナの目を通し、異国の地で生きてみることで、本当の居場所はどこなのか、自分とは何者で、人生における幸せとは何なのかという問いを突きつけられ、道を切り開いていこうとする姿を追体験していくことになります。
「幸せ」を探す前に、まず「自分を知る」必要がある
舞台挨拶に登場したチャン・ゴンジェ監督は、とても小さな声で話す人だった。
静かな佇まいや誠実な受け答えから、自分が発信する手段は「あくまで映像として」であるという信念を感じさせた。
それは、作り手の意向など気にせず、自分が感じたことを何より大切にしてほしいというメッセージとして受け取れた。
『僕は僕の思いを大切にこの映画を作りました。だから観てくれる人も、この映画から感じた自分のまっすぐな思いを大切にしてほしい』
きっとそんな思いがあるだろう。
舞台挨拶では、撮影場所選定の背景や原作からの変更点の理由など、あくまで映像制作までの過程については興味深い内容を語ってくれたが、重要なシーンに込めた狙いや映画全体の監督の思惑など、観る者の受け止め方に影響を及ぼすような内容は、さりげなく避けながら話している印象が強く残った。
そして、この映画はそんなチャン・ゴンジェ監督の想いが映像の隅々にまで行き渡った作品だった。
若い時期というのは、「自分がいるべき居場所」を探して、いろんな人に会ったり、今いる場所からの脱出を真剣に考えたりしがちだ。
「『自分のためだけの幸せの聖地』がこの世のどこかにきっとある」
そんな子供の頃に大人たちから暗示をかけられた思い込み。
「せめて、お前は自分の好きなことをしてほしい」
そんな親心から出た言葉が若者の心を漂流させる。
けれど、「自分にとっての幸せ」や「本当に好きなこと」が具体的にどんなものかは、大人たちは誰も教えてくれない。
どこに行けば手に入れることができるのか、誰も知らない。
「自分がいるべき居場所」を探し続ける時間が青春であり、「そんなものは世界のどこにもない」という事実を受け入れた時が、その人の青春の幕が降りる瞬間なのかもしれない。
この映画の主人公ケナは、韓国に「自分がいるべき場所」を見つけられず、異国へと旅立つ。
ここではないどこかへ。
ニュージーランドで出会う若きstrangerたちは、それなりに「居場所」を見つけている(ようにケナには見える)。
寒さ厳しい生まれ故郷を離れ、南国の温かい異国の地に逃げていても、どこか胸の中に冷たい隙間風が吹き続けているような孤独感。
その孤独感はきっと少なくない人たちがかつて経験したことがあるはずだ。
だからこそ、ケナが感じる「冷たさ」は、観ている者の心にじんわりと伝わってくる。
両親の支援が足らなかったから良い大学に行けず、そのために良い会社に就職できなかった……。
念願の職業への就職が決まり、結婚しようと言ってくれた恋人からの愛情が鬱陶しく感じてどうしようもない……。
自分の夢を叶えるための資格を取得するため、何年も苦学を続ける友人に街で偶然出会った時、寒空の下の彼のサンダル履きの足元から、ケナは目を離すことができない。
そんなケナの心の中の「冷たさ」は南国に逃避行しても消えることはなかった。
「幸せ」を探す前に、まず「自分を知る」必要がある。
自分を知らなければ、今の自分の立ち位置を真に理解しなくては、どこに行っても「幸せ」は見つからない。
「幸せ」とは幻想だ。
それは、自分の心の目が、今いる場所で発見するものだからだ。
「自分を知る」ことができれば、今の場所にもたくさんの「幸せ」が存在することに気づくだろう。
愛を持って接してくれる家族、心から心配してくれる友人、どんなことでも優しく受け止めてくれる愛する人たち。
私たちは、日本や韓国で生まれたということだけで、どれほど「幸せ」なことかを、この映画を見てもう一度実感するべきだ。
そのことに目を向け、異国に逃避行を続ける限り、「幸せ」を見つける心の目は閉じたままだから。
舞台挨拶で、壇上に座るチャン・ゴンジェ監督の姿は、ハリウッド映画で世界的大ヒットを狙う映画監督のイメージとは真逆のものだった。
けれど、彼が映画というものを、映画を愛する人を、心から愛していることはヒシヒシと伝わってきた。
彼が映画の向こうに見ているものはきっと、評判や名誉やお金なんかではなく、まだ見ぬ自分の感情だったり、自分の中の新たな発見だったりするのだろう。
