「あの時の事を私たちは忘れてはいけない」フロントライン 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
あの時の事を私たちは忘れてはいけない
終わりではないが、やっと収束した感のあるコロナ。
あの頃は、一体いつまで続くんだろうと先行きが見えなかった。
今思い出しても、異常事態だった。
瞬く間に世界中で大感染。日本では政府が緊急事態宣言。
人と接しない“3密”が徹底され、あちこちに飛沫防止の仕切り。人々はマスク着用必須。
仕事もリモートワークとなり、多くの店も休業。もしくは廃業。経済は大混乱。
街から人の数が減った。あんな光景、3・11以来だった。
TVも連日感染状況や感染者数を報道。映画も延期や配信へ。スポーツやコンサートも取り止め、東京オリンピックは一年延期。タレントすらTVで活躍の場を失い自宅待機。スポーツ/エンタメ業界にも大打撃。
命を奪われた人も多く…。志村けんさんはショックだった。
私も2度感染。
こういう“異常事態”は遠い国の出来事かTVのニュースで見るしかなかったのに、住んでいる町、身の回り、私自身にも起こるとは…。
3・11と共に生涯忘れはしないだろう。
コロナを扱った映画も製作されるようになってきた。
が、ドキュメンタリーかあくまでコロナ禍を背景にしたものがほとんど。
コロナとの対峙をこんなにも真っ正面から、全国規模の邦画メジャーで描いたのは初めて。
それに対し称賛を送りたいし、私たちが身を持って体験したあの未曾有の事態を描いた本作に関心引かれずにはいられなく、製作発表時からずっと気になっていた。
2020年2月、TVのニュースを見て何が起きてるのだろうと思った。
横浜港に停泊した豪華客船“ダイヤモンド・プリンセス号”の船内で、ウィルス感染。
それがその直前に中国で発生した未知のウィルスである事を知った。それが“新型コロナウィルス”である事も知れ渡った。
船内で感染拡大。客もクルーも隔離。
何か大変な事が起きてるなぁ…と思ったが、
関わった全ての人たちに申し訳ないが、いずれ治まるだろう…そんな程度の関心だった。
それがまさかその後…。
そしてその船内で何が起きていたかなんて、詳しくも知らなかった。
事態の対応に当たったのは、厚生労働省や各医療機関。それから、“DMAT”。
当時ニュースで触れられていたかもしれないが、しかと知ったのは本作の製作が発表され、概要が解禁になってから。
恥ずかしい事に、本当にこんなもんだったのだ。当時の関心など。
この“DMAT”、災害が起こった時、即出動出来る機敏性を持った災害派遣医療チームで、各医療機関や病院所属の者たちから成る。特別なボランティアのようなもの。
東日本大震災他、数々の災害現場に駆け付けてくれたのだろう。
が、あくまで災害時に派遣される医療チームであって、ウィルス感染は専門外。
この後厚生労働省からDMAT内にウィルス感染対策も設けられたそうだが、あの時日本では、ウィルス感染に対する専門機関は存在していなかった…。
そう思うと、ゾッとする。エボラやO-157があったのに、よくやってこれたな、と。
日本ではウィルス感染などそうそう起こらない。そういう楽観視が窺える。
3・11で経験した筈であろう。“想定外”を。
だから専門外のDMATに要請が回ってきたのであろう。
この厚生労働省の判断は間違ってなかった気がする。
コロナは未知のウィルス感染であり、前代未聞の大災害だったと、私は今にして思う。
登場人物たちはフィクションだが、実際に現場で奔走した人々をモデルに。
DMATの指揮官・結城は、何で俺たちが?…という不服さや隊員たちへの感染を心配しながら、この未知のウィルスに対していく…。
見ていて憤りを感じた。
専門外の医療チームの出動に、世間やマスコミや専門家は非難轟々。“素人集団”とまで。
何でそんな専門外の奴らが行くんだ? 分かってない奴らが行くんだ? もっと分かってる奴らを行かせるべきだ。…
ならば聞く。あの時、コロナについてはっきりと知り、迅速的確に対応出来る者が一人でも居たか…?
未知の新型ウィルスだぞ。知る訳がない。居る訳がない。予知能力者や未来人でもない限り。
なのに、ギャーギャーギャーギャー文句だけ騒ぎ立てる。世間が心配に思うのは分かるが、未知の新型ウィルスに対しているんだ。分からない事やどういう治療が最も有効なのか、そりゃあ後手後手にもなる。未知の新型ウィルスに対し、偉そうに御託を並べる専門家って、何の専門なんだ…?
病院側の受け入れもスムーズに行かない。未知の新型ウィルス、感染力や危険度など何も分からない事ばかりで、及び腰になるのも分かる。
だけど、受け入れる側がビビってたら、助かる命も助からない。
病院側の意見もあるだろう。信頼や風評被害もあるだろう。あの病院、あの船の乗客を受け入れたんだって…確かに遠慮したくなる。
非難するのは簡単。暴露動画を上げた医師も。周りに便乗すればいいのだから。
そんなイメージダウンではなく、覚悟を持って受け入れた事を称えて欲しい。
患者や通院者たちだけではなく、医療従事者たちからも不満の声が。感染するから職場に行きたくない。行かない。
そういう声や理事の圧力に、黙ってはいられない性分の結城は反論。
なら、辞めればいい。こういう時の為に医師になったんじゃないか?
