劇場公開日 2025年9月26日

「大画面大音響で38年前の物語が視覚化され、今そこにある危機が立ち上がる」沈黙の艦隊 北極海大海戦 LukeRacewalkerさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 大画面大音響で38年前の物語が視覚化され、今そこにある危機が立ち上がる

2025年9月30日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

原作コミックははるか昔に全巻読んだきり手放してしまっていた。アマプラで「東京湾大海戦」を予習して行ったが、原作との相違をここで語っても仕方がない。映画には映画の魅力がある。
やはりこの手の作品は大画面大音響で鑑賞するに限る。TOHOシネマズ日比谷プレミアムシアターで見る価値があった。
2時間半の大半は北極海とNY沖の海中、および各潜水艦の内部の映像だが、特に氷山の水面下でのバトルは「北極海大海戦」のタイトルに違わず迫力満点。CG予算のほとんどは、あれの表現で費やされたのでは、と勝手に想像した。

それにしてもこの『沈黙の艦隊』の物語に久しぶりに触れて、時代を超えて米国外交の野心と身勝手な論理の本質を見事に突いていると感じる。
コミック原作当時は名実ともに強いアメリカ、「世界の警察」としてのアメリカだったかもしれないし、この作品でもそう描かれているが、今の内向きなトランプのアメリカになっても、一皮剥けば実は大して変わらないことに気づく。
要は外向きだろうが内向きだろうが、その「中華思想」のような「米華思想」、つまり自分が世界の中心であるべきという世界観は根強いのだ。
もちろん、すべての国は本質的には「自国ファースト」だろうけれど、ノブレス・オブリージュを忘れた大国は愚かな帝国に過ぎない。中国やロシアほど分かりやすい独裁帝国ならともかく、民主主義と自由主義を標榜する米国がその実、友好国を隷属させながら世界の盟主(君主?)たらんというのなら、それは単なる茶番だ。

原作者のかわぐちかいじは、戦後日本の「トモダチ」だったアメリカの別の顔と冷徹な国際政治の現実を、コミックという媒体で描いた。それが1988年、なんと38年前である。
ロシアはまだソヴィエト連邦であり、その年の1月にペレストロイカを開始したゴルバチョフとレーガンが5月に首脳会談をしたが、11月にはブッシュ(父)が新しい大統領となった。
なお、Wikipediaによると11月17日にオランダがインターネットに接続された2番目の国となったとある。この時点では研究者ベースのネットであって、まだ一般市民はインターネットを使っていなかった。それどころか、まだ携帯電話も普及していなかった。

日本では『となりのトトロ』と『火垂るの墓』が2本立てで、また『AKIRA』がマニアックに公開された。そして『ラストエンペラー』で坂本龍一が荘厳な劇伴を手がけ、日本人初となるアカデミー賞作曲賞を獲得する。

ともかく、昔である。
そんな昔にこんなアメリカを描き、日本の安全保障の根底を問うコミックを描くなんて、今更ながらに驚異であり、ある意味でかなり正確な未来予測をした、と言っても過言ではない。
つまり、物語の骨格と地政学上の課題は、現在に置き換えても全く色褪せることがない。
むしろ、ウクライナやガザや、これからもきな臭い中央アジアや台湾やフィリピン沖も全部ひっくるめて、わたしたちは『沈黙の艦隊』の物語を通じた「Clear and Present Danger(今そこにある危機)」に思いを至らせたほうが良いかもしれない。

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LukeRacewalker