そして、自分の映画を観る者にも、自分の映画を観ることを通じて、そんなことを期待しているのだろう。
そんな凜とした監督の芯の強さから、「幸せ」の見つけ方を教えてもらったような気がした。
韓国って日本以上に生きていくのが難しい国なのかも
ソウル郊外の狭い団地で両親や妹と暮らす28歳のケナは、大学卒業後に就職した金融会社に片道2時間かけて通勤していた。学生時代からの恋人ジミョンは自分が就職したらケナを養うと言ってるが、ケナはそんな彼に苛立ちを募らせていた。しかしケナの母は、裕福な家庭のジミョンとケナの結婚を望んでいた。一方、ケナたちが住む団地は老朽化のため再開発が予定されており、母は転居先の購入費用もケナに頼ろうとしていた。このままでは幸せになれないと感じたケナは、すべてを手放してニュージーランドへの移住を決意し・・・さてどうなる、という話。
韓国の学歴社会の厳しさ、就職の難しさ、ソウルの住環境の厳しさと冬の寒さ、などなど、日本以上に生きていくのが厳しいのかも、と思った。ニュージーランドへ移住して会計学の勉強して、良い就職先が有れば良いけど。
ケナ役のコ・アソンがもう少し興味をそそる様だったら違ったかも知れないが、大酒飲んで、タバコ吸って、文句ばかり言って、ほとんど興味が持てなかった。
寒いのが嫌いなペンギン、居るかも。
韓国が嫌いな若者って案外多いのかも、という事がわかっただけでも見た価値有ったかも。
後半になって印象一転。
ここでは無い何処かへ逃げ出したい女性の自分探しの物語でした。こことは国であり会社であり家族であり友人であり恋人であり、そんな人間としての普遍的で漠然とした居心地の悪さ焦燥なのでしょう。
物語の前半から中盤にかけては意外とアッサリとしていて、共感出来ない訳では無いけれど心に強い印象を与える程では無かったかな。
でも後半になり、ケナの周りで死んでしまう人が続くと映画の印象が一変します。末期ガンの急変による死、精神が壊れてしまった男による一家無理心中(ケナが脱出したニュージーランド在住の韓国人一家ってのが皮肉)、そして自殺。
死因は様々でケナに近しい人もTVで眺めていただけの人もいますが、それらの死はケナに強い影響を与えます。またその死達はケナだけでなくケナの物語を観ている私にも強く影響しました。ケナが物語前半から中盤にかけて感じていた焦燥が急に物語を遡って強く私の心をざわつかせました。この監督さんやっぱり凄い!傑作です、観て良かった。
自分がいつか必ず死ぬと分かっている人間と言うものの幸せとは何なのでしょう?答えは出ないままケナは母国から旅立ちます。同じく答えの出ないまま生活を続ける私達と違いはありません、死を傍らに何かを求めて最後の時まで泳ぎ続けます。
前向きになれる作品
監督による舞台挨拶があると聞き、タイトルのインパクトに惹かれていた作品だったのもあり鑑賞してまいりました。
主人公を通して韓国が住みづらい国という事が語られるのですが、全体に嫌味な描写がありません。
韓国は寒い、目上の者が偉い、家父長制度などなど、さらっと流して描写する手際が実にお見事でした。
特に、試験に落ち続けている友人との掛け合いは最高です。
韓国が抱えている問題点を友人同士の描写だけで浮き彫りにしていました。
そして、「海外に移住し、永住権を得てマイホームを建てる…一見すると成功者に見える韓国人でさえ、退屈な日々を持て余しているだけ」という監督のメッセージが強烈に伝わります。
それでもめげずに海外移住を目指すケナを最後は応援したくなりますよ。
前向きになれる作品だったので非常に楽しめました。
日本も生きづらいが韓国はもっと生きづらい
ヘルコリア スンドゥブチゲは おいしいよ
映画には関係ないレビュータイトルで済みません。スンドゥブチゲ、美味しくないですか?大好きです。
でもでもでも。ここんところの韓国映画のツマラナサに辟易してました。いや、映画そのものに辟易するってより、「つまらない割りに掛かる本数が多すぎる」こと。「結果的に欧州映画の本数が減った気がすること」に辟易です。まぁ、映画そのものにも、ウンザリするところはありましたが。一時期の、はっちゃけた楽しさがあるじゃ無し。ムネアツも陳腐化。史実捏造も妄想レベルを超えてるし。って、無茶苦茶disってますやん!