この台詞は響いたね。
もう一つ。ある時TV記者から問われる。もしまた同じウィルス感染と対した時、同じ対応をするか…? 結城の答えは…。
小栗旬が熱い。
現場で奔走する仲間を見て、乗客をケアするクルーを見て、苦しむ乗客を見て、そして自分自身も目の当たりにして、信念は一つ。
命を救う。
何で俺たちが…? 俺たちがそこに居るからだ。
やれるべき事をやる。やれる事は全部やる。
…でしょ!DMATは!
(by仙道。窪塚洋介が巧助演!)
厚生労働省から来た立松。最初は絵に描いたような頭の固いお役人で、「絶対にウィルスを外に感染させないで下さい」などと口だけ言う本作のヤな奴ポジションかと思ったら、奔走する皆を見て役人パワーで助力。松坂桃李も好演。小栗旬とのバディ感。
DMATにも家族を持つ者も。自分がもし感染して、家族にも感染したら…? それによって家族が風評被害を受けたら…? 仕事と家族と世間の目に苦悩する真田を、池松壮亮が繊細に。
その世間の目を煽動し、加熱させる報道。
対応の遅れ、下船の遅れ、悪い事ばかりしか報道しない。
挙げ句の果てに、陰性が確認され下船した乗客を追え。
もしそんな事したら、その乗客はどうなる…?
コロナという危機を乗り越えたのに、別の“悪病”で人一人の人生を破滅させるのか…?
この未曾有のウィルス・パニックを面白がり、船内の人々の命の事など何とも思ってない。
当初は“マスゴミ”だった記者の上野。結城と対し、マスコミの在り方を改める。
コロナは報道やマスコミの在り方も考えさせられた。何を報道すべきか…?
桜井ユキ、クールビューティーだった。上司役の光石研、今回はヤな奴だった。いい人になったり、ヤな奴になったり、本当に最高のスパイス!
見ていて憤りや訴え、反論したい事ばかり。
だけど、それだけじゃない。
苦境の中で育まれる絆、人の優しさ。国境を越えて。
当初は連携が取れなかったDMATとクルー。DMATは治療優先、クルーは乗客のケア優先。
それが分かり合えた時、互いに対する信頼は強固なものに。双方があって、乗客の命も救われる。
船からのあの差し入れ。疲労困憊の身体と心に染み渡るのが見てるこちらにも伝わってきた。
乗客を献身にケアするクルー羽鳥を、森七菜が熱演。
皆が気遣ったアメリカ人夫婦のエピソード。
母子乗客に些細な差し入れをする外国人クルー。
下船後、受け入れ先の病院で、離れ離れになる幼いアメリカ人兄弟。陽性の弟の為に、陰性の兄は…。
これらのサブエピソード、胸打った。
私ゃ結構他の映画でもサブエピソードに惹かれる。不満を抱きつつも助力する受け入れ病院の医師の滝藤賢一も良かった。池松と飲み交わした缶コーヒー。
規則に反する事もあった。規則だけで助けられない事も。
こういう時こそ、立場や国境を越えて、人は繋がる。それを“人道”と呼ぶ。
忘れもしないあの時の事を描き、メッセージを込めた社会派作品である一方、スリリングなエンタメにも仕上がっている。
日本では…特にメジャー作品であまり無い社会派エンタメとして、上々の出来。
関根光才監督の手腕。
オリジナル脚本なのもポイント高い。福島原発事故を題材にしたNetflixドラマも手掛けた増本淳の徹底リサーチの脚本。
美化されている点もあるだろう。脚色もあるだろう。描き切れていない点もあるだろう。事実とは異なる点もあるだろう。ステレオタイプな描写やご都合主義な点もあるだろう。実際にあの現場に居た人たちからすれば納得いかない点もあるだろう。
それらを踏まえても、私たちが見なくてはならない力作。
本作はあくまでダイヤモンド・プリンセス号内で奮闘し、乗客たちを下船させ、受け入れ病院に送り届けるまで。
これから始まるのに、まるで無事解決ハッピーエンドのように描かれるが、使命に努め、役目は果たした。一つの安堵感は間違っていない。
寧ろ、言いたい。お疲れ様でした。ありがとうございました。
しかし、その後の爆発的感染拡大を思うと…。やるせなくなる。
こんなに奔走したのに…。苦境を乗り越えたのに…。
あの時点でこれからそうなるとは、誰も思っていなかった。
何もかも変わり、息が詰まったような数年間。
まだ終わりじゃないが、私たちはそれを乗り越えた。
そこから学べる事だってある。
奔走した人々が居た。
あの時の事を、私たちは忘れてはいけない。
共感ありがとうございます!
2回も罹患されたのですね。自分は1回でしたけど、初期の段階での罹患だったので酷い症状でした。オキシメーターの数値が80を割ったこともあって、肺のCT画像は真っ白け。あと半日搬送が遅かったら死んでいたかも知れないと言われて真っ青になりました。
近大さんのレビュー、じっくりと噛み締めて何度も拝読しました。
ずっしりと重い。。
だけど、引っかかりなく響いてきました。
届きました。
結果としてはその後日本全土に広がってしまいましたが、あの時、皆さんが踏ん張ってくれたから、その後の対応やワクチン開発までの時間稼ぎになったと思いました。
関わった方々皆さんに本当に感謝の気持ちを伝えたいです。
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