「立派な上司の下で働けることが日本男児の幸せ」雪風 YUKIKAZE jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
立派な上司の下で働けることが日本男児の幸せ
駆逐艦雪風を舞台とした旧帝國海軍軍人とその家族たちの人間ドラマです。
先任伍長・早瀬幸平(玉木宏)は部下に自分たちの役割を「何でも屋」だと語ります。敵艦があれば魚雷を発射し、手が空けば機関銃の弾を運び、戦闘が終われば海の上に浮かぶ生存者を救出します。彼は我が身の危険を顧みず、生存者救出に全力を傾ける男です。
井上壮太(奥平大兼)はミッドウェー海戦で早瀬に命を救われた若者で、雪風に新米水兵として乗り込みます。彼は再び、早瀬に命を救われることになります。
雪風新艦長・寺澤一利(竹野内豊)は、弾を避けまくる男です。三角定規を片手に船を操り右へ行ったり左へ行ったり。操船の天才です。江田島海軍兵学校の同期の仲間はみな戦死し、彼だけが残されたようで、愛読書であろう「武士道」のページに挟んだ仲間の写真に語りかけます。彼が最後まで離さないのは、妻や子の写真ではありません。同期の仲間の写真です。武士道を愛読しているだけあって、敵にもなさけをかけ、丸腰のアメリカ兵には発砲を禁じる男です。
第二艦隊司令長官・伊藤整一(中井貴一)は戦艦大和で沖縄行きを命じられます。当初は無謀な作戦だと抵抗しますが、「一億総特攻の魁となって頂きたい」の言葉に、従容として従います。船から若者は降ろさせ、護衛艦も途中で帰還させ、船とともに轟沈していきます。高田稔、藤田進、鶴田浩二、仲代達矢、田村高廣、渡哲也と錚々たる俳優たちが演じてきた人物ですが、今回その列に中井貴一が加わりました。
井上は早瀬を慕い、早瀬は寺澤を信頼し、寺澤は立派な伊藤に殉じようと覚悟を決めます。井上、早瀬、寺澤3人の幸せは、立派な上司に恵まれたことです。命を預けてもいいと思える立派な上官の下で働けることが、日本男児の幸せです。軍隊だけでなく、立派な殿様、親分、上司たちのためにすすんで命を捨てる男の美学はこれまで日本映画の中で数多く描かれてきました。本作もその系譜に当てはまります。
問題は、現実にはそんな立派な上役はいないということ。雪風の乗組員たちは階級を越えて疑似家族関係を形成しています。スコールの中での石鹸の取り合い、甲板での相撲、将棋、和気あいあいとした楽しげな食事風景、あんな船なら乗ってもいいように思えて来ますが、現実は違います。海上自衛隊艦ではいじめや暴力による自殺者も出ています。本作はあくまで「もしも駆逐艦に理想的な上官がいたら」というファンタジーです。残念ながら現実の上官たちはあんなに人格者ばかりではなかったようです。本作は本当に戦争を知っている世代には作れない映画なのではないでしょうか。
早瀬の人命救助に対する思いは早瀬から寺澤へ、そのまた娘へと引き継がれていきます。ただ後半は作為的で不自然なシーンも目につきます。例えば海上自衛隊員となった寺澤の娘はボートに乗って台風の被害者の救助に向かいますが、父にもらった大切な髪留めは帽子やヘルメットの脱着を繰り返す現場ではすぐになくなってしまうでしょう。要救助者も屋根に残された少年と飼い猫というのも不自然です。他の家族はどうしたのか、尋ねようともしません。そういう細部が気になってせっかくの感動的なシーンに水をさされてしまいます。
情緒的な主題歌が響く中、情緒的なシーンが描かれ映画は幕をおろします。戦争を映画で描くとき、どうしても情緒的になってしまうのはわれわれ日本人のクセなのでしょうか。
日本の旧軍では一人でも戦死者が出ると、「ヤツの犠牲を無駄にはできぬ!」と、もう立ち止まったり後戻りはできなくなります。敗戦を受け入れる際の御前会議では天皇含め出席者一同涙に暮れたといいます。特攻もそうですが、われわれ日本人は生死のかかった場面では理性ではなく感情が勝ります。危機的状況では理性は簡単に感情に押しつぶされてしまいます。あの戦争を理性的に振り返る試みはありますが、理性では理解できないと思います。なにしろ国を挙げた情緒的大暴発行為ですので。そもそも感情は共有するものであって理解するものではありません。あの戦争はなぜ起こり、なぜ止められなかったのか。私たちは理性の面ではよく分からないまま、情緒面で感動の共有を繰り返しているだけのようです。そしてそれはビジネスとしても大変有効です。
寺澤艦長が望んだ「普通の国」とはなんなのか。
①家族が平和に暮らせる国。
②他国を侵略せず、自国は自分で守ることができる国。
③自分たちで作った憲法を持っている国。
いろんな解釈が可能です。現在の日本を見たら寺澤艦長はなんと言うか、聞いてみたいものです。
本作が描いたように、戦争を止めるためには大和が沈まなければなりませんでした。また、不磨の大典と言われた大日本帝国憲法を平和憲法に書き換えるためには、戦争という大きな犠牲が必要だったのだと思います。自分たちの力で平和裡に明治憲法を改正するなど、われわれ日本人にはとてもできなかったはずです。そしてそれは今の憲法にも当てはまるのかも知れません。
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