でも、これは良かったです。「ハチドリ」以降で、初めて本当に良い、って思える一本だったかも知れません。物忘れの激しい、bloodの記憶なんであてにはなりませんけどw
寒さに弱いペンギンは、仲間の中で一人だけ。どれだけ頑張っても、やっぱり寒さに耐えられない。寒さから逃れるために南の島に旅立っていく。
そこに留まって戦い続ける、なんてことしないんですが、逃げることを否定していません。それを殊更に推奨することもありませんし、美化もしてません。淡々とした語り口で、一人の女性の人生の選択を描写して行きます。シェアハウスのパーティーで、朝鮮半島情勢につういて議論する場面はありますが、政治的主張をする映画でもなく。愛とは?結婚とは?なんて問いかけを突きつける映画でもありません。
息苦しい場所から飛び出し、浮き沈みを繰り返す。過去を振り返ることはあっても、そこに捕らわれることなく前に向かう。ありきたりな幸せを求めず、かと言って崇高な目的意識があるでもなく。暖かそうだ、と言う理由だけで選んだニュージーランドで、身の丈の冒険。この、どこにでもありそうな海外移住女子の日常が、なんか魅力的に見えてきます。
映画のタイトルは、"Because I Hate Korea" です。韓国の保守派からは、憤怒の声が上がりそうなタイトルだことw
彼女が嫌ったのは、「息苦しさを我慢して生きている自分」なだけですけどね。
山あり谷ありのストーリーを、適度な不描写と、淡々とした撮り方で流すスタイル。その中身は、日常の枠を超えず、ってところが。
良かった。
結構。
本当に嫌いにならないために、出ていくのもありじゃない?
韓国社会の閉塞感のようなものが描かれるかと思ったら、そこはあっさり。ケナは優しくて裕福な彼氏に養われる道を選ばず、わけもなく周囲に当たり散らしながら海外移住を夢見る。この主人公にはだれもが言いたくなるだろう。「あなた、たとえ韓国から出てってもうまくいかないんじゃない?」と。
意外に早々とニュージーランドでの生活が始まり、バイトや英会話に苦闘するが、状況が打開されるわけでもない。付き合う彼氏は数か月ごとに変わり、細切れなエピソードが続く。見ているほうも何に感情移入していいかわからず、よるべない気持ちにさせられる。
そんな物語はグラデーションのように、少しずつ確実に進んでいく。テキトーに見える留学仲間やバイト先の同僚が意外と筋の通った生き方をしているのに接し、ケナの中で何かが変化する。外見も日焼けしてあか抜けて、ふてくされてばかりだった表情に笑顔が増える。
思うに、ケナは韓国の気候が合わないのもあるだろうが、一度は自分の力で環境を変えたかったのだろう。
ビフォー・アフターという単純な話ではなく、韓国での回想シーンをはさみながら展開するのは、「外に出た」立場から人生を見つめ直すような流れになっていると思った。
そして両親や妹、元彼といった人々がいかに温かく、でも自然にケナを見守っているかに気づかされる。ケナの中に隠れた思いやりが表に出てくる場面も増える。パズルのピースが徐々につながってくるような構成だ。
ケナの性格については好き嫌いが分かれるだろうが、自分の気持ちに嘘がつけない、周囲からすればなぜか「ほっとけない」タイプの人のようにとらえた。
途中で亡くなってしまう同級生が、別れ際にいつまでも手を振って、ケナに「もうわかったよ」と言われるシーンが忘れられない。
余談だが、この彼が前半に出てきた寒そうなサンダルの人だと気づくことができなかった。そんな分かりづらい部分も含め、もう一回見返したい。
地獄の韓国、地獄の日本
直近の海外はベルリンだけど
世界ってもっと気楽に生きてるのかもね。
インドニージャンのボンボンの言う
「日本人とコリアンは家が太くなさそう」
ってセリフが1番刺さったな。
日本がシタガイコクになったんだなって。
たぶん「そこが生きづらければ逃げたらいいよ」
ってメッセージを発してる気がするけど
これを救いと思うか大きなお世話と思うかは
今の自分が幸せかどうかを試されてる感じがするわね。
時系列わざとめちゃくちゃにしてるけど
まあなんだろ、自分的には効果的な演出ではなかったかも。
とはいえ寝なかったから面白かったのかも。
あと俺友達いないからわかんないことも多いわ笑
通りすがりの登場人物ばかりなのが
主人公の生き方みたいで興味深かったな。
あとぐグエムルの子だってさ!おっきなったなあ!
それでは3本目に行ってきます!
皆さんもハバナイスムービー!
入り込めなかった
主人公が井上真央っぽくて可愛さがあった…ごめんなさい、それしか積極的な感想がありません。
頭が混乱したのは、この場面は韓国?ニュージーランド? よくわからなかったこと。ニュージーランドでも周りに韓国人がいるもんだから、「今はどっち?」とずーっと考えながら見てました。回想もあるからさらに複雑で。
韓国の若者が見たら共感するような一般性があったのかしら?長距離通勤、貧困の連鎖、奨学金、男尊女卑、慣行>ルール、、、。
感度が鈍すぎたのかなあ。残念でした。
海外への憧憬
【”さむがりやのペンギン”韓国での未来を見出せなくなった28歳の女性の生きづらさを感じる様と、様々な葛藤を乗り越えて新天地へ旅立つ姿を描いた作品。】
■ソウル郊外で両親と妹と住む28歳のケナ(コ・アソン)片道二時間かけて、金融会社に通う日々。
大学時代からの恋人ジミョン(キム・ウギョム)との関係もナカナカ進展せず、両親からは転居先の家の購入費用をあてにされている。
そんな閉塞感の中、ケナは会社を辞めニュージーランドへの移住を決め、留学する。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・ご存じの通り、韓国は超学歴社会であり、ソウル大に不合格になり自殺する若者を含め、作中でも言われるように自殺率が世界でも高い。
・そんな閉塞感を、序盤からケナの不機嫌そうに会社に行き、理不尽な会社のルールに苛立ち、ジミョンからは”僕の稼ぎで・・”などと、勘違いもいい加減にしろ的な発言をされて、更に苛立っている。
■だが、観ているとケナも頑張っているのだろうが、ちょっとなあ、というシーンが序盤に結構ある。この映画の時系列は韓国シーンとニュージーランドシーンが入れ子で描かれるのだが、冒頭、ケナがニュージーランドに旅立つシーンでのグチャグチャのキャリーケースの中身などを見ると、ちょっと貴女もなあ、と思ってしまったんだよね。で、そこから取り出された絵本が”さむがりやのペンギン”である。
観ていれば分かるが、明らかにペンギンのパブロはケナのことである。
・ケナはニュージーランドに到着し、英会話学校にも通うのだが、明らかに英語の能力が低いのである。”仕事で・・。”などと言っているが、明らかに準備不足であり、彼女が現状から逃げるために、ニュージーランドに来た事が分かるんだよねえ。
そして、ニュージーランドも決してこの世の楽園ではない事が分かる幾つかのシーン。韓国から家族の男の子の家庭教師をケナがしている家の男の姿・・。
■けれども、韓国の大学の同級生で、司法試験に臨んでいた男が自殺した事で彼女は、一度韓国に戻るのである。
そして、死んだ同級生とハンバーガーを食べるシーンなどを含め、ケナは今一度、キチンと全ての状況をリセットするのである。
そこで別の視点で見た、管理人として働く父の姿。そんな父の健康を気遣ってお弁当を作ってあげる母の姿。
そして”さむがりやのペンギン”の絵本をサラッと読んだ時に目に飛び込んできた言葉にハッとするケナの表情。
<そして、再び、ケナはニュージーランドに旅立つのである。
序盤、中盤は”ちょっと、甘いんじゃないの?ケナさん”と思うシーンが結構あったのだが、彼女が30歳になって、背中とお腹にザックを担いで二度目の旅立ちをする時の、覚悟を決めたかのようなキリッとした表情は何かが吹っ切れたんだろうな、と思ったな。>
<2025年4月27日 刈谷日劇にて観賞>
好きなように生きなさい
政治的混迷が続く韓国。親日だったユン大統領が罷免されたので、おそらく次の大統領は真逆の反日になるのでは?とのことで、Kポップ好きのうちの妻と娘は選挙で大統領が決まる前に韓国旅行に行くとのことだ。
韓国ドラマで貧富の格差、学歴社会、自殺率の高さ等生きづらさについては散々見てきたが、そんな「韓国が嫌いで」家族や恋人の存在を顧みずニュージーランドに飛び出すって話にとても興味をそそられ鑑賞することにした。結果、素直にいい映画だったと思います。
ニュージーランドに着いてケナがジェインと街角でワインを飲みながら食事をしてたら、おっちゃんに「ここは飲酒禁止だ」と言われ「英語も喋れないのに来るな!」と吐き捨てられていたが、そうなのです。まさに「郷に入れば郷に従え」なのです。でもニュージーランドでは英語さえ喋れてコミュニケーションがちゃんと取れれば差別も貧富の格差もあまり感じることなく暮らしていけるようです。だから韓国ではいつもしかめっ面でなんか可愛くないケナだったが、少しずつ活き活きとしてきて笑顔もこぼれるようになっていた。それには彼女なりの色んな努力(元々勉強も頑張る方だったようだったし)や生きる為の苦労(バイト生活)があった。韓国でも頑張ればそれなりに道も開けるんだろうが、寒さが嫌いなペンギンのようなケナだったので温暖なニュージーランドの方があってたんだと思う。
私は単身赴任で海外暮らしを経験したことがあるが、その頃は英語もあまり習得できず現地に馴染めず、少し辛かった。しかし今となってはもっと積極的にその国と人に関わって自分の心も含め馴染んでいくことができていたら、自分の人生も少し変わっていたのではないか?と反省してる。なのでケナは立派だし素敵だと思います。
最初、韓国を出る時にはスーツケースに入りきれない程の荷物を持ちこもうとして空港で荷物整理をしていたが、一時帰国し再びニュージーランドに行く時はバックパッカーのようになっていた。確かに「幸せ」って言葉は過大評価されてる気はするけど、。ケナは着実に小さな「幸せ」は掴んでいたように私には見えた、。
原作読んでたから分かったところは、いきなり映画見て分かるんだろうか
原作が面白かったので、観に行った。
オーストラリアがニュージーランドになってたのは、何でだろ。
特に理由もないと思うんだけど、大人の事情?
それ以外は、刈り込まれてはいたけど、
大すじ原作どおり。
ただその刈り込み方が…
原作読んでない人には、あれで分かるんだろうか、というところがいろいろ。
とくに、韓国を出ようと思った理由。
原作ではもっと具体的で説得力があると思うんだが…
なお、身近な人が何人か死ぬけど、あれは原作にはなかった。
どんな意味を持たせたかったんだろう。
OECDで自殺率1位、ってのを具体化したかったのか?
だとしたら、蛇足でしょう。
でもまあ、
ケナ役のコ・アソンさんが絶妙だったし、
原作の世界が目で見られて満足♪
こんな映画だったとは。。
別の映画見るつもりが寝過ごして、、休日をそのまま終わらすのが嫌で、見るつもりなかったこれを見に行ったのですが、、見て良かった!
いい意味で、色々と裏切られました。
宣伝用の写真にリュックしょった主人公が写ってますが、あれ最初に韓国出る時かと思ってたんだけど、ラストのとこだったんですね。
映画見る前は、別に何の感情もわかない、ただのストーリーを端的に表した写真だと思ってたのだけど、見終わった今は、なんかこう、グッとくるものがあります。
彼女の中に流れた時間、そこにあった出来事、経験、感情、そして彼女自身の成長が、その裏に隠れているのをもう知っているので。
冒頭からしばらくは、まあよくある自分探しの話だろ、と思ってたんですよね。
そういうのを意味のある話にするの、実は難しいよねーみたいに若干意地悪な視線で見てて。
仕事もあって彼氏もいて、家族も特に問題あるわけでもなく、でもなんかもやもやして、自分探しするわけねー、はいはい、わかるわかる、みたいな。
実際そんな感じで進むんですよ、話としては。
主人公の彼女、最初は全然魅力的にも見えなくて。
言ってることはなんか底が浅くてそんなに面白みもないし、その割に妙に我が強くて、、あー日本人にもたまにいるなーこういう人種、とか思ったりして。
ぶっちゃけそんなに可愛くもないし。
それがなんかこう、時間の経過とともに、自然と変わっていくんですよね。
見た目の変化もあるんですが、なんていうか、シンプルに経験に磨かれていく時ってありますよね。
いつの間にか身にまとう雰囲気が変わってくるというか。
それを映画の中で体現してしまう主演の彼女、やっぱりすごいですね。
時の流れと共に、前と少しずつ違う人になっていくのが、ほんとに伝わってくるのです。
それとともに少しずつ、彼女のことが好きになっていきました。
特に深い話になってるわけでもなく、彼女が大活躍するというわけでもないのに、こんなふうに引き込まれるのは何故なんだろう?とずっと疑問だったのだけど、ラスト近くのセリフでその理由が少しわかったような気がしました。
ハンバーガー屋で友達に向かって、幸せは過大評価されている、私は食べることがてまきて寒さがしのげればそれでいい、みたいなことを言うのですが、それを聞いて、あーそうか!と、なんだかものすごく納得しました。
この人はちゃんとそれをわかっているんだと。
、、なんかうまく説明はできないんですが。
彼女のそのセリフ以外に、うまく言葉にできる気がしなくて。
そのセリフを語りかける友達というのは、もういなくなってしまった、彼だったのですが。
寂しさと、優しさが、胸に染み込んでくるような場面でした。
我が強め
「名作再び」
後悔を恐れずに行っちゃえ行っちゃえ
旅せよ、ペンギン。
まず邦題が良い。原題がどんなニュアンスか分からないけど、この嫌い「で」ってとこが本当に効いててめちゃくちゃ良いタイトルだと思います。
仕事も恋人も家族との関係も悪くはないのに何故か煮えきらないケナが、生まれ育った韓国を離れニュージーランドに渡るというストーリー。時間軸が行ったり来たりするのがちょっと混乱するけど、韓国の現状や移民を受け入れる側の価値観など色々詰め込まれた内容になっていました。
韓国にいる時のいつもどこか不満そうなケナと、ニュージーランドで楽しそうに過ごすケナの対比の表現が上手かった。自分の生まれた国が嫌いな人もいれば、自分自身を嫌いな人だっている。なんだかんだケナはめちゃめちゃ行動力があるしモテるしちゃんと仕事もするし、どこにいても上手いことやっていけるでしょう。